団欒
僕、創造神ファブリウスは、ウォールドの夕食に招待された。
「どうぞ、召し上がってください。おかわりもたくさんありますから、遠慮なく言ってくださいね」
ウォールドの母エルマが優しく微笑んでいる。
その笑顔が豊穣の女神アグリシアのように眩しく見える。
しかも僕の顔を真っ直ぐに見てくれている。
思わず動揺して目線を下げてしまう。
ダメだダメだ、今は食事に集中しよう。せっかく作ってくれたものだ。
目線の先には、素朴なパンとシチューが並べられている。
美味しそうな香りが湯気に乗って漂ってくる。
すると食欲が湧いてきた。
「ああ、ありがとうございます。それじゃあ、いただきます」
「いただきます」
皆も続いて食事前の挨拶をする。
素朴だが温かく、野菜の旨味と香りが口の中に広がる。
心のこもった料理を、僕は夢中で味わった。
「うーん、美味しい。母さんの料理はやっぱり世界一だ」
「嫌だわ、大げさね。今年の野菜は豊作で美味しいわ」
「神様のお恵みのおかげよ。感謝しないとね」
「うううっ……」
「ファブさんどうしたの?」
「きっと美味しいんだよ。お弁当のサンドイッチも喜んでくれたんだ」
「喜んでくれて私も嬉しいわ。おくちに合ってよかった」
「美味しいです。頑張ったかいがありました……」
そうか、アグリシアのために作った豊穣の杖。皆喜んでくれていたんだ。
長い年月をかけて作った苦労が、今報われた気分だ。作ってよかった。
彼女には振られたけど……
「あのさぁ、お兄ちゃん。私ね、ギルドで働いてみようと思うんだ」
「ほら、これ見て」
エミリーの手には、受付嬢募集と書かれた張り紙が広げられている。
「それって……」
ウォールドは困惑した表情だ。
「私ももう大人になったし、お兄ちゃんに頼ってばかりじゃ嫌なんだ」
エミリーは立ち上がり、固い決意を見せている。
「ギルドは荒くれ者も多いし、心配だよ」
それを見てウォールドは困った顔をしている。妹のことが心配なんだろう。
「荒くれ者はお兄ちゃんもいるんだから安心だよ。それに今度は私がお兄ちゃんを助けるから」
「母さん!」
「エミリーがそう決めたのなら、お母さんは応援するしかないわ」
どうやらこの優しい心の兄は、妹に勝てないようだ。
エミリーは僕に目を向け、腕をぎゅっと掴んできた。
「ファブさんもお兄ちゃんを助けてくれたんでしょ?」
「ああ、そうだね。僕もお兄さんを応援するよ」
「ありがとうファブさん。私はファブさんのことも大好きだよ」
そう話すエミリーに、背中を抱きしめられた。
胸に何かが突き刺さる。
ああ、その言葉。何よりも聞きたかった言葉だった。
多くの女神に振られ続けてきたが、一度も聞いたことはなかった。
この少女は僕の貧相な外見を気にすることなく好意を寄せてくれる。
理由は、まあ、兄の顔を見ればなんとなくわかる。
この子は人を外見で見ないのだ。本当に美しい心だ。
僕はこの家の中で、安らぎと幸せを感じていた。
「これからもお兄ちゃんのことをよろしくね」
眩しい笑顔だ。
「ああ、全力でサポートするよ。僕に任せておいて」
もちろん、僕にとっても大切な友人だ。ウォールドと家族は僕が守る。
創造神ファブリウスの名にかけて。
◆◆◆
――翌朝、ギルド受付窓口。
「これはいったい……何ですか?」
その見たこともないような素材に受付嬢は困惑している。
ケルベロスの牙だ。二つの頭を破壊し、全部で四つの牙を集めた。
滑らかな陶磁器のような見た目だが、その硬度は岩よりも硬い。
しかも、一つの牙が腕ほどの大きさがある。間違いなく普通の魔物の素材ではない。
これを見れば明らかだった。
「……私では判断ができません。ギルドマスターに鑑定してもらいます」
「ここでしばらくお待ちください」
そう言うと、受付嬢は階段を登ってギルドマスターの部屋へと入っていった。
俺は周りを見回す。すると、そこにいる冒険者の全員が俺のことを見ていた。
普段は見向きもしないのに、興味津々といった表情だ。
まあ目立つよな。素材だけではない。顔中に貼られたテーピングと包帯だらけの腕。
母さんが修繕してくれた服は縫い目とパッチワークで凄いことになっていた。
まあそれも、今回の報酬でまとまった金が入れば、新しく買うこともできるだろう。
今の生活も、少しは楽になるはずだ。
俺は掲示板に目を向ける。一番上に書かれたSランクの討伐依頼。ケルベロスにかけられた賞金は10万マネー。数年間は遊んで暮らせる大金だ。俺はこれを討伐……
したわけではないので、なんとも気分が落ち着かなかった。
「あっ! お兄ちゃん!」
そこに、受付嬢の制服を着たエミリーが、奥の扉を開いて入ってきた。
「今日から見習いです。よろしくお願いします」
そう言って深くお辞儀をする。
なんとも気恥ずかしい。
「ちゃんと先輩の言うことを聞いて頑張るんだぞ」
「はい、お任せください」
エミリーは笑顔で答えてくれた。
周囲が少しざわついている。中には薄ら笑いを浮かべている者もいる。
しばらくして、受付嬢と共にギルドマスターがやって来た。
「おい、ウォールド。これをどこで手に入れた」
何故かその目は、俺を責めるように射抜いている。
「森で道に迷って、森のさらに奥にある、山の近くで遭遇しました」
「そうじゃない。どこで奪ったと聞いている」
「え? 一体何を……」
「お前はこれを、どこでどうやって、誰から奪った」
「これはお前が討伐できる代物ではない」
「それは……」
確かに討伐したわけじゃない。しかし……
「どこから盗んできた! 言え!」
「ちょっと待ってください! お兄ちゃんは……」
まずい! エミリーが口を挟もうとしている。この流れはギルドマスターに逆らうことになる。
「待て! 黙っていろ!」
俺はエミリーを叱りつけるように止めた。
「!……」
エミリーの困惑する顔。しかし妹に頼るわけにはいかない。妹に迷惑をかけてしまう。
「証拠はあるんですか?」
「証拠だと。お前のようなCランクの冒険者が千人かかっても討伐できるわけがない」
「あの牙はAランク以上の素材だ。Sランクの可能性もある」
一斉にギルド内がざわつく。俺に向けられる目が、興味から蔑みの目へと変わる。
「俺は盗んじゃいない。調べてくれよ! あれは俺のものなんだ!」
「あの素材は没収する。調べるまでもない。お前は盗みを働いた」
「ウォールド、お前をギルドから追放する。今すぐに出ていけ!」
「……」
だめだ、冷静になって考えろ。確かに俺の実力で手に入れられるわけがない代物だ。
スキルカードがなかったら俺は今頃死んでいたんだ。
命があるだけでも奇跡なんだ。これ以上のことを望んじゃいけない。
俺がここで騒ぎを起こせば、エミリーの未来を閉ざしてしまう。
それだけは避けなければ……
俺はそのまま、何も言わずにギルドを後にした。
エミリーがどんな顔をしていたのか。見ることができなかった。
すまないエミリー。こんな兄ちゃんで……
「おい、ウォールド」
背中から声をかけられる。聞き覚えのある声だ。
「俺はお前を信じるぜ」
振り向くと、そこには以前に俺をクビにした男。
パーティリーダーのレオンがいた。
そしてその顔には、何とも嫌な笑いが張り付いていた。




