34.置き去りの気持ち
夜が明けても、胸の中のざわめきは収まらなかった。
昨夜の出来事が夢だったかのように思えるけれど、スマホの画面には「既読」の印が残っている。
偶然とはいえ、彼と顔を合わせて言葉を交わしたことは、確かに現実だった。
――会えてよかった。
そう伝えた瞬間の、翔汰の表情。
驚きと戸惑い、そしてどこか安堵が混じったあの眼差しを、何度も思い出してしまう。
けれど、その温かさにすがってはいけない気もした。
前に進まなきゃいけないのはわかっている。
それでも、気づけば彼のことを考えてしまう自分がいる。
「……はぁ。」
深い溜め息を吐いたとき、不意にスマホが震えた。
心臓が跳ねる。まさか翔汰から?
そう期待した自分に驚きながら画面を覗き込むと、メッセージは友人からだった。
一瞬の落差に、胸がきゅっと縮む。
その頃、翔汰もまた眠れぬ夜を過ごしていた。
ベッドに横たわり、暗闇の中で天井を見つめる。
昨日の彼女の言葉が、何度も頭をよぎる。
――偶然、会えてよかった。
あの笑顔は強がりだったのか、それとも本心だったのか。
わからない。ただひとつ確かなのは、俺自身がその言葉に救われたということ。
「……なんで、あんなに素直に言えたんだろ。」
彼女はいつも無理をする。
大丈夫だと笑って、痛みを隠す。
俺が気づかないふりをしてきたことだってあった。
でも、昨日は違った。
ほんの少しだけ、心の奥を覗かせてくれたような気がした。
その小さな隙間が、今も心を温かくしている。
気づけばスマホを手に取っていた。
何か言葉を送りたかった。
けれど、指は宙をさまようだけで、一文字も打てない。
――また会えるんだろうか。
問いかけても答えは出ない。
ただ、彼女の背中を思い出すたびに、置き去りにしてきた気持ちが胸の奥で疼いていた。
偶然か、必然か――。
数日後、商店街の角を曲がったとき、視線が重なった。
彼女もまたこちらに気づいて、立ち止まる。
目が合った瞬間、心臓が大きく脈打った。
逃げるべきか、声をかけるべきか。
互いに迷った一瞬の間に、すれ違ってしまいそうになる。
そのとき。
「……久しぶり。」
彼女の声が、かすかに届いた。
立ち止まった俺の胸に、小さな衝撃が広がっていく。
もう、偶然だけじゃ済まされない。
ここから先は、俺たちがどう歩くかで決まるんだ。




