16.裂け目
翌日の教室、友人たちの笑い声の中にいても、陽咲の心は重かった。
周囲と同じように笑っているはずなのに、どこか上辺だけで、心は空っぽのままだ。
――翔汰と、どう向き合えばいいんだろう。
放課後、リハビリ室へ向かう足取りも、無意識に遅くなっていた。
扉を開けると、そこには既に翔汰の姿があった。
いつものようにノートパソコンを開き、何か作業をしている。
「陽咲」
名前を呼ばれただけで、胸の奥が痛む。
昨日の会話が蘇ってくる。
リハビリの合間、翔汰は気丈に振る舞おうとする。
「今日、杖なしで三歩進めたな。」
「ほら、確実に前に進んでる。」
彼の声は優しい。けれどその優しさに触れるたび、陽咲は心の奥で小さな罪悪感が積もっていく。
――私は、翔汰の笑顔を曇らせてるだけじゃないの?
「ありがとう」そう言いながら、視線を逸らす。
翔汰はそれに気づいているはずなのに、何も指摘しない。
その沈黙が、かえって苦しい。
その夜の翔汰の部屋。
ノートパソコンの画面には、以前取り組んでいたプログラムの断片が残っていた。
コードの羅列を見つめながら、翔汰は小さくため息をつく。
――俺は、本当にこれを捨ててもいいのか?
介護の道を選ぶことに迷いはない。
だが、プログラマーとしての夢も、たしかに自分の一部だった。
陽咲を守りたい気持ちと、自分の夢。
二つの間で揺れる心を、翔汰自身も整理できずにいた。
机の上には、陽咲からのメッセージが光っている。
――「今日はありがとう。おやすみ」
短くて、どこか他人行儀な言葉。
以前のような素直な陽咲の声が、そこにはなかった。
数日後、二人は並んで帰っていた。
けれど、会話は少なかった。
沈黙に耐えきれず、翔汰が口を開く。
「なあ……陽咲、最近なんか変じゃないか?」
「……そうかな?」
陽咲は曖昧に笑う。その笑顔が余計に痛々しい。
「俺に隠しごとしてない?」
問いかけに、陽咲は一瞬立ち止まった。
――隠してるよ。昨日からじゃない、ずっと前から。
けれど口にできない。言えばすべてが壊れてしまいそうで。
「……してないよ。」
嘘を重ねる声が震えているのを、自分でも分かっていた。
その夜、翔汰はスマホを握りしめたまま眠れなかった。
陽咲の返信は、また短い一文だけ。
かつての二人を繋いでいた温度が、少しずつ薄れていく。
――どうすれば、陽咲の本心に届くんだ?
焦りと不安が、心を締めつけて離さなかった。




