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02.揺れる夢

深夜、部屋の窓から吹き込む風は少し冷たくて、夏より重たい空気を運んでいた。

翔汰は机に向かい、開きっぱなしのノートパソコンの画面をぼんやりと眺めていた。

そこには、ソースコードがずらりと並んでいる。

かつては、画面に向き合うだけで胸が高鳴り、時間を忘れるほど夢中になれたはずだった。

けれど今は、指先が思うように動かない。

いや、動かそうとする気持ちが、どこか遠のいている。


カタカタとキーを叩いてみる。けれど、すぐに止まってしまう。

ディスプレイに浮かぶ黒い背景と白い文字が、やけに無機質に見えて仕方なかった。

(俺、本当にこのままでいいのか……)


机の上に肘をつき、額を押さえる。

心の奥に引っかかっているのは、陽咲のことだ。

事故のあと、彼女はリハビリに励みながらも、まだ思うようには体を動かせない。

それでも笑おうとする姿を隣で見ていると、どうしても自分の夢や進路のことに集中できなくなる。


「プログラマーになりたい。」

――その気持ちは嘘じゃない。

けれど、もし自分が机にかじりついている間に、彼女が辛い思いをしていたら?

支えてくれる人がいなくて、孤独を抱えたまま頑張らざるを得なかったら?


そんな想像をするたび胸が締めつけられる。

パソコンを閉じる音が夜の静けさに響いた。

翔汰は椅子に背を預け、深いため息をついた。


翌日の放課後。

病院でのリハビリを終え、二人で小さな公園に立ち寄った。

遊具は少し古びていて、夕暮れのオレンジ色に包まれている。ブランコに腰掛けた陽咲は、まだぎこちない足を揺らしながら空を見上げていた。


「最近、元気ないね、翔汰。」

「えっ?」

「わかるよ。一緒にいるんだから。」

陽咲はそう言って、少し笑った。

けれど、その笑みの奥にある真剣な眼差しから逃げることはできない。


「……別に、大丈夫だよ。」

「ほんとに?」

「……正直に言うと、迷ってる。」

声に出した瞬間、自分の中で張り詰めていた糸が緩んだ。

翔汰はブランコの鎖を握りしめ、ゆっくりと言葉を探す。


「俺さ、プログラマーになりたいってずっと思ってた。今でもその気持ちはある。けど……」

「けど?」

「お前のことが心配なんだ。俺が自分の夢を追いかけてる間に、お前が一人で苦しむんじゃないかって。」

陽咲は黙って聞いていた。その沈黙が怖くて、翔汰は思わず視線を落とす。


「俺、夢を優先していいのかどうか、わからなくなったんだ。」

風が二人の間を通り抜けていく。落ち葉がさらさらと音を立て、静けさがいっそう濃くなった。


しばらくして、陽咲が口を開いた。

「ねえ、翔汰。私のことを心配してくれるのは、すごく嬉しいよ。ほんとに。でもね……」

彼女はゆっくりと息を吸い、真っ直ぐに彼を見つめた。

「私のせいで翔汰の夢が消えるのは、もっと嫌なの。」

「……え?」

「だって、あの事故のあと翔汰がそばにいてくれたから、私、ここまで頑張ってこられたんだよ。

 翔汰が夢を見てくれてるから、私も自分の未来を見られる気がするの。」


その言葉に、胸が熱くなる。喉の奥が詰まって、返事がすぐに出てこない。

陽咲は続けた。

「だから、翔汰が諦めちゃったら……私、すごく悲しい。」

視界が滲んだ。自分が勝手に決めつけていたのだ。

守るつもりで、支えるつもりで、逆に彼女から未来を奪おうとしていた。


「……ごめん。」

「謝らないで。翔汰は私のことを考えてくれたんでしょ? それは嬉しいよ。

でもね、二人で前を向くって決めたんだから。

 お互いに、夢を持っていいんだよ。」

翔汰は拳をぎゅっと握った。

その温かい言葉が、自分の心の奥に再び火を灯す。


「……わかった。もう一度、ちゃんと向き合うよ。

 夢も、お前も、どっちも大事にする。」

「うん。そうやって言ってくれる翔汰が、私の隣にいてほしい。」

陽咲が微笑む。その笑顔は、リハビリで必死に強がっていたときのものじゃない。

素直で、安心した笑顔だった。


翔汰は深く息を吸い込み、空を見上げた。

暮れかけた夕焼けが夜に変わろうとしている。

けれど、その境目にある光は、確かに新しい明日を告げていた。

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