01.新しい一歩
リハビリ室の窓から差し込む午後の光は、やわらかく床を照らしていた。
外の木々は少しずつ葉を色づかせ、季節が移ろっていることを告げている。
陽咲は、壁際の手すりに両手を添え、慎重に一歩を踏み出した。
足を前に出すたびに膝が笑いそうになり、バランスを崩しそうになる。
けれど、その隣には当たり前のように翔汰がいた。
「焦らなくていい。ゆっくりでいいから。」
低く落ち着いた声が耳に届く。
息が荒く、額に汗がにじんでいる自分に比べ、翔汰はどこか余裕を持って見守っているように見えた。
その視線に支えられるだけで、足を前に出す勇気がわいてくる。
「……っ、はあ……はあ……」
「もう少し、大丈夫か?」
「うん……大丈夫。まだいける。」
強がりなのは自分でもわかっていた。
それでも、ここで立ち止まったら何かを失ってしまう気がして、必死に笑顔を作る。
ほんの十メートルの距離。それでも、この十メートルが今の自分には果てしなく長い道のりだった。
けれど、その一歩一歩に寄り添ってくれる翔汰の存在がある。
それだけで、倒れそうになっても立ち上がれる。
やっとのことでゴールの椅子に腰を下ろした瞬間、全身の力が抜けた。
肩で息をしながら顔を上げると、翔汰がタオルを差し出してくれる。
「ほら。よく頑張った。」
「ありがと……」
事故のあと、泣いてばかりで、どうして自分がこんな目にと自分を責め続けてきた。
けれど、翔汰は一度も責めなかった。離れていくどころか、逆に近くにいてくれた。
そんな彼の隣で、いつまでも弱音を吐いてばかりではいられない。
陽咲はタオルで額を押さえ、ふっと笑った。
「ねえ翔汰。私、ちゃんと歩けるようになるかな。」
「なるさ、絶対に。」
「絶対にって……根拠は?」
「俺が隣にいるから。理由はそれで充分だろ?」
冗談めかしたようで、でも目は真剣だった。事故の痛みも、未来への不安も、彼の言葉ひとつで少しずつ溶けていく気がした。
「……うん、信じる。」
「よし。それでいい。」
二人で小さく笑い合う。たったそれだけのやり取りが、こんなにも心を軽くしてくれる。
リハビリの帰り道、病院の敷地を出ると夕焼け空が広がっていた。頬に当たる風は少し冷たくなってきて、夏が終わり秋が来たのだと感じさせる。
「今日の夕飯何処かで食べて帰る?」
「夕飯……あ、私、作る。」
「無理すんなって。」
「無理じゃない。私だって、できることをやりたいんだよ。」
言葉が自然と強くなった。怪我をしてからというもの、何もできない自分に歯がゆさを覚えていた。支えられてばかりではいたくない。翔汰の隣で、同じ歩幅で歩ける自分でありたい。
「じゃあ、一緒に作ろうか。」
「……うん。」
失ったものは多い。未来の形も変わってしまった。けれど、それでも――。
繋がっている手のぬくもりがある限り、もう一度、新しい未来を描いていける。
夕焼けに照らされながら、二人はゆっくりと家路を歩いた。
ぎこちなくても、不格好でも。確かに一歩を踏み出していることを、互いに感じながら。