21.再会のきっかけ
日曜の午後、病院のリハビリ室には、乾いた足音と機械の作動音が響いていた。
陽咲は歩行練習用のバーを握りしめ、足を前に出すたびに眉をしかめる。
「痛いけど、頑張ろう」
理学療法士の先生の声にうなずく。
けれど、心はどこか遠い。
――あの人が隣にいたら、少しは笑えていたのかな。
そんなことを思った瞬間、視界がぼやけた。
「大丈夫?」
先生が慌てて声をかけてくれる。
「……はい。ちょっと、目にゴミが。」
そう誤魔化したけれど、それは涙だった。
その頃、翔汰は商店街を歩いていた。
母に頼まれた買い物を済ませ、ふと立ち寄った小さなカフェの前で足を止める。
そこは、陽咲と一度だけ来たことのある場所だった。
窓際の席に座り、スイーツを分け合って食べた記憶。
笑顔でスプーンを差し出してきた彼女。
そのときの仕草が鮮明によみがえる。
「……なんでだよ。」
胸の奥から、声にならない叫びが込み上げる。
彼はその場を離れようとしたが、店の扉が開いた。
出てきたのは、陽咲のリハビリ仲間らしい女性だった。
車椅子に座る彼女が、誰かに支えられながら外に出てくる。
翔汰は気づく。
――あの支えになっている人影。
背丈も、髪の色も、見慣れたものだった。
陽咲。
思わず息を呑む。
けれど彼女は、翔汰に気づかないまま前を見据えて歩いていく。
その横顔は強がりに見えた。
笑っているのに、どこか寂しげで。
翔汰の胸が締め付けられる。
その夜、陽咲は日記を開き、震える手でペンを走らせた。
「今日ね、カフェの前を通ったの。
一緒に行ったこと、まだ鮮明に覚えてる。
笑って『美味しいね』って言い合った時間。
忘れたいのに、忘れられない。
私の中には、あなたがまだいる。」
書き終えたページを閉じると、涙が頬を伝った。
同じころ、翔汰も机に向かっていた。
ノートの端に、無意識のうちに書き込んだ言葉。
――会いたい。
それを見つめながら、彼は深く息を吸った。
「……もう、逃げたくない。」
互いに心を押し殺してきた日々。
けれど、偶然の再会が、その沈黙に小さなひびを入れた。
二人の空洞は、確かに埋まる兆しを見せ始めていた。




