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「他の誰かと幸せになってほしい。」
私には彼を幸せにはできないと別れた日の夢を何度もみる。
目が覚めて彼のいない人生に絶望しても、どこにも逃げるところなんてない。
せめて彼が誰かと出会って幸せでいてくれたらと何度も、何度も思う。
後悔ばかりの私の人生はそんな思いに埋め尽くされて終わった。
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目が覚めて、頬が濡れているのを感じる。
(またこの夢か。)
物心つく前から見ていた夢は自分の前世なのではないかと気がついたのは6歳のころ。
自分は女性で、男の人と別れてしまったことをずっと後悔して生きていた。
(そんなに好きならなんで手を離したんだろ。)
女性の視点で夢を見ているから、それが彼を思ってのことだったのは分かっているつもりだが共感するかどうかはまた別の話だ。
(私なら何があっても好きな人のそばにいるのに。)
夢のせいか周りより思考が大人びているようで気がついたら周りから浮いていた。
悪い方にではなく、頼られたり憧れを持たれたりという方向にいったのが幸いだ。
「ルーゼ姉、まだ時間いいの?」
「おはようソージェ。そうだね、そろそろ準備しないと。声をかけてくれてありがとう、流石ソージェよく気がつくね。」
「へへへっ」
弟のソージェは4つ年下でまだまだ可愛い盛りだ。
周りをよく見ていてきっと将来はモテるだろうなと身内ながら思う。
(ちょっとブラコンかもしれないって可能性はまぁ、あるけど。)
両親は1年前に運悪く亡くなっていて、兄弟2人だが残してくれた家と周りに助けられてなんとかやれている。
寂しいがこればかりはどうしようもない。
「ソージェ、ご飯ここに置いておく。今日も夕方には帰るからね。」
「うん、いつもありがとう姉さん。
いってらっしゃい。」
弟と毎日恒例のハグをしてから仕事に向かう。
ここは王都から遠すぎず、近すぎず、人口もそれなりにあってそこそこ住みやすい
はっきりいうなら中途半端ともいえる街だ。
個人的には何にも傾きすぎていない所が気に入っている。
「ルーゼ、今日も早いね。早速で悪いけどパンをいつも通り外に並べてくれるかい?」
「おはようございますリーシェさん。分かりました、終わったら声をかけますね。」
前世の記憶が少しあるおかげで計算が速かったので務める先には困らなかった。
周りから見ると所作もそこそこらしくよく驚かれる。
(まああの夢を見る対価と思えば。)
あの夢を見る度に強い寂しさと喪失感にも悩まさせるのだ、このくらいの恩恵もないとやっていけない。
(前世の記憶っていってもあの夢以外殆ど何も覚えてないし。)
リーシェさんは1人でパン屋を切り盛りする恰幅のいい30代の女性だ。
子供は居ない。
両親を早くに亡くした私に声をかけてくれた優しい人の1人だ。
ここに勤めてそろそろ1年になる。
「美味しそうだな、1つもらっていいかい?」
「はい、1こ150ルペです。」
とったパンを紙に包んで手渡す。
衛生観念が低いこのエリアで紙をまいて手渡したらどうか?と提案したところ
手が汚れないしそのまま食べられると受けがよくて、食べながら仕事に向かう人が買ってくれるようになった。
朝の売り上げも上々だ。
「おはようルーゼ、俺も1つ貰える?」
「アル!おはよう今日も仕事なの?」
「うん、そろそろ警備の仕事もやってみるかって父さんが。」
「えっすごいじゃん。警備って!やったねアル!!」
「おーありがとな。
がっかりさせないようにしないと。」
(少し緊張した様子だったのはそのせいか。頑張ってたもんなぁアル。)
幼馴染としては彼の努力が報われたようでとても嬉しい。
街の警備は憧れの仕事だ。
有事の際に的確な判断を出来る能力と、それなりの身体能力を求められる。
「ペアの人はもう決まってるの?」
「これから会うとこ、1こ上だって話だけ聞いた。」
接客をこなしながらもちょこちょこと会話をする。
気の合うペアと組めるかどうかもかなり重要だがこればかりは運だ。
「君がアルトくん?」
緊張している様子のアルをどう元気付けようかと考えていると
柔らかな声がふってくる。
「俺ジール、アルトくんのペアな。よろしく。君のお父さんからこの辺にいるって聞いて探しにきちゃった。」
少しだけ癖のあるやわらかそうな髪に人好きのする笑みを浮かべた彼は頭ひとつ分大きい。
それでも気安い雰囲気を感じるのは話し方のせいだろうか?
