17.それぞれの孤独
教室のざわめきの中で、陽咲はノートを開いたまま、ペン先を動かせずにいた。
黒板に書かれる文字が頭に入ってこない。
――私、何をしているんだろう。
心の奥にはいつも翔汰の姿があった。
彼の笑顔、彼の声、彼のまっすぐな眼差し。
すべてが温かいはずなのに、それが今の自分には重荷に思えてしまう。
(翔汰は……私のせいで夢を諦める気なんだろうか)
その考えに囚われるたび、胸が締めつけられる。
昼休み、友達からの「一緒に食べよう」の誘いに笑顔で頷きながら、心の中では別のことを考えていた。
自分だけが、別の世界に取り残されているような感覚。
――こんな私、翔汰の隣に立っていいの?
一方その頃の翔汰は家の部屋で、ノートパソコンを前にしていた。
画面には久しぶりに開いたプログラムのコード。
けれど指は動かない。
「……やっぱり、今はこれじゃない。」
そう呟いてパソコンを閉じる。
頭の中は陽咲のことでいっぱいだった。
以前なら、彼女からのメッセージ一つで一日が明るくなった。
だが最近の彼女は短い返事ばかり。
まるで壁を作られているみたいで、翔汰の心はざわついていた。
――俺、何か間違ってるのか?
彼女を支えたい。笑っていてほしい。
それだけのはずなのに、なぜこんなにも距離を感じるんだろう。
数日後の放課後、リハビリ室の帰り道、二人は並んで歩いていた。
沈黙が続き、街灯の光だけが二人の影を伸ばす。
翔汰は意を決して口を開いた。
「陽咲、なんか悩んでるなら言えよ。
俺……力になりたい。」
陽咲は足を止めた。
振り返る勇気がなく、ただ下を向いて答える。
「……翔汰に、迷惑かけたくないだけ。」
その言葉に翔汰は思わず眉をひそめる。
「迷惑?そんなふうに思ってたのか。」
声が少し強くなってしまい、陽咲は怯んだように目を伏せた。
「だって……私がいるせいで、翔汰は……」
そこで言葉が途切れる。
翔汰は手を伸ばそうとした。だが、陽咲は一歩だけ下がった。
その距離が、胸に突き刺さる。
「……ごめん。」
陽咲の声は小さく、夜風に消えていった。
その夜、陽咲は自室のベッドで布団を抱きしめていた。
「……私がいなくなったら、翔汰はきっと……」
涙が頬を伝う。
彼を守りたいのに、守ろうとすればするほど、彼から遠ざかってしまう。
孤独は、彼女自身が選んでいるはずなのに、どうしようもなく苦しかった。
同じ時間、翔汰もまた眠れずにいた。
スマホに表示された「未読」の文字を見つめ、ため息をつく。
――俺がいくら言っても、陽咲は自分を責め続ける。
どうすれば、本当の気持ちを伝えられるんだ?
暗闇の中で、二人は別々の孤独を抱えていた。
お互いを思っているのに、その思いがすれ違い続けていることに気づきながら。




