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39.すれ違いと救い

並んで歩きながらも、言葉はほとんど交わされなかった。

足音だけがアスファルトに淡々と響き、二人の間の沈黙を埋めていた。

「……あのさ。」

不意に翔汰が口を開く。

「無理して歩幅合わせなくてもいいよ。」

陽咲は思わず彼を見た。

その横顔は、無理に笑っているわけでもなく、ただ当たり前のことを口にしたように見える。

「……ううん。大丈夫。」

小さな声で答える。


病院の待合室、消毒液の匂いと、規則正しい機械の音。

陽咲はリハビリの順番を待ちながら、雑誌を開くふりをして、隣に座る翔汰の存在を意識していた。

昨日までなら「一人で平気」と思い込んでいた。

でも、こうして隣に座っているだけで、心がどこか軽くなっている。

――それを認めるのが、怖かった。


「……このあと、時間ある?」

翔汰が不意に問いかけた。

「え?」

顔を上げると、彼は少し気まずそうに頭をかいた。

「いや……別にたいしたことじゃないんだけど。

 帰りにコンビニ寄ってこうかなって思って。

 新しいプリン出てたから……」

くだらない話題。

でも、それが逆に救いだった。

昨日の涙や叫びが、ほんの少し遠くに感じられる。

「……食べたいかも。」

気づけばそう答えていた。

自分でも驚くくらい自然に。


翔汰の目が少しだけ柔らかくなる。

それを見て、胸がぎゅっと締め付けられた。

――どうして、もっと早く素直になれなかったんだろう。


リハビリ室での訓練は相変わらず厳しかった。

膝の痛みで顔をしかめる陽咲を見て、翔汰の拳が何度も膝の上で固く握られていた。

終わったあと、汗で濡れた陽咲にタオルを差し出しながら、彼はぽつりと言った。


「……頑張りすぎんなよ。」

「え?」

「お前、すぐ全部背負おうとするから。

 俺くらい、頼ってもいいだろ。」

視線を合わせられなかった。

けれど、その言葉は確かに胸に届いていた。

陽咲は小さく息を吐き、タオルを受け取りながら微笑んだ。

「……ありがとう。」

その笑顔はまだぎこちなくて、でも昨日より少しだけ素直だった。


帰り道、二人はコンビニに寄った。

冷蔵ケースの前で並んで選ぶプリン。

ほんのささやかな出来事。

けれど、昨日の痛みの隙間に小さな光を落とすには十分だった。


――まだ全部を許せたわけじゃない。

――まだ胸の空洞は埋まらない。


それでも。

一緒に歩けること、一緒に笑えること。

その事実が、何よりの救いだった。

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