エミリーの逆襲
当たらなくても良い予想というものは、何故かよく当たる。
今、その予想が想像よりも大げさな形でやって来た。
討伐部隊だ。それこそ何十人と居る。
それらが俺の家の周りを取り囲んでいる。
いや、正確には納屋の周りだ。
どうやら、シフォンが目撃されてしまったらしい。
シフォンは大人が数人乗って疾走できる程の巨体でありながら、とても人懐っこい。
最近はエミリーを乗せて森の奥を散策し、大型の獣を狩ったり、貴重な薬草を採取するのを手伝っている。
我が家は比較的人目につかない場所に建っているので油断していた。
そもそも森の奥には冒険者は近づかない。ケルベロスが居るからだ。
一度遭遇すれば、まず無事では帰れない。Sランクの魔獣だ。
今では我が家の家族になってしまったが……。
そんなのに乗って散策しても、襲うものなど居ない。最強のボディガードなのだ。
ただし、今では俺が頭を二個潰してしまったので、見た目は巨大な狼っぽい。
「おい、本当にこんな所に居るんだろうな。ここは只の民家だぞ」
全身に鎧を着込んだ男が話す。どうやら討伐部隊の隊長らしい。
家の前で、でかい声で喋っているので聞き取りやすい。
俺は家の中で聞き耳を立てている。
「確かに見たんだよ。小さな女の子がウルフキングに乗っていたんだ」
「そしてあの家のあたりで消えた。間違いない」
そしてレオンとそのパーティメンバーも居る。
奴に見つかったのか、つくづく縁がある。もう顔も見たくないのだが……。
「Bランクのモンスターだよな。そんなのテイムできるのか?」
「それにお前達、最近は森の奥にばかり出かけているよな。死にたいのか?」
隊長がレオンに向かって問いかける。
「ウォールドのやつが森の奥に行ってたって情報を聞いたんだ」
「絶対に何かあるはずだ。あれは貴重な手がかりになるんだよ」
レオンのやつ、まだ諦めてなかったのか。
「おいちょっと待て、この場所……」
「どうしたんだよ、何か分かったのか隊長さんよ?」
「ここ、ウォールドの野郎が住んでる家だ」
隊長はここが俺の家だと知ってる。何故だ?
「ここに、奴はもう居ないよ……」
レオンは俺が死んだと思っている。まあ当然だ。
「そうか……そりゃ気の毒にな。なるほど、繋がったぜ」
「なんだよ、俺にも教えろよ」
「ギルドマスターからの直接依頼だ。ウォールドの家を徹底的に調べろってな」
「家をバラバラにぶっ壊してでも何か見つけてこいだとよ」
「ギルドマスターを怒らせたんだ。今頃魔物の腹ん中だろうよ」
ギルドマスター……どうやら本気でやり合うつもりらしい。
それなら俺もそれに答えるまでだ、徹底的に……。
「怒らせた? 何でそうなるんだ?」
レオンは俺がギルドマスターを殴ったことは知らないようだ。
当然だ。ダンジョンで死んだと思っているのだからな。
「こりゃ面白くなってきたな。これだけの人数を揃えたんだ。何だって討伐できるぜ」
「……あの納屋は怪しい。あんだけデカいんだ。あそこ以外入れねえ」
「配置に付け、合図をしたら踏み込むぞ」
「準備はいいか……よし、今だ!」
隊長の合図とともに、討伐部隊が一斉に納屋へと向かう。
バァンッ!
