ポーション販売
今日もギルド運営は順調だ。
修羅ギルドという二つ名が付けられ、依頼はどんどんやって来る。
このまま行けば、国中にこの名が知れ渡るだろう。
まさに順風満帆、と言いたいところだが……困った問題が二つ発生している。
一つ目は、資金が少しずつ減ってきていること。
そして二つ目は、『人へのブサイク発言禁止』の掟が守られていないことだ。
「お兄ちゃん、素材の販売で稼いだお金よりも、冒険者への報酬支払いの方が多くなってきてるよ」
「このままだとお金が無くなっちゃう」
ギルドマスターの執務室で、俺とエミリーは二人きりの兄妹会議を行っていた。
エミリーが帳簿を見ながら報告する。その表情は真剣そのものだ。
帳簿を覗き込むと、確かに最近は報酬の支払いが増えている。しかも『三倍払い』が目に見えて増加していた。
冒険者たちの顔を思い浮かべる。
かつてイケメンだった者たちも、今では高難度の討伐でボコボコに腫れ上がっている。
今では全てのパーティが似たような有り様だ。
そりゃ支払いも増えるよな……。
「どっ、どうしよう……」
俺は少し取り乱してしまう。
しかしエミリーは落ち着いていた。
「もう、しっかりしてよお兄ちゃん。倉庫にいっぱいポーションがあるの見つけたんだけど、あれを売ればいいんじゃない?」
「ポーション?」
「うん。最近ポーションが売れすぎて品薄になってるから、値段も上がってるんだよ」
エミリーが窓の外を指さす。
「ほら、見て。あの道具屋さん、凄いことになってるよ」
俺は窓から近くにある道具屋の建物を見た。
ボロボロになった冒険者たちの行列が、入口へと続いている。しかも建物は改装され、豪華でピカピカに輝いていた。
俺はギルドの外へ出て、街の様子を確認する。
すると、ピカピカなのは道具屋だけではなかった。
武器屋、防具屋、鍛冶屋、素材買取商……商業ギルドに加盟するほとんどの店舗が美しく輝いている。
いつも裏口から出入りしていたせいで、全く気が付かなかった。
そして振り返る。
そこに有ったのは、壁が傷だらけで、血の付いた手の跡が無数に付着している建物。
その周りには、包帯だらけの冒険者が座り込み、睨みを利かせている。
まさに修羅の光景だった。
「ふっ、ブサイクってのは儲かるぜ……」
冒険者の一人がニヤリと笑っている。
自分に対してブサイクと言うのは問題ない。
まあ、それはいいとして。よし、まずはポーションを販売しよう。
◆◆◆
そしてポーションの販売が始まった。
『ポーション販売始めました。ただいま激安セール中。お一人様一個限り』
エミリーから宣伝広告の束を手渡される。
「はい、これ街中に貼ってきて」
「エミリー、こんな内容でいいのか?」
「二個目からは高く売りつけるから問題ないよ?」
凄く可愛い笑顔だが、凄みを含んでいる……。
「ああ、そうか……わかった」
商魂たくましいエミリーに押されつつ、俺は街中に広告を貼って回った。
これで、当面の資金は問題なくなる。
しかし――問題はもう一つある。
◆◆◆
執務室に戻ると、エミリーが困った顔をしていた。
「お兄ちゃん、また『ブサイク』って言った人がいるよ」
「またか……」
修羅ギルドの掟、その二。
『人に対してブサイクと言うことを禁止する』
しかし、この掟を破る者が後を絶たない。
「今日だけで五人だよ。注意しても『すみません』って言うだけで、また繰り返すの」
「罰則がないからな……」
「そうなんだよね。掟を破っても何も起きないから、みんな軽く考えてるんだと思う」
エミリーの言う通りだった。
罰がなければ、掟は守られない。
かといって、厳しすぎる罰を与えれば、冒険者たちの反発を招く。
どうすればいいんだ……。
「ファブに相談してみるか」
俺は絆の腕輪に手を当てた。
◆◆◆
執務室に輝く魔法陣が現れる。
その中から、ファブは床から生えるように現れる。
もうすこしマシな現れ方は無いかと思ってしまうが、そのほうがファブらしい。
「やあ、呼んだかい?」
「来るのが早いね、どうやって僕達の所が分かるの?」
「腕輪で場所が分かるのさ。どう? 便利だろう」
ファブは自慢げにニッと笑う。顔は貧相でも、少しだけ可愛くなった。
「それで、どんな頼みだい?」
俺は事情を説明した。
『ブサイク発言禁止』の掟が守られないこと。
罰則がないから軽く見られていること。
厳しすぎる罰は反発を招くこと。
ファブは腕を組んで考え込んだ。
「なるほどね……つまり、適度な罰が必要ってことか」
「そうなんだ。でも、どんな罰がいいのかわからなくて」
「ふむ……」
ファブは少し黙った後、ニヤリと笑った。
「いい物があるよ」
「いい物?」
「ちょっと待って」
ファブが指を鳴らすと、空間が歪んだ。
そして――ドスンッ!
