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レオン

 俺の目の前でニヤけている男の説明をしておこう。


 彼の名前はレオン。剣士職だ。

 必殺のチャージ攻撃で繰り出される斬撃は、Bランクの魔物でさえも無事では済まない。

 俺の役目は、そのチャージ攻撃が繰り出されるまでの時間稼ぎ。

 そのために、最前衛で仲間を守る。それがタンク職としての俺だ。


 俺はレオンに少なからず感謝していた。

 頑丈しか取り柄のない俺を雇ってくれた。

 攻撃力を持たない俺のかわりに敵を倒し、報酬を分けてくれた。

 俺はその金で生活をしていたのだ。


 彼は女好きだった。

 美しく均整の取れた女性冒険者は、人数も少なく人気だ。

 彼女らを独り占めしたかったレオンは、俺に目を付けて仲間にした。


 レオンにはタンク職が必要だったが、美男子のタンク職は都合が悪かったのだ。

 俺は女を取られない引き立て役……そんな事はわかっていた。

 それが俺の役目の一つだったのだ。


 そのレオンが、再び俺に声を掛けてきた。

 俺はあの日の事を思い出していた。


 ◆◆◆


 とあるダンジョンの深部。


「来るぞ!」


 リーダーのレオンが叫んだ。

 整った顔立ちに、自信に満ちた笑み。冒険者ギルドでも指折りのイケメンだ。


 俺はその前方で、魔物を前に盾を構える。


「ぐおおおおおおっ!」


 地響きと共に、巨大な影が突進してくる。

 ゴブリンロード。通常のゴブリンの三倍はある巨体だ。手に持つ丸太のような棍棒を振り上げている。


「ウォールド、時間を稼げ!」


 レオンからの指示が飛ぶ。


「ああ、任せろ!」


 俺は盾を持つ腕に力を入れる。

 後方では魔法使いのミラと共に、ヒーラー職のエリシアが待機している。

 さらにその後方で、レオンはチャージ体勢に入った。必殺の一撃を繰り出すためだ。


 ゴブリンロードが棍棒を振り下ろす!


 ドカッ!


