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51.深まる溝

翌週、陽咲の両親から、再び話し合いの場が設けられた。

前回とは違い、空気はさらに張り詰めている。

「翔汰くん。」

父の声は低く、冷ややかだった。

「前回は“覚悟”という言葉を聞いた。

 しかし、私には君の言葉が勢いにしか聞こえなかった。

 現実を知ってもらう。」


机の上に、厚い冊子が置かれる。

福祉制度や介護、生活費の資料。数字が無機質に並び、翔汰の胸を重く押し潰した。

「君が娘を支えるというのなら、これをすべて理解し、背負っていくことになる。

 まだ学生の君に、その覚悟があるのか?」

翔汰は一瞬、言葉を失った。

頭では分かっていたはずだった。けれど現実を突きつけられると、足がすくむ。

横で陽咲が小さく首を振る。彼女も耐えられないのだ。


母が追い打ちをかけるように言う。

「あなた自身の未来を犠牲にしてまで、娘と一緒にいる必要はないのよ。」

「違います!」

思わず翔汰の声が大きく響いた。

「犠牲なんかじゃない。俺は――」

けれど、その先の言葉が出てこない。

現実の重さが喉を塞ぎ、息苦しくなる。


帰り道、沈黙が続く夜道で、陽咲が小さく呟いた。

「ねえ、翔汰……やっぱり、私のせいで――」

「違う。」即座に遮る。

けれど、その声に自信はなかった。

陽咲は悲しげに笑う。

「翔汰が苦しむくらいなら、私は……ひとりで頑張るよ。」


胸を鋭く刺す言葉。

翔汰は必死に手を伸ばしたが、陽咲はそっと振りほどいた。

「ごめんね。」

夜風に溶けるような声を残し、彼女は背を向けた。

部屋に戻っても、翔汰の胸は重いままだった。

机の上に積まれた参考書。パソコンのモニター。

夢だったプログラマーへの道と、目の前の現実が真っ向からぶつかり合う。


「俺は……本当に守れるのか。」

呟いた声は、自分でも情けなくなるほど弱々しかった。

けれど、心の奥底にはまだ消えない炎があった。

――諦めたくない。

その想いだけが、翔汰を支えていた。

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