討伐部隊が踏み込もうとした瞬間、納屋の扉が勢いよく開く。
そして中からエミリーが出てきた。
「えっ? なに?」
エミリーは討伐部隊を見て呆気にとられている。
そして討伐部隊はと言うと。全員固まってしまった。
エミリーの背後に居る巨大な影。全員が見上げていた。
「えっ? 何これ、こんな大きさだった?」
ミラが最初に口を開いた。
「見たの遠かったし、もっと小さい女の子かと……」
エリシアが答える。
「そうか、こっちのサイズも間違えたか……」
シルフィアは冷静に答えているが、足は震えている。
Bランクのウルフキングだと舐めていたのだろう。
しかし目の前に居るのは、それを遥かに超えた存在だ。
Sランクの魔獣に遭遇したことのない彼らには、その威圧感だけで動けなくなるのも無理はない。
俺はエミリーを守るために、家のドアへと向かおうとした。
だがその時、エミリーは腕を伸ばし、手のひらをコチラに向た。
それは明確な意思だった。出てくるなと言っている。
エミリーは俺が動かないことを確認すると。ゆっくりと前に進んだ。
「ああー、そっかあ~。シフォンと遊びたいんだ」
エミリーが笑顔で脅す。
「動いたら飛びかかるから、絶対に動かないでね」
我が妹ながら、結構怖いことを言っている。
シフォンは姿勢を低くして、今にも飛びかかりそうな様子だ。
討伐部隊は全員固まったまま動かない。そもそも脅されて動けない。
エミリーはレオンの元に歩み寄り、背伸びをして耳元で話す。
「お兄ちゃんをクビにしたって聞いたよ? どうして?」
レオンの顔から滝のような汗が流れる。
「そっ、そんな事言ったかなぁ……きっと聞き間違い……」
「えっ? ギルドで噂になってたよ? 『汗が気持ち悪いからクビにした』って」
エミリーの顔が物凄く怖い。目の光が消えている。
「そっかぁ、それじゃあこっちからクビにしてあげようかな。構わない?」
恐ろしい、恐ろしすぎるぞエミリー。
「いや、その、何と言うか、助けて下さい……」
「えっ? なにか言った?」
エミリーは目を見開き、耳に手を当てて聞き返している。
「助けて下さいっ……」
「聞こえないなぁー」
エミリーは口を尖らせて喋っている。
「助けて下さい!」
「声が小さぁぁい!」
俺も聞いたことのない大声だった。
家の奥で母さんまでびっくりしている。
「助けてぇぇぇっ!!」
レオンは泣きながら懇願している。さすがに気の毒になるレベルだ。
「じゃあ次……」
今度は全員が滝汗を出し始めた。
エミリーは女性のパーティメンバーに目を向ける。
「うわーすごい汗。気持ち悪うーい」
エミリーのリベンジパワーが半端ない。
「せっかくの綺麗な顔が台無しだね」
「あっそうだ! 今から掃除してあげる」
エミリーは笑顔で手を叩く。パンッ! という音で、全員がビクッと震える。
「なっ……何をするつもり?」
エリシアが震えながら話す。
「わ、私は、関係ないわよ……」
シルフィアは往生際が悪いようだ。
「うっうっ、お母さん……」
ミラは既に泣いている。
「シフォン、コチラのお姉さん達、顔を綺麗にして上げて」
エミリーはくるりと振り向き、手を広げて話しかける。
シフォンはゆっくりと立ち上がり、女性陣に近づいてゆく。
シフォンの姿が日に照らされ、銀色の毛並みが輝く。
とても美しい毛並みだが、そもそも魔獣なのだ。
頭が一個でも、ケルベロスの威圧感は衰えていない。
シフォンがレオンを睨みつけると、レオンはズボンを濡らしてしまった。
もう止めて上げてと言いたくなるが、事態を見守ることにする。
母さんは何事かと様子を見に来るが、家の奥に引き止めておいた。
まあ…… 親には見せられない光景だ。
そしてシフォンが女性の前に立った瞬間!
グバァッ!
突然二つの頭が再生した。そして三つの頭で女性三人の顔を舐める。
べろり……
スパッ!
次の瞬間、二つの頭が引っ込み、いつもの姿に戻った。
二つの頭は、再生しなかったのではなく、引っ込めていたようだ。
……初めて知った。
エミリーも一瞬固まっていたが、すぐに笑顔に戻る。
そして何事もなかったかのようにシフォンに向かって話す。
「よく出来ました。さすがシフォン。カッコよかったよ」
シフォンの息が荒くなる。どうやら喜んでいるようだ。
女性三人は顔がヨダレでベトベトになっていたが、事態が飲み込めず、完全にフリーズしていた。
「それじゃあ隊長さん?」
エミリーは隊長の元へ駆け寄る。
「まだ遊びたい?」
「もう結構です。勘弁して下さい。お願いします……」
「また遊びに来る?」
「もう十分です。もう二度と近づきません」
「今日のこと自慢したい?」
「もう忘れました。私はここに来ていません。なにも見ていません……」
「そっかぁ……じゃあ最後に」
「えっ?」
隊長の顔が恐怖で歪む。
「30秒待ってあげるから、お帰り下さい。はいっ!」
パンッ!
手を叩いて合図をする。討伐部隊が脱兎のごとく逃げ帰る。
レオンも内股で帰ってゆく。
途中転んで、パーティメンバーに踏まれながら……
◆◆◆
それから数日後。
エミリーだけは怒らせてはいけない。
そんな噂が街中に広まっていた。
そして、ケルベロスに遭遇すると、只では済まない。
それを証明するかのように、討伐部隊の多くが冒険者を引退したのだった。
エミリー、兄ちゃんも負けないように頑張るよ。




