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売り組織をぶっ壊せ!【6】




島山代行事務所の中に置かれた向かい合わせの長椅子に榎、筧、藤井が並んで座り、その対面に島山、鏑木が座っている。


まだ目を覚さない篠原はもうひとつある部屋の仮眠用の狭いベッドの上にいた。


部屋の隅に置いた古い棚の上に乗っているこれまた古いテレビの中で、海風に吹かれながらレポーターが必死で話していた。


【犯人が出て来ました!

売り組織の主犯格と思われる男です!】


入り口を隠しているはずのブルーシートが海風にはためいて、数人の警察に囲まれているボスの姿が見える。


島山のブーツが当たった頬は紫色に変色していて痛々しい。

身内同士で揉めた傷だと警察も思っているのだろう。

その後ろから目を覚ました用心棒の二人も、数人の警察に無理やり歩かされて出て来た。


なんの証拠も残さずに立ち去って来た島山代行事務所の面々があの場所にいたことは、ボスと用心棒以外誰も知らない。


「ありがとうございました」


榎が立ち上がって頭を深々と下げる。

それを見て筧も同じようにして頭を下げた。


「ありがとう。みんなのおかげでもう俺も榎も

逃げ隠れしなくてすむよ」

「皆さんを危険なめに合わせてしまって、

ホントに…」


榎がこぼれてしまった涙を腕で拭う。

隣で筧も唇を噛んで頷いた。


「榎さん。桜くん。良かったね」


藤井がふたりを再び座らせる。

うんうん、と頷いた筧がまだ泣いている榎の肩をさすった。


榎は本当にいい男だ。

自分に責任があったとはいえ、筧を守るためだけに動いてきたのだ。

だからこそ島山代行事務所のメンバーも動こうと思ったのだ。


「俺もさ、普段筧がやってる指示出しを初めてやったけど難しいし、途中で頭回んなくなった。

それなのにみんな確実に動いてくれてありがとう」

「大智完璧だったよ。俺が言うんだから間違いない」


筧がそう言うと鏑木がうれしそうに笑う。

事前に教えただけとはいえ鏑木の指示出しはなかなかのものだった。

これで自分が抜けても大丈夫だと筧は安心した。


「筧も良かったぞ。

ボスにもバレなかったんだからさ。

しかもボスはお前に惚れてたんだぜ?

