04.転んでも前へ
病院のリハビリ室、陽咲は両手で支えを掴みながらゆっくりと一歩を踏み出した。
「……っ」
足に力を込めるたび、まだ残る痛みがずきりと走る。それでも、翔汰のアプリに「今日の目標:10歩」と書き込んできたのだ。
――達成したい。絶対に。
「……いち、に、さん……。」
数える声に合わせて歩みを重ねる。だが、七歩目でバランスを崩した。
「きゃっ!」
倒れかけた身体を支えるように、近くの看護師が駆け寄ってきた。
「大丈夫? 無理しすぎないでね。」
「……はい。」
けれど、心の中では「大丈夫じゃない」と叫んでいた。
本当は痛い。本当は怖い。
でも「翔汰に迷惑をかけたくない」と思えば思うほど、弱音を飲み込んでしまう。
リハビリを終えて部屋に戻った陽咲は、ベッドに腰を下ろしたまま、スマホを開いた。
翔汰のアプリが、達成できなかった「10歩」を赤字で表示している。
「……できなかった。」
画面を見つめるうちに、涙がこぼれた。
「私、ダメだな……。」
送信欄に指を伸ばす。
「今日、全然できなかった。」
「私、翔汰の足を引っ張ってばかりだよ。」
そんな言葉を打ち込んでは消し、また打ち込んでは消す。
結局、送信ボタンを押せないまま時間だけが過ぎた。
夜、陽咲のスマホに通知が届く。翔汰からのメッセージだった。
「今日の調子どうだった?
アプリのグラフに入力されてたから、気になって」
陽咲は迷った。正直に言うべきなのか、それとも大丈夫と強がるべきなのか。
けれど、キャレットの点滅を見ていると、翔汰の真剣な横顔が頭に浮かんだ。
『……嘘はつけないよね。』
そう思い、震える指で短く打ち込んだ。
「目標、達成できなかった。
怖くて、途中で止まっちゃった。」
すぐに返信が返ってきた。
「そっか。正直に言ってくれてありがとう。
でも、目標に向かって挑戦した時点で十分すごいよ。怖いのに一歩でも踏み出したこと、その努力を俺はちゃんと見てる」
画面を見つめて、陽咲の目からまた涙がこぼれた。
「……翔汰……」
さらにもう一通、メッセージが届いた。
「明日は一緒に小さな目標を決めよう。
例えば、今日は5歩。それでも、ちゃんと前に進んでる証拠だから」
胸の奥で、固く縮こまっていたものがほぐれていく。
「……そっか。前に進んでるんだ、私。」
陽咲はスマホを抱きしめ、深呼吸した。
翔汰がいてくれる限り、私はきっと大丈夫。
たとえ転んでも、その先にまた新しい一歩がある――そう思えた。
その夜、アプリに新しい記録が追加された。
「今日の一歩:挑戦した」
達成度は赤字のままだったけれど、その文字は不思議と輝いて見えた。




