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バルドスの罠

 ポーションの販売は、予想以上の大成功だった。

 連日、冒険者たちが列を作り、飛ぶように売れていく。

 修羅ギルドの冒険者は、毎日がボロボロだ。ポーションの需要は尽きることがない。


「お兄ちゃん、売上が凄いことになってるよ!」

 エミリーが帳簿を見せてくる。数字は右肩上がりだ。

「このままいけば、資金難なんてすぐに解決だね」

「ああ、助かった……」

 俺は胸を撫で下ろした。


 しかし――その安堵は、長くは続かなかった。


 ◆◆◆


 数日後。


「お兄ちゃん、大変! ポーションが売り切れちゃった!」

 エミリーが慌てた様子で執務室に飛び込んできた。

「売り切れ? まぁ、あれだけ売れれば、そうなるよな」

「すぐに仕入れよう。いつも世話になってる商人に頼んで――」

「それが……」

 エミリーの表情が曇る。

「どこの商人も、うちには売ってくれないの」

「は?」


 俺は街に出て、直接確認することにした。

 しかし――


「悪いね、うちはもう在庫がないんだ」

 道具屋の店主が、愛想笑いを浮かべながら言う。

「在庫がない? さっき冒険者が買っていくのを見たぞ」

「ああ、あれは予約分でね。新規の取引は受けられないんだ」

「なぜだ?」

「……商業ギルドの方針でね」

 店主は目を逸らした。


 他の店も同じだった。

 武器屋も、防具屋も、素材屋も。

 どこへ行っても「在庫がない」「取引できない」の一点張り。


「商業ギルドの方針……?」

 俺は嫌な予感がした。


 ◆◆◆


 ギルドに戻ると、受付カウンターの前に人だかりができていた。

「ポーションはまだか!」

「怪我が治らねえんだよ!」

「いつ入荷するんだ!」

 冒険者たちが詰め寄っている。

 対応しているエミリーは、困り果てた表情だ。


「申し訳ありません、現在仕入れの目処が……」

「目処が立たねえってどういうことだ!」

「商業ギルドとの取引が……」

「言い訳はいい! 早くなんとかしろ!」


 俺は冒険者たちをなだめながら、エミリーを執務室に連れていった。


「……どうなってるんだ、これ」

「分からない。急に、どこの商人もうちと取引してくれなくなったの」

「商業ギルドの方針って言ってたけど……」

「誰かが手を回したとしか思えないよ」


 誰かが、商業ギルドに圧力をかけている。

 俺達を潰すために。


「心当たりは……」

 俺の脳裏に、一人の男の顔が浮かんだ。

「まさか……」


 その時、執務室の扉が乱暴に開く。


「失礼するよ」

 扉が開き、一人の男が入ってくる。

 元ギルドマスター、バルドス・フォン・クレイン。

 思った通りの人物だった。


「久しぶりだな、ウォールド。いや、今はギルドマスター様か? くくくっ」

「バルドス……! お前、何しに来た」

「そう睨むな。今日は商談に来たんだ」


 バルドスは執務室を見回し、鼻で笑った。

「相変わらず質素な部屋だな。平民の成り上がりには、これがお似合いか」

「……俺はこれがいいんだ、それよりも用件を言え」

「せっかちだな。まあいい」


 バルドスは懐から小瓶を取り出した。

 緑の液体が入っている。ポーションだ。


「お前たち、ポーションが手に入らなくて困っているそうじゃないか」

「……」

「商業ギルドの連中は、私の古い知り合いでね。ちょっと頼んだら、快く協力してくれたよ」

 バルドスが嫌らしく笑う。

「街中のポーションは、全て私が買い占めた」

「なるほど……そういうことか……」


 俺は拳を握りしめた。

 やはり、こいつの仕業だったか。


「喜べ。私は売りに来たんだ。ポーションを、な」

「いくらだ」

「一本、金貨十枚」

「っ……!」


 通常価格の十倍だ。

 それでは、売っても利益が出ない。むしろ赤字になる。


「ふざけるな。そんな値段は聞いたことがない!」

「ならば買わなければいい。冒険者たちが怪我を治せずに苦しむだけだ」

「……!」


 バルドスは勝ち誇った笑みを浮かべる。

「そんな値段では買えない……」


「そうか、それならば……」

 バルドスは一歩前に出た。


「私をギルドマスターの上の立場として迎え入れろ」

「なに……?」

「顧問でもいい。とにかく、お前より上の立場だ。私の指示には従ってもらう」

「そうすれば、ポーションは通常価格で卸してやる」


 俺は歯を食いしばった。

 こいつの下につくなど、冗談じゃない。

 だが、ポーションがなければ、冒険者たちが困る。

 ギルドの運営も立ち行かなくなる。


「くそっ……」

 悔しさで、体が震える。


「お兄ちゃん、問題ないよ」

 エミリーが、静かに口を開いた。

「エミリー?」

「バルドスさん、顧問職をお受けします」


 俺は驚いてエミリーを見た。

 しかし、エミリーの表情は落ち着いていた。

 いや――微かに、笑みを浮かべている?