普通なら見抜かれても仕方ないってとこだよ」


島山が感心したように腕を組む。

筧がいつもの三日月のような目で恥ずかしそうに笑った。


「なんかいつもコピーしてる大智や咲の気持ちがわかった気がした。

とにかく自分は榎だ、って何度も言い聞かせて…

そうしてるうちにもう自分がどっか行っちゃってさ」

「そう思えるのがすごいよ。桜くんコピーに

向いてるよ」


先日初めてコピーをした藤井も愛嬌のある顔で笑う。


テレビの中のレポーターが何度目かの【速報です】という言葉を叫んでいた。


「大智の指示出し、筧のコピー、哉太のウォッチ、

篠原の囮、みんなうまかった。

完璧だった。でも俺はダメだった」

「え?なんでよ」


隣に座っている鏑木が島山を見ると微笑んではいるが、その目は悲しそうだった。


島山のウォッチの何がダメだったのか。

ボスと対峙した時にいた篠原はまだ眠っている。

状況は音声のみで掴んでいたが何があったのか。


髪を何度も掻き上げている島山をみんなが見つめた。


「一歩遅かったら…篠原は死んでた」


もう少しボスから引き摺り出そうと、ローズに扮した篠原も、ドアの影に隠れていた島山も思っていた。

しかしその粘りが危うく篠原の命を落とそうとしたのだ。


篠原は首を掴まれて息が吸えなくなってもなお、筧のことを聞き出そうとしていた。

それは仕事に対する見事な根性だったが、そのさじ加減をするのがウォッチである島山の役目だったのに。


「咲…」


島山に声をかけてはみたものの、篠原が聞き出そうとしていたのが自分のことなので筧はそれ以上の言葉が出なかった、


「俺のミスだ。反省する」

「でも、篠は助かったんだから、」

「偶然だ。もう少し早く俺が突っ込んでれば…

次があるなら今度は絶対にミスらない」

「そうだよ。咲くんなら大丈夫!」


心の底から反省している島山なら今後は大丈夫だろう。

所長なのにみんなにこういうところを曝け出す島山をメンバーはあらためて尊敬した。


売り組織の主犯格が捕まったニュース速報はいつのまにか終わり、政治関連のニュースが流れている。


疲れた顔をしているメンバーを見回してから榎がまた立ち上がった。


「俺、まともな仕事探します」

「榎、」


見上げている筧に榎が、うん、と大きく頷く。

藤井がパチパチと手を叩くとみんながそれに続いて手を叩いた。


「迷惑をかけた皆さんに少しでも今回の依頼料をお支払いしたいのと、」

「バカやろ。俺が勝手にやったことだ。

金なんていらね」

「いや所長さんがやってくれなかったら筧はずっと日の目を見ることなく生きていかなければならなかったんです」


やっぱり榎は自分のことよりも筧のことを考えている。

島山にはそれが本当にうれしくてこの仕事をして良かったと思えた。


「筧にも、安心して欲しいから。

小さい時から筧には迷惑ばっかりかけてるから」

「今さら?」


筧の発言にみんなが笑う。

子供の時からの二人のしっかりとした絆が見えた気がした。


「筧。俺、がんばるから」

「うん」

「今度こそ一生懸命働くよ」

「お前ならできるよ」


ありがとうございました、ともう一度深く頭を下げて榎が事務所を出て行く。


見送りに行った筧が戻って来て、まだ長椅子で話をしているメンバーのところへ行った。


「みんなホントにありがとう」

「もういいって。てか榎さん、良かったな」

「うん。もう一回あいつのこと信じてみる」


榎のことを一番わかっているのは筧だ。

そして榎のことを信じるのは筧しかいないのだ。


「で、考えてたんだけど…俺、ここ辞めるわ」

「はあ?何言ってんだよ」


島山だけでなく全員がバッ!と立ち上がり、

一番背の低い筧をメンバーが見下ろした。


「今回のことだけじゃない。

今まで俺はお前らに迷惑かけすぎた。

これは俺のケジメだ」

「あのなあ筧」


島山があきれたように腰に手を置いて、はあ、と大きなため息をつく。

筧が不思議そうに首を傾げた。


「迷惑だなんて1ミリも思ってねえよ。

最初は匿う目的もあったけどさ、お前は俺らの仲間だぜ?