「君がルーゼちゃん?アルトくんの幼馴染の子よな。よろしくね。」
暖かみのある瞳がこちらに向けられる。
「はい…。」
この人…
顔立ちは全く似ていないのに、夢の中でみる男の人に雰囲気がそっくりで驚く。
「あの…お会いした事ありますよね?」
「え?ルーゼちゃんみたいな可愛い子に会ったら忘れないと思うけどなぁ。人違いとちがう?」
(覚えて、ない?)
彼も私に気がついたかもしれないと遠回しに聞いてみたが、記憶があるのは自分だけのようだ。
彼はあの男の人ではない。それは頭では理解できているはずなのに
置いて行かれて独りぼっちのような喪失感に襲われる。
(私だけが覚えているの?)
横でアルが何か言いたげな様子で見守っているのが分かるが、声をかける余裕がない。
「俺と似た人と会ったことがあるの?でもこれから仲良くなればいいしな。」
にっこり笑う彼に涙が出そうになる。そうだ、彼はそういう人だった。
いつでも何事にも前向きで、誰にでも優しくて…
「…ルーゼ?
ジールさん初めまして。アルトです、今日から警備の仕事につきます、宜しくお願いします。」
「うん、こちらこそよろしく。俺結構慣れてるしそんな緊張しなくても大丈夫よ、気楽に行こう。
あんま時間ないしそろそろ行こうか、ルーゼちゃんまた後でな。今度はパンも買いにくるわ。」
「はい、いってらっしゃい。また」
また、
また彼に会いたいと思う自分がいる。
夢の女性は今の自分ではないし
彼もあの男の人とは違う。
それでもまたこの世界で出会えた喜びで胸がいっぱいで泣きそうだった。
(やっと会えた、やっと。)
————-
「おかえり姉さん?何かあった?」
「ただいまソージェ、うん、ちょっとぼんやりしただけだから大丈夫。」
あれからは上の空だったがなんとかミスもなく仕事を終えた。
これほど計算が得意である事に感謝した日もない。
「ふうん、好きな人でも出来た?」
「はっ?」
「だって姉さん、そういう顔してる。
女の人って分かりやすいよね。」
少し面白くなさそうなソージェの顔をまじまじと見てしまう。
一体何が見えているのだろう?
思っていたよりも彼の観察眼はずっと鋭いらしい。
「別に好きとかじゃない、アルが警備の仕事に就いて
そのペアの人に会っただけ。」
「アルにいが?さすがアルにい!
ふーん、じゃそのペアの人が気になったとか。」
ソージェに口で勝てる気がしない。
いつの間にこんなに大人になったのだろうか。
これ以上話すと墓穴をほるような気がしてサッサと夕食の準備に入った。
明日は彼に会えるだろうか。
(そんなに顔に出てる?)
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翌朝も早めに家を出てパンの品出しをする。
ソワソワと落ち着かない理由は自分でも分かっているが気持ちのコントロールが難しい。
人が近づく度に過剰に反応してしまって朝からとても疲れる。
「ルーゼちゃん。今日はパン買いにきたよ。」
「ジールさん、おはようございます。」
来てくれた…
色々話したいこともあるのにうまく言葉が出ない。
自分だけ意識していて恥ずかしい。
「おはよー。昨日も思ったけどどれも美味しそうだね、紙で包んでくれるのもいいなぁ。食べ歩きしやすそうだし。」
「そうですね、朝はみんな忙しそうなので食べながら仕事に行けたら便利かなって。」
「へー、ルーゼちゃんが考えたの?」
「はい、一応。」
一応ってなに!と心の中で自分にダメ出しが始まる。
彼が相手だと会話もうまくいかないらしい。
言葉とは反対に会えて嬉しい、楽しい、彼のことがもっと知りたいと騒ぐ気持ちを抑える。
「賢くてえらいね、頑張り屋さんで優しいんだね。」
そう言って彼が頭を撫でてくれる。
顔が真っ赤になっているのが分かって恥ずかしい、でも嬉しい。
「ありがとうございます。」
「それじゃ、邪魔になるといけないからそろそろ行くね。
右端のくるくるってしたパン2こ頂戴。」
「はい、300ルペです。」
(くるくるとか言ってる、可愛い。)
「ありがとーまたくるね!あ、アルトくんはとっても優秀だから心配しないでね。」
またね、と笑顔で手を振ってくれるジールさんにぺこりと頭を下げる。
今別れたのにもう会いたいという気持ちになる。
(もっと話したい…ジールさんって彼女居るのかな。)
隣に女の人がいたらと思うと苦しい。まだ会って2日目の他人がこんなことを思うのはおかしいのに。




