26.並んで歩く
リハビリを終えた午後、外に出ると、空は少しだけ茜色を帯びていた。
夏の気配を孕んだ風が、頬をそっと撫でていく。
「お疲れさま。」
隣から翔汰の声がした。
陽咲は胸の奥がくすぐったくなるのを隠しきれず、
小さく「ありがとう」と返す。
母が「今日は少し遅れるから、先に帰ってて」と言ってくれたのは偶然だった。
ほんの数百メートル、家までの道のり。
でも、二人にとっては初めて並んで歩く時間だった。
陽咲は杖を握りしめながら、慎重に一歩を踏み出す。
隣で翔汰も、歩幅を合わせてゆっくり進んでくれていた。
「……歩くの、まだ大変?」
不意に翔汰が問いかける。
陽咲は少しだけ黙って、苦笑いを浮かべた。
「うん、正直ね。思ったより、全然思うようにいかない。」
「そうか。」
翔汰は短く答えた。
けれど、その横顔はどこか優しかった。
「でも……」陽咲は続ける。
「歩けるだけでも、やっぱり嬉しいんだ。」
その言葉に、翔汰がちらりと視線を寄越す。
「……らしいな。陽咲っぽい。」
陽咲は頬が熱くなるのを感じた。
陽咲っぽいって、どんな意味なんだろう。
でも、翔汰がそう思ってくれるなら、それでいい。
二人の歩みは遅い。
けれど、止まることはなかった。
すれ違う人々が、どこか温かい目でこちらを見ていく。
まるで、二人の並ぶ姿そのものを応援してくれているかのように。
やがて角を曲がったところで、陽咲は勇気を出して口を開いた。
「ねぇ、また……こうして帰ろうよ。」
その一言に、翔汰はわずかに目を丸くした。
けれどすぐに、口元に穏やかな笑みを浮かべる。
「いいよ。……じゃあ次は、俺が誘う。」
その約束だけで、陽咲の心はふわりと軽くなった。
家の前に着いたとき、陽咲はふと気づいた。
たった数分の道のりが、これほど短く、そして温かく感じられたのは初めてだということに。
杖を支えながら見上げた夕空は、少しだけ滲んでいた。




