55.私の未来は私が決める
廊下の奥から車椅子を押しながら現れた陽咲の姿に、翔汰の胸が熱くなる。
彼女の頬はまだ青白いけれど、その瞳だけは揺らぎなく光を宿していた。
「陽咲……」
思わずその名を呼ぶと、彼女はかすかに笑った。
けれど、その笑みはすぐに消え、両親に向き直る。
「お父さん、お母さん……もう、やめて。」
細い声だったが、玄関先の空気を震わせる。
母はぎょっとしたように顔を向け、父は険しい表情を崩さなかった。
「どうして翔汰くんにそんなことを言うの?
どうして、私の気持ちを無視するの?」
震えながらも、一言一言を必死に絞り出す。
翔汰はただ彼女を見守ることしかできなかった。
「……陽咲。お前は、あの事故のあとで――」父が口を開く。
「わかってる。私はもう前と同じようには歩けない。それは現実だよ。」
陽咲の声が父の言葉を遮った。
「でも、それが私の未来のすべてを決めるわけじゃない。私はまだ生きてる。
夢だって、これから見つけたい。」
母の瞳に動揺が広がる。
陽咲は涙をこらえながら、続けた。
「翔汰くんはね……事故のあと、何度も私の手を握ってくれた。
私が壊れそうになっても、絶対に離さなかった。
そんな人を、どうして“やめろ”なんて言えるの?」
玄関先の空気が熱を帯びていく。
翔汰は胸の奥で、彼女の言葉に呼応するように心臓を打ち鳴らした。
「……陽咲。親として、私たちは心配しているだけよ。」
母の声は少し弱々しくなる。
「心配してくれるのはわかってる。
でも……それと私の幸せは、同じじゃない。」
陽咲は両親を真っすぐに見つめ、言い切った。
「私の未来は、私が決める。
翔汰くんと一緒に――歩いていきたいの。」
その瞬間、翔汰の胸が大きく震えた。
――ようやく、陽咲が自分の口で言ってくれた。
沈黙が広がる。
両親の顔に迷いと苦しみが浮かび、簡単に答えが出せないことはわかる。
けれど翔汰は、彼女の言葉が確かに壁を揺らしたことを感じていた。
「……翔汰くん。」
母が静かに息を吐いた。
「少し、時間をちょうだい。」
翔汰は深く頭を下げる。
陽咲もまた、涙をこぼしながら両親を見つめていた。
玄関先の空気は重く、それでも確かに変わり始めていた。