 盾で受け止める。衝撃が腕から全身に響く。

 汗が額から噴き出し、飛び散った。


「うわっ、汚い!」


 ミラが顔をしかめる。茶色のポニーテールを揺らし、派手なメイクの顔で睨んできた。


「ちょっと、こっちに汗飛ばさないでよ! マジ気持ち悪いんだけど!」


「ミラ、攻撃頼む! 敵の体力を削ってくれ」


 レオンが号令する。


「はいはーい。熱線魔法! いくよぉー!」


 ミラの杖から赤い光線が放たれる。ゴブリンロードに命中――

 だが、俺の背中にもかすった。


「熱っ……!」


「あはは、ごめんごめーん。あんたが前にいるから邪魔なんだよね」


 悪びれる様子もない。

 ゴブリンロードの連撃が続く。俺は必死に盾を構え、耐え続けた。

 体中が痛い。傷口から血が滲む。


「エリシア、回復を……!」


「無理よ」


 銀髪の美女ヒーラーは、杖を構えたまま距離を取っている。紫の瞳が冷たく俺を見た。


「あなたの汗が飛んでくるの。集中できないわ。我慢して」


 傷が痛む。だが、耐えるしかない。

 俺がここで倒れたら、レオンのチャージが完了する前にパーティが壊滅する。


「ねえ、エリシア」


 ミラが戦闘中にもかかわらず、軽い口調で言った。


「私たちいなくても、レオンとあいつだけで倒せるんじゃね?」


「そうね。正直、私たちの出番ないわよね」


 二人の声が聞こえる。いや、さすがに俺一人では無理だ。


「チャージ完了! みんな避けろ!」


 レオンの号令が響く。俺は右に転がった。


「光牙閃斬!」


 光を纏った剣が一閃。

 ゴブリンロードの巨体が、真っ二つに両断された。


「ぐぎゃああああああっ!」


 絶叫と共に、魔物は崩れ落ちる。


「やったね! さすがリーダー!」


 ミラがレオンに駆け寄る。エリシアも微笑みながら近づいていく。

 俺は傷だらけのまま、地面に座り込んでいた。誰も、こちらを見ない。


「よし、今日もなかなかの稼ぎだぜ! ギルドに戻って祝杯を上げよう!」


 レオンが上機嫌で言う。そして、俺に視線を向けた。


「ウォールド、悪いけど素材回収しといてくれ。俺たちは先にギルドで待ってるから」


「おい、ちょっと待って……」


 俺は立ち上がろうとするが、体が痛む。傷だらけだ。


「じゃあな」


 レオンは女性二人を両脇に従えて、さっさと洞窟を出ていった。


「今日は何飲もうかな? ねえリーダーは?」


「そうだなぁ、高いやつも飲めるな。今日は派手に行こうぜ。パアーっと騒ぐぞ!」


 三人の笑い声が、遠ざかっていく。


 俺は一人、傷だらけの体を引きずりながら、ゴブリンロードの死体に向かった。

 角、牙、魔石。報酬になる素材を一つ一つ回収する。


 痛い。

 惨めだ。

 でも、これも仕事だ。母さんとエミリーのために、俺が稼がなければ……。


 ◆◆◆


 冒険者ギルド、受付窓口。


「お疲れ様です。ゴブリンロードの討伐、確認しました」


 受付嬢が笑顔で言う。


「こちらが報酬です。お受け取りください」


 報酬の入った袋を受け取る。ずしりと重い。今日の稼ぎは悪くない。


「ありがとうございます」


 俺は報酬を手に、ギルド内の酒場へ向かった。


 ◆◆◆


「かんぱーい!」


 賑やかな声が響いている。


 レオンたちは、席についていた。テーブルには料理と酒が並び、三人は上機嫌で笑っている。


「今日もいい稼ぎだったなぁ!」


「リーダー、最高! あの必殺技、マジでカッコいい!」


 ミラがレオンの腕に抱きつく。エリシアも珍しく笑顔を見せている。


 俺は傷だらけの体で、テーブルに近づいた。


「これ……今回の報酬、ここに置くよ」


 袋に入った報酬を机に置く。

 レオンたちはチラリとこちらを見たが、すぐに視線を戻した。


「ああ、ご苦労さん」


 レオンが適当に言う。


「あいつ見ると飯が不味くなるんだけど……」


 ミラが嫌なものを見るような目で呟いた。


「そこのお金、汚いからさっさと片付けてよね」


 エリシアが冷たく言い放つ。


「まあまあ、そう言うなって」


 レオンが笑いながら言う。


「あいつのおかげで俺の技を撃つ時間が稼げるんだ。あんな奴でも、使い道はあるのさ」


 その声には、明らかに見下した響きがあった。

 そして、机の上の報酬袋から銀貨を数枚取り出し、俺に向かって投げた。


「ウォールド、お疲れさん。お前の分だ」


 銀貨が床に散らばる。

 俺は膝をついて、それを拾い集めた。


 銀貨十三枚。報酬の四分の一だ。


「……ありがとう。あの、回復魔法を……」


「傷薬でも塗っときなさい」


 エリシアが冷たく言い放つ。視線すら向けない。


 俺は銀貨を握りしめて、その場を後にしようとした。


 ◆◆◆


 その時――