執務室の床に、巨大な何かが落ちてきた。
「なっ……なんだこれ!?」
俺は思わず後ずさった。
それは、ドクロをモチーフにした禍々しい装置だった。
黒い金属で作られた台座の上に、角の生えたドクロが鎮座している。
ドクロの目は赤く光り、口からは紫色の煙がゆらゆらと立ち上っていた。
「ファブ、これは……」
「『呪いの魔法付与装置』さ」
ファブが誇らしげに言う。
「この装置に通すことで、特別な魔法が付与できるんだ」
「特別?」
「特定の言葉と呪いをリンクさせるんだ。魔法は何にでも付与できるよ」
そう言うとファブは、装置に表示された魔法陣をいじりだした。
「例えば、他人に対してブサイクを唱えると、自分の髪の毛が抜ける呪いにしよう」
「髪の毛が抜ける!?」
俺は自分の頭に手を当てた。
髪の毛が抜けるなんて、恐怖以外の何物でもない。
「大丈夫、呪いを解く方法もあるよ」
「どうすればいい?」
「簡単さ。『ブサイク』と言った相手に謝ればいい。言葉を無効化すれば、呪いは解ける」
「なるほど……」
これなら、厳しすぎず、かといって軽くもない。
髪の毛が抜けるのは嫌だが、謝れば元に戻る。
もともと髪の毛のない冒険者には効かないが、とりあえずはこれで良い。
「でも、この見た目は……」
俺は装置を眺める。
どう見ても邪悪な何かにしか見えない。
そもそも呪いを扱う装置なのだから、当然かも知れないけど。
こんなものまで作ってしまうとは。
ファブを怒らせたらどうなるんだろう。
思わず戦慄を覚えてしまうが、穏やかに微笑むファブを見ていると。
そんな心配はファブに対して不誠実だと反省した。
「受付カウンターに置いて、ギルドカードに付与すればいいんじゃないかな」
ファブがウインクする。
「『この装置を通したギルドカードを持つ者は、ブサイクと言うと髪が抜ける』……そう説明すれば、みんな気をつけるようになるさ」
確かに、この禍々しい見た目なら、誰もが警戒するだろう。
見た目のインパクトも、抑止力になる。
「ありがとう、ファブ。助かるよ」
「どういたしまして。困ったときはいつでも呼んでくれ」
ファブは満足げに笑うと、再び指を鳴らした。
床が光り、その姿が沈んでゆく。
「じゃあね、親友」
「ああ、またな」
ファブが消えた後、俺は装置を見つめた。
禍々しいドクロが、赤い目で俺を見返している。
「……これ、どうやって運ぶんだ?」
装置は見た目通り、とてつもなく重そうだった。
◆◆◆
翌日。
受付カウンターの横に、巨大なドクロの装置が設置された。
冒険者たちがギルドに入ってくるたび、その目は装置に釘付けになる。
「なっ、なんだあれ……」
「呪いの装置だって……」
「『ブサイク』って言うと髪が抜けるらしいぜ……」
噂はあっという間に広がった。
そして、その日から――
『ブサイク』という言葉を口にする者は、激減した。
代わりに生まれたのは、様々な言い換え表現だった。
『強烈顔』『個性的な顔立ち』『味のある顔』『インパクトフェイス』……
冒険者たちは必死に言葉を選ぶようになった。
掟は、守られたが……まあ、良しとしよう。
……しかし、新たな問題が迫っていることを、俺はまだ知らなかった。
◆◆◆
同じ頃、街の外れにある古びた屋敷で。
「そうか、修羅ギルドはポーション販売を始めたか……」
薄暗い部屋の中、一人の男が嗤っていた。
酒焼けで赤くなった顔。薄くなった金髪。古びた貴族服。
元ギルドマスター、バルドス・フォン・クレインだ。
「ふん、平民風情が商売とはな。身の程を知れ」
バルドスはワイングラスを傾けながら、窓の外を見つめた。
「だが、これはチャンスだ。商業ギルドの連中に手を回せば……」
歪んだ笑みが浮かぶ。
「ポーションを買い占めてやる。そうすれば、あの小娘たちは俺に頭を下げるしかなくなる」
バルドスは立ち上がり、古びた貴族服の埃を払った。
「待っていろよ、修羅ギルド。今度は金で叩き潰してやる……くくくっ」
没落貴族の逆襲が、静かに始まろうとしていた。