「ほう、小娘の方は話が分かるようだな」

 バルドスが満足げに頷く。

「では、正式に――登録いたします」


 そう言うと、エミリーはカウンターの引き出しから一枚のカードを取り出した。

 金色に輝く、豪華な装飾が施されたギルドカード。

 通常のカードとは明らかに格が違う。

「それでは、こちらをお受け取り下さい」


「何だそれは?」

「顧問職として作られた、特別なギルドカードです」

「これは……」

「これが当ギルドでの、顧問である証明となります」

 エミリーが恭しくカードを差し出す。

「バルドス様には、これをお持ちいただきます」


 バルドスの目が輝いた。

「ほう……なかなか分かっているじゃないか」

 バルドスはカードを手に取り、満足げに眺める。

「この装飾、この輝き……これぞ、私に相応しい」


 俺はエミリーを見た。

 エミリーは、俺に向かって小さくウインクした。


 ……そうか。

 あのカード、ただのギルドカードじゃない。


「では、正式に顧問就任ということで」

 エミリーが微笑む。

「バルドス様、今後ともよろしくお願いいたします」

「うむ。精々、私の役に立つがいい」

「このギルドはもう私のものだ。ポーションも通常価格で売ってやる。うはははっ」

 バルドスは鼻高々に執務室を出ていった。


 ◆◆◆


 バルドスが去った後、俺はエミリーに詰め寄った。

「エミリー、何を考えてるんだ? あんな奴の下につくなんて……」

「落ち着いて、お兄ちゃん」

 エミリーがニッコリと笑う。

「バルドスさんが犯人だって、ポーションを買い占められた時点で分かってたでしょ?」

「確かに……」

「困った顔を見に来ると思ったから、事前に用意してたんだ」


「用意? あのカードのことか?」

「そう。あれはね――」

 エミリーの笑顔が深くなる。

「他人にブサイクって言うと、髪の毛が抜ける呪い付きだよ」

「っ……!」


 俺はバルドスの頭を思い出した。

 元々薄くなっていた金髪。

 あれがさらに抜けたら……


「バルドスさん、プライドが高いから絶対に謝らないよね」

「ああ……間違いない」

「じゃあ、呪いは解けないね」

 エミリーの笑顔が、少しだけ怖く見えた。


「それに、顧問になってくれるなら好都合だよ」

「どういうことだ?」

「バルドスさんには、貴族社会へのコネがあるでしょ? それを使えば、もっと高額で高難度の依頼を受けられるようになるの」


「なるほど……」

「利用できるものは、利用しないとね。そのためには、偉そうにされても我慢だよ」

 エミリーは帳簿を開きながら、事も無げに言った。


「それに、ポーションも通常価格で仕入れられるようになったし」

「そうだな……結果的には得してるのか」

「バルドスさんは、ギルドを取り戻したつもりでいるんだろうけどね」

 エミリーがくすりと笑う。

「本当は、うちの駒になっただけなのに」


「そうだ! お兄ちゃん、近いうちに社交界デビューするはずだから、いい服を用意しなきゃ」

「社交界?」

「貴族のパーティとか、そういうの」


 俺は社交界での自分の姿を思い浮かべた。

 絶対に浮くだろう……笑い者になる未来しか見えない……。

 

「さすがにそれは自信がないかも……」


「安心して。大丈夫だから」

 エミリーが言う。

「ファブが作り直してくれるって言ってたよ」

「何を?」

「イケメンになれるやつ。前に話してたでしょ?」


 そうだ。魔法の仮面。あれを使えば、今よりはマシな顔になれるはず。

 笑い者にならなくて済むかも知れない。


「お兄ちゃん頑張ってね!」

 エミリーが楽しそうに笑う。


 俺は苦笑した。

 エミリーの策略は、いつも俺の想像を超えている。


「……お前、本当に十六歳か?」

「失礼だなあ、お兄ちゃん」


 エミリーは頬を膨らませたが、すぐにいつもの笑顔に戻った。


「さあ、準備を始めよう。バルドスさんには、たっぷり働いてもらわないとね」


 こうして、没落貴族を利用する計画が動き出した。

 バルドスは、自分が罠にはまったことにまだ気づいていない。


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