 ギルドの入り口の扉が、静かに開いた。


 一人の女性が入ってくる。


 長い金髪。尖った耳。エルフだ。

 そして何より目を引くのは、その息を呑むような美しさと、背中に背負った大きな銀色の盾。


 ナイト職の証だ。


「失礼します。冒険者ギルドはこちらでしょうか?」


 凛とした声が、ギルド内に響く。


 その瞬間、レオンの動きが止まった。目が輝いている。獲物を見つけた獣のような目だ。


 エルフの女性の視線が、一瞬だけ俺を捉えた。

 その瞬間、彼女の美しい顔に、かすかな嫌悪の色が浮かんだのを――俺は見逃さなかった。


 嫌な予感がした。

 とても、とても嫌な予感が――。


 ◆◆◆


 そして翌日の朝、俺がギルドに入ると、いつもと空気が違った。

 冒険者たちがヒソヒソと話している。視線が俺に集まる。


 嫌な予感と共に、いつもの集合場所へと向かう。


 奥のテーブルに、レオンたちがいた。

 そして――その隣に、昨日のエルフの女性が座っている。


 金色の長い髪。エメラルドグリーンの瞳。

 息を呑むほどの美貌。背中には銀色の大きな盾。


 彼女の視線が、俺を捉えた。

 その美しい顔に、明らかな嫌悪が浮かぶ。


「ウォールド、来たか」


 レオンが立ち上がった。いつもの自信に満ちた笑顔だが、どこか冷たい。


「話がある。座れ」


 俺は言われるまま、椅子に座った。

 ミラとエリシアは目を合わせようとしない。

 レオンは腕を組んでいる。


「お前をパーティから外す」


「……は?」


 一瞬、意味がわからなかった。


「お前はもう用済みだ。悪く思うな」


「ちょ、ちょっと待ってくれ! どういう事だよ!?」


「わからないか?」


 レオンは肩をすくめた。


「代わりが見つかったんだよ」


 その言葉に続き、横にいるエルフの女性が口を開いた。


「私の名はシルフィア。ナイト職よ」


 その声は涼やかだったが、俺を見る目は汚物を見るようだった。


「私には盾があるし、タンク役もできる。あなたの代わりは務まるわ」


「それに」


 シルフィアは露骨に顔をしかめた。


「あなたみたいなのと一緒のパーティなんて、耐えられない。生理的に無理」


 ミラがクスクス笑った。


「だってさ、ウォールド。しょうがないよね」


 エリシアは無言で目を逸らしている。


「そんな……レオン、俺ここしか居場所ないんだよ。頼むよ、ちゃんとタンクの仕事はしてきただろ?」


「ああ、仕事はしてたさ。でもな」


 レオンが冷たく言い放つ。


「タンクは一人で十分だ。お前はもう必要ない」


 そして俺はクビになった。


 ◆◆◆


 レオンが最低の奴なのか、それとも俺が最低の存在なのか。今の俺にはわからない。

 しかし、そんな俺を信用すると言うなら、また仲間になっても良いと思ってしまった。


 今の俺にはチート級のスキルがある。これまでのように扱われることはないだろう。


 レオンは俺の肩に腕を回し、耳元で語りかけてくる。


「お前の頑丈さは一級品だ。俺はそれをよく知っている」


「今からそれを証明してやろうぜ。ギルドに没収されるなんて悔しいじゃないか」


「取り戻そうぜ! 俺も協力するからよ」


 なるほど、目的は金か。そんな所だろうとは思った。

 しかし、ケルベロスの牙をギルドに没収され、悔しい思いをしているのは確かだ。

 取り戻すという目的にも賛同できる。


「わかった。協力して欲しい。俺は一体何をすればいいんだ?」


「ダンジョンのボスを倒す」


 レオンは真剣な顔で言った。


「あれはAランクにも匹敵する魔物だ。タンクが二人は必要な強敵でな」


「ボス部屋に入れば、倒すまで出られない。ビビっちまって誰も入らない部屋だ」


「そいつを倒せば、お前の実力は本物だって証明できる」


「正直に言う。俺も怖い。だがお前がいれば何とかなる。どうする? 乗るか?」


 断る理由はなかった。

 それに俺はケルベロスの攻撃にも耐えられた。いざとなれば、俺がパーティメンバーを守ってやれる。

 それに何よりも、このままでは妹に合わせる顔がない。


「ああ、わかった。乗るよ。タンクは任せてくれ。守ってみせるよ」


 俺がそう告げると、レオンは俺の前に立ち、頭を下げた。


「……今まで済まなかった。俺はお前を見くびっていたよ」


「待っててくれ、メンバーを呼んでくる!」


 そう言うと、ギルド内へと向かった。


「さあ、やるか。ダンジョンボスの討伐だ」


 俺はかつての仲間に認められた嬉しさと、挽回のチャンスを与えられた事に浮かれていたのかも知れない……


 たとえチートスキルの能力を得ても、俺はバカなままだったのだ。


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