54.認められなくても
翌日、翔汰は陽咲の家の前に立っていた。胸の奥はざわついていたが、逃げる気はなかった。
――昨日のあの涙を、もう二度と見たくない。
その一心で、玄関のチャイムを押す。
しばらくして、扉が開いた。
出てきたのは陽咲の母だった。驚きと警戒の色が混ざった目が、翔汰を射抜く。
「……翔汰くん。何の用かしら。」
「陽咲さんと話をさせてください。」
「無理よ。」
母は即座に首を振った。
「あなたと一緒にいることが、あの子にどれだけ負担になっているか、わかってる?」
鋭い言葉に、拳を握りしめる。だが逃げずに正面から見返した。
「負担じゃありません。……むしろ、俺は陽咲さんと一緒じゃなきゃ生きていけません。」
「子どもの言葉ね。」
母の声は冷たかった。
「あなたは将来がある。でも、陽咲にはもう――」
「やめてください!」
思わず声を張り上げた。
「そんな風に言わないでください。
陽咲は……陽咲はまだこれからです。
事故に遭ったからって、未来まで奪わないでください!」
母の表情が一瞬揺れる。だがすぐに険しさを取り戻した。
「理想だけで生活はできないわ。現実を見なさい。
あの子と一緒にいれば、あなたの夢も閉ざされるのよ。」
「夢なら、変えればいい。」
はっきり言い切った。
「俺の夢は“プログラマーになること”だったけど……今は違います。
陽咲を支えたい。それが、俺の一番の夢です。」
空気が張りつめた。
母は言葉を失い、ただ翔汰を見つめていた。
そこへ、奥から足音がした。
ゆっくりと現れたのは陽咲の父だった。険しい目つきで、翔汰を睨む。
「……帰りなさい。」
低い声が玄関に響いた。
「君が何を言おうと、私たちは認めない。」
胸に重く突き刺さる拒絶。
けれど、翔汰は一歩も退かずに頭を下げた。
「それでも、俺は諦めません。」
「……何?」
「陽咲さんを守るって決めました。
たとえ二人に認められなくても、俺は彼女の隣に立ち続けます。」
声は震えていたが、決意は揺るがなかった。
父の瞳がわずかに動き、沈黙が流れる。
その時、奥の廊下から細い声が響いた。
「……翔汰……」
車椅子に座った陽咲が、父母の背後に現れていた。
涙を浮かべた彼女の視線は、まっすぐ翔汰に向けられていた。
翔汰は拳を強く握りしめる。
ここからが本当の勝負だ――そう胸に刻みながら、陽咲の名を呼んだ。




