35.言葉にならない距離
「……久しぶり。」
思わず口に出してしまったその一言に、自分の声が少し震えていたことに気づく。
翔汰は驚いたように立ち止まり、数秒間、ただ私を見つめていた。
「……ああ。」
短く返された声は、落ち着いているようで、どこか戸惑いがにじんでいる。
道端に立ち尽くす二人。
周囲のざわめきが遠のいていくのに、互いの視線だけが妙に鮮明に絡み合う。
何を言えばいいのか、どんな顔をすればいいのか――。
たったそれだけのことが、こんなにも難しいなんて。
「元気、だった?」
結局、口から出たのは無難な問いかけだった。
「……まぁ、それなりに」
そう答える翔汰の表情は硬い。
笑おうとしているのに、どこかぎこちなくて、目を合わせることもできないでいる。
本当はもっと聞きたいことがあった。
本当はもっと言いたいこともあった。
でも、胸の奥に詰まった言葉はうまく形にならず、口先だけが空回りする。
「そっちは?」
逆に翔汰から投げ返された問いに、一瞬言葉が詰まった。
「……うん、なんとか。」
作り笑いを浮かべた瞬間、胸が痛んだ。
どうしても、素直になれない。
目の前にいるのに、すごく遠い。そんな感覚がしていた。
「なんとか」って言葉に、どれだけの重さが隠れているか。
俺は知っている。
それなのに、踏み込む勇気が出ない。
彼女を苦しめる言葉を吐くくらいなら、何も言わない方がいい。
そう思ってきた。
でも、目の前に立っている彼女の姿を見たら、その選択がどれほど卑怯だったのかを思い知らされる。
「……偶然だな。」
やっと出たのは、そんな言葉だけ。
彼女は小さく頷いた。
その仕草が、余計に胸を締めつける。
「ほんとに、偶然。」
彼女の声は、寂しそうに揺れていた。
その場の空気に耐えられなくなって、陽咲は口を開いた。
「……歩かない?」
言ってしまってから、心臓が大きく脈打った。
断られるかもしれない。
けれど、翔汰は少しだけ目を見開いたあと、小さく息を吐いて頷いた。
「……いいよ。」
隣に並んで歩き出す。
ほんの数歩の距離が、やけに長く感じた。
それでも、並んで歩くたびに、少しずつ胸の奥の冷たさが和らいでいくような気がした。
言葉にはならないけれど、きっと伝わるものがある。
そんな予感が、確かにそこにあった。