今回のことも俺らは当たり前のことをしただけだよ。

もしお前が逆の立場なら今回の仕事してるだろ?」

「そりゃもちろんやってるよ。でも、」

「ケジメのつけ方間違ってんぞ。

そう思ってんならここにいろ。ここにいて一生懸命働いてくれ。依頼してくる人のためにな」

「咲…」


逃げていた自分を働かせてくれただけでなく、仲間にしてくれた島山に筧は感謝しかない。

その恩を返せるとしたら…


島山の言う通りここに骨を埋める覚悟で一生懸命働く。

依頼者のためでもあるが恩人であるメンバーのために働こう。

筧は島山の言葉に更なる感謝を重ねた。


「辞めささないよ。指示出ししんどい。

二度とやりたくない」

「それに今回の桜くんのコピー完璧だったじゃん。

またコピーやらないともったいない」

「それにお前がいないとつまんねえだろ?」


藤井と鏑木が島山に微笑んで頷く。

唇を噛み締めた筧が目をぎゅっと閉じた。


「ありがとうみんな。死ぬ気でやるわ」

「気、だけな。死ぬなよ筧」

「おう。咲。みんな。これからもよろしくお願いします」


ガバッと頭を下げた筧に島山が笑いながら抱きつくと、藤井と鏑木も同じように抱きつく。

筧が苦しい、といって三日月のような目で笑った。





いつもは筧が寝泊まりしている仮眠用のベッドに篠原が眠っているので、今夜は鏑木が筧を連れて帰った。


今までは自分がいることによってメンバーが狙われるのが嫌だと言って、筧は誰の家にも世話にならずここでずっと泊まっていたのだった。


しかしそれももう大丈夫だ。

数年ぶりに広いふかふかのベッドで寝かせてやる、と

鏑木がうれしそうに筧と帰って行った。


いつのまにか太く強いものになったメンバー同士の絆が島山にはうれしい。

身代わりという常に危険と隣り合わせの仕事だからこそ絆は必要なものであり、お互いがお互いを信じて守り抜く力になるのだ。


みんなを見送って島山はもうひとつの部屋のドアを開ける。

壁に沿って一直線に並んだ机が3台。

突き当たりの窓には真夜中の藍色の空が広がっている。

窓の下の小さなキッチンでは古い蛇口からポタ、と水がタイルのシンクに落ちていた。


反対側の壁に沿って置かれた仮眠用の狭いベッドで薄い月明かりに照らされて篠原が眠っている。

長いまつ毛の影が呼吸のたびに白い頬で揺れていた。


島山が机の椅子を持って来てベッドのそばに腰掛ける。

キチンと掛けたままの布団の上に手を置き、

篠原の呼吸を確認した。


「ごめんな」


篠原を起こさないように出した小さな声。

篠原の厚みのある小さな唇は少し開いてはいるがそこからは何も聞こえない。


あの時自分が突っ込むのが数秒遅れていたら。

それを考えると島山の体は怖さに震える。


今までも何度も危険な目にあったことはあった。

しかしそれは自分自身に降りかかったものであり、今回のように自分以外の命が危険にさらされたことはなかった。


篠原の寝顔を見ていると涙が出そうになる。

よく生きていてくれた。

意識を失う寸前までローズとして任務を遂行してくれた。

それもこれも篠原が島山を信じていたからだ。


姿は見えないが島山がいる。

ウォッチとして必ず助けてくれる。

そう信じていたからこそ篠原はがんばってくれたのだ。


布団の上に置いた島山の手がだんだんと温かくなってくる。

それは篠原が生きている証の温もりだった。


何分経ったのか。島山がじっと篠原の顔を見つめていると篠原の長いまつ毛がゆっくりと開いた。


「篠原」

「…」

「大丈夫か」


大きな目を開けて篠原が辺りを見回す。

そして最後に島山の顔を見た。


「なんで俺ここにいるの」

「覚えてないのか」


うん、と篠原が小さく頷く。

心配そうに眉根を寄せている島山に向かって布団の中から出した手を伸ばした。

すぐに島山がその白い手を握ると篠原は口元で笑った。


「覚えてないけど、良かった。咲が無事で」

「ごめん…」


篠原の手を自分の頬に当てて島山は目を閉じる。

それ以上の言葉が出てこなかった。


目を閉じた島山に篠原が微笑む。

意識を失う少し前からの記憶はないが島山が助けてくれたことだけはわかった。


「謝んないでよ。ふたりとも無事だったんだから」

「…うん」

「で、ボスは?」


篠原はボスが逮捕されたことを知らない。

こんな状況でも仕事のことを気にしている篠原はもう立派にこの仕事をできるようになっていたのだ。


しかしそれが今の島山には苦しかった。

篠原を助けるタイミング。

反省ではなく後悔だった。


「お前のおかげで捕まったよ。

哉太と筧がボス以外のデータも消してくれたし、

肝心なことが詰まった隠しファイルも開けられた」

「良かった。みんなも無事?」

「おう」


篠原が大きな目を細めて安心したように笑う。

ポタ、と落ちる水道の音に島山の目の奥も熱くなった。


“惚れたもん同士は生きるんだよ”


島山がボスにそう言ったことも篠原は覚えていない。

好きな人に好かれるようにいい男にならないと、と

ボスに自分が言ったことを島山は思い出していた。


頬に当てた篠原の手を島山がぎゅっと握る。

びっくりした篠原が細めていた目を丸くした。


「俺さ、もっといい男になるわ」

「ん?」

「一歩遅かったら…お前を失ってた。

もっと仕事できるようになる。

絶対にお前やみんなを守れるように」

「咲、」


篠原が起きあがろうとしたので、島山があわてて背中を支える。

布団をかぶっていた時は見えなかったが篠原の首にひどい内出血があった。


なんとかベッドの上に座ることができた篠原の黒くなった首に島山は指を這わせた。


「生きた心地がしなかった。

お前が意識なくなって、息が止まって、」

「でも、ちゃんと仕事したんだから咲は間違ってないよ」


パニックになりそうな自分を押さえ込んでボスの逮捕まで島山は気を張った。

それも榎や筧、そして無理やり客を取らされていた人たちのため。


島山が島山本人としてではなく島山代行事務所の一員として判断し、任務を遂行した。


「咲は今でもじゅうぶんいい男だよ」

「篠原…」

「俺はそう思ってる」


篠原の首に触れていた手をぎゅっと握った島山が、

力が抜けたように布団の上にバサっと顔を突っ伏した。


篠原が微笑みながら顔の見えない島山の髪を撫でる。

所長としてひとりの人間として、島山は本当にいい男だと篠原は思った。


窓の下の方が少しずつ白くなってくる。

新しい一日が始まる景色を篠原は見つめた。


「俺、息止まってたんだ」

「うん。マジでびっくりした。

あわてて息吹き込んだらなんとか自分で息してくれたから良かったけどさ」


あの時は意識がないこともわからないので、とにかく篠原を安心させるために落ち着こうと島山は自分に言い聞かせていた気がする。


それもはっきりと覚えてはいないほどパニックだったのだが。


「え?息吹き込んだ?」

「うん」


体を起こして椅子に座り直した島山が目をパチパチとさせている篠原を見つめた。


「え?え?待って待って。ど、どうやって?」

「どうやって、ってそんなのmouth to mouthに決まってんだろ」


空の半分まで明けては来たが、まだ部屋の中は薄暗い。

それなのに篠原の顔が真っ赤になったのが島山にははっきりと見えた。


「あ、でも一応言ったんだぜ?

イヤだろうけど我慢しろよ、って」

「いや、その、」


自分は覚えてはいないがいわゆるキスを島山としたようなものだ。


生きるか死ぬかの際だからそんなことにこだわっている場合ではないのは篠原にもわかってはいるが、恥ずかしさが止まらなかった。


「あ、ありがとう。おかげで俺助かったんだ」

「…」

「あの、それに、別にイヤ…じゃないから」


うんうん、と真っ赤な顔で恥ずかしそうに頷いている篠原の頭を微笑んだ島山がなでる。


そのまま顔を近づけると篠原が大きな目で島山を見た。


「イヤじゃないんだよな?」

「咲、調子乗りすぎじゃね?」


島山がふっ、と笑うとすぐ近くの篠原が目を閉じた。


キラキラとした朝日が二人きりの部屋に、ようやくその白を伸ばして来る。


絶対いい男になるから、と島山は心で誓い、篠原にキスをした。








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