19.別れの選択
病院の帰り道、陽咲は自分の胸に手を当てていた。
鼓動は早く、不安で震えている。
今日こそは――翔汰に伝えなくてはいけない。
(これ以上、彼に迷惑をかけちゃいけない……)
そう思えば思うほど、歩みは重くなり、呼吸は浅くなる。
けれど、もう限界だった。
校門前で待っていた翔汰の姿が目に入った。
彼はいつものように優しく笑いかけてくれる。
「お疲れ。今日も頑張ったな。」
その笑顔に、胸が締め付けられた。
――どうして、そんなにまっすぐでいられるの。
どうして私なんかに、そこまで……。
「翔汰……」
声が震える。
翔汰は小首をかしげて、真剣な眼差しを向けてきた。
「……別れよう。」
空気が凍りついた。
自分の声が耳に残り、世界から色が消えていく。
翔汰は一瞬、言葉を失った。
「……なんで、そんなこと言うんだ。」
陽咲は必死に笑おうとしたが、うまくできない。
「私と一緒にいたら、翔汰の夢は壊れる。
未来も奪っちゃう。そんなの、絶対に嫌なの。」
「……ふざけんな。」
翔汰の声は低く、怒りよりも悲しみで震えていた。
「夢は俺が決めるんだ。お前のせいじゃない。
お前がいなかったら、俺はとっくに折れてた。」
「でも……!」
陽咲は叫んだ。
「私が足枷になるのが怖いの!
翔汰が私のせいで何かを諦めるのが、耐えられないの!」
二人の声が校門前に響き渡る。
帰宅途中の生徒たちが振り返るが、そんなことを気にしていられなかった。
翔汰は深く息を吸い込み、彼女をまっすぐ見据えた。
「……俺は、お前と一緒に生きたい。それが俺の未来だ。」
その言葉に、陽咲の目から涙があふれた。
彼女は首を振り続ける。
「ごめん……ごめん……。」
翔汰は彼女の手を取ろうとしたが、陽咲は一歩後ずさった。
「本当に……ありがとう。でも、もう、終わりにしよう。」
そう告げると、陽咲は背を向けて走り出した。
足はまだ思うように動かないのに、それでも必死に翔汰から遠ざかろうとした。
翔汰は追いかけたい衝動を抑えきれず、数歩踏み出した。
けれど、その背中に刻まれた涙の重みを見て、立ち尽くしてしまう。
「……陽咲」
彼の呟きは、夜風に消えていった。




