52.距離
両親との対峙の夜。
玄関先に残る冷たい空気と、突き放すような言葉の余韻が、まだ胸の奥で響いていた。
――「翔汰くんに未来を縛られるようなことは、絶対にさせない。」
母の強い声が、耳にこびりついて離れない。
その時は必死に言い返した。翔汰と一緒にいたい、支え合いたいと。
けれどベッドに横たわり、ひとりになった途端、両親の言葉が鋭い棘になって心に刺さる。
(私が翔汰を苦しめてるんじゃないか…?)
その疑念が頭を離れなかった。
リハビリで思うように身体が動かせないたび、支えてくれる翔汰の手に、申し訳なさが募っていく。
彼は夢を諦めてまで、私のそばにいてくれているのではないか。
その未来を奪うくらいなら、いっそ――。
震える指でスマホを握りしめ、何度も文章を打っては消した。
「ごめんね」「少し距離を置きたい」
簡単な言葉すら、重すぎて送れなかった。
それでも、翔汰のためだと自分に言い聞かせて、短く「しばらく会えない」とだけ送信した。
……既読がついた瞬間、胸が張り裂けそうになる。
翔汰はそのメッセージを何度も読み返していた。
陽咲の字を追うたびに、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。
(どうして…?なんで今なんだよ)
何かあったのは分かる。両親とのやり取りを思い返せば、答えは簡単に推測できた。
でも「だから距離を置こう」という結論に至った陽咲の気持ちが、どうしても理解できなかった。
頭では分かっている。
彼女は自分を守ろうとしている。自分の未来を気にしてくれている。
――だけど。
(俺の未来に、陽咲がいないなんて考えられるわけないだろ)
気づけばスマホを強く握りしめていた。
何度も「会おう」と打ちかけては消す。
無理に呼び出したら、彼女はもっと苦しむかもしれない。
だけど、このまま距離を置かれるなんて絶対に耐えられなかった。
カーテンの隙間から差し込む月明かりの中で、翔汰は深く息を吐いた。
――今は、追わない。
その決断が喉の奥で詰まり、胸を焼くように痛かった。
日々のリハビリ室でも、変化は顕著だった。
陽咲は笑顔を作ろうとするが、視線を合わせようとしない。
翔汰が何か声を掛けても、「うん」「そうだね」と短く返すだけで、すぐに話を切ってしまう。
本当は叫びたい。
「やめるな」「一緒にいるって言っただろ」と。
でも、彼女の苦しげな横顔を見るたびに、その言葉は喉の奥で溶けて消えてしまう。
(どうすればいいんだよ、陽咲……)
彼女を守りたいのに、彼女は自分の手を離そうとしている。
その矛盾が、翔汰の心をじわじわと削っていった。
夜、再びスマホを開く。
画面の向こうには、返事のないトーク画面。
文字を打つことすらできず、ただ空白を見つめていた。
そして心の奥で、静かに誓う。
(絶対に諦めない。たとえ陽咲が距離を置こうとしたって、俺は何度でも近づいていく)
彼女を失わないために。
そして自分自身を守るために。




