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売り組織をぶっ壊せ!【2】




笑うと三日月のようになる筧の目。

今しがた島山、藤井、篠原の3人で話していたことを話すと想定外に筧が笑った。


「いいよ。そんなことしなくても」

「俺らに迷惑かけてるとか、そんな水くさい理由じゃねえよな」

「まあ、それももちろんあるんだけど」


藤井と鏑木に挟まれて座っている筧がふっ、と笑う。

長椅子にぎゅうぎゅう詰めに座っている向かいの3人を見て島山も微笑んだ。


「榎のことか」

「うん。せっかく逃げられたんだから俺と縁を切った方がいいんだよ。

正直あいつらは俺狙いなんだから」

「でも、組織の内部事情を知ってる榎さんのことこのまま逃すとは思えないけど?」


筧はまだ笑みを浮かべている。

相当の覚悟をしているのだと篠原は悟った。


「あいつひとりならどこへでも飛べる。見つかる確率も俺といるより少ない。

組織を壊すなんていうデカいリスクを背負うよりはそっちの方がいい」

「ねえ桜くん。桜くんが榎くんに会わないのは関わりを断つためだったの?」


逆だと思っていた。

榎との縁を切って自分が逃げおおせるために筧は榎に会うことを拒否していたのだと。


藤井だけではない。鏑木もそう思っていたから不思議そうな顔をしている。

島山だけはキリッとした眉を寄せて筧を見つめていた。


「あいつさ、ちっさい頃からの親友なんだよ。

大学出て定職に就かなかったのも、あの頃榎の母さんが病気で。

あいつんち父親がいないし妹はまだ小さいしで、

病院の付き添いやなんやら全部あいつがやってた。

定職についたら早々休めないだろ。だから、」


最悪自分は捕まってもいいと筧は思っていた。

そうなったらこの事務所のみんなに迷惑をかける前に出て行くつもりもしていた。

だからこそ筧は榎にここにいることをバレたくなかったのだ。


それなのにどこをどう調べたのか榎はこの事務所に筧がいることを突き止め、しょっちゅうやって来るのだ。


「いない、って桜くんはずっと、榎くんにシラを切り通すの?」

「うーん。それが一番いいと思うんだよなあ」

「で、筧は姿を消す」


そう言った篠原に島山が目を合わせて頷いた。

下を向いた筧はもう笑ってはいなかった。


「そうはさせるかあ!」

「咲くん声デカいって。耳切れるわ」

「咲の気持ちはうれしいよ。でも、」

「おい哉太。榎に連絡しろ」

「オッケ!」

「はあ?ちょっと咲!」


筧がいるのはわかっていると言って譲らない榎は自分の携帯の番号を伝えていた。

立ち上がって引き出しに入れていた榎の残したメモを見ながら藤井が事務所の黒電話をかける。


筧が止めようとして藤井に手を伸ばしたが、小柄な筧から藤井はさらに離れ、受話器の線を最大限に伸ばして微笑んだ。






マスクをしてメガネを掛けた榎がスーツに似合う硬いカバンを揺らしながら駅に向かって歩いていた。

そろそろ夕方を迎える空からオレンジががった光が榎の着慣れないスーツに落ちている。


どうしたら筧に会えるのだろう。

筧に会わなければなにもかも進まないのに。


島山代行事務所の入っている古びた雑居ビルを振り返る。

もうその姿は見えないのに榎は立ち止まって事務所のある方向をじっと見ていた。


ブーブー、とポケットの中で携帯が震える。

新しくしたこの携帯の番号を教えている人は数少ない。

榎があわててポケットから携帯を出すと島山代行事務所からだった。


「はい」


誰にも聞かれていないのに携帯を耳に当てたまま榎は走って細い路地に入る。

聞き覚えのない声が島山代行事務所です、と名乗った。


「あの、島山代行事務所さんの、どなたですか?」

「藤井です。さっきも話したじゃん」

「あの、背の高い?」


さっき話した背の高い男と今電話口に出ている藤井という男が同一人物とは榎には到底思えなかった。

さっきの背の高い男はもっとドスのきいた低い声だったのだ。


「そう!」

「声も話し方も違うんですけど、ホントに?」

「榎くんを追い返すためにちょっと演技してたんだよ。そんなことより今から事務所に来れる?」

「え?」


なにか騙されているような気がしていた榎は瞬きをしながら意味もなく辺りを見回す。

さっきの藤井と今の藤井が全く違う声なのが引っかかったが、島山代行事務所からの着信で間違いない。


「わかりました。すぐ行きます」


迷っている場合ではない。

騙されていたとしても筧に辿り着くには島山代行事務所に頼るしかないのだ。


通話を終えた携帯をポケットにねじ込み、榎は路地を出て再び島山代行事務所へ向かって走って行った。




「おいおい。どこ行くんだよ筧」


壁にあるドアを開けて筧が中に入った、と思ったらすぐに出てきたのはいいが、上着を着て目深に帽子を被り大きめのバッグまで持っていた。


「どこって。今までお世話になりました」

「準備早っ!」

「まさか…すぐに出ていけるように普段から用意してたの?」


パーテーションに差し掛かろうとした筧の腕を鏑木が掴む。

普段から自分の荷物をまとめていた筧に鏑木が胸が痛かった。


「そうだよ。大智、放して」

「放すわけないだろ」

「筧ー。お前いい加減にしろよ」


島山が長椅子から立ち上がって筧のそばに行く。

唇を噛んで振り向いた筧は本気の目をしていた。


「そんなに俺たち頼んないか?」

「んなわけないだろ。めちゃめちゃ頼りになるよ。

信用してるよ」


だからこそ出て行くのだ。島山をはじめ、ここにいる全員がそれをわかっているはずなのに。

ここはなんとしてでも出ていかなければならない。

筧は無理やり鏑木の手を振り解いた。


「筧!」

「マジでみんな今までありがとう」


また腕を掴もうとした鏑木から逃げるように筧は

パーテーションの向こうへ行く。


本当はずっとここにいたかった。

叶うことのないそんなことを筧は毎日毎日願っていた。


しかし今優先すべきは榎の命だ。

逃げてきたのならなおさら榎の命は危険にさらされる。


筧、とみんなが次々と呼んで追いかけてくる。

入り口の取れそうにボロいドアノブでさえ愛おしい。


大きく息を吸って筧は思い切りドアを開けた。


「うわっ!!」


何も当たるはずのないドアに何かが当たったような感触がドアノブから筧の手に伝わってくる。

人の声も聞こえた気がして思いきり開けたドアの後ろを筧はのぞき込んだ。


「榎!?」


筧が開けたドアを額で受け止めた榎がずるりと垂れるように廊下のコンクリートの床に座る。

持っていたバッグを放り出して筧は榎のそばにバッとしゃがんだ。


「大丈夫か!」

「筧…ごめん」

「…」


だんだんと赤くなっていく額に触れることもせず、榎はそう言って唇を噛んだ。


目に涙を浮かべた筧が首を小さく横に振る。

少し微笑んだ筧を榎が抱きしめた。


「ラブシーンは中でやってくれ」


冗談っぽい言い方をしながら島山がサッと廊下を見渡す。

座り込んで抱き合っているふたりの襟を掴んで部屋の中に引きずって入れた。


長椅子にふたりを座らせたあと、島山はもう一度少し開けたドアから廊下をチェックする。

戻ってきて筧と榎の前の長椅子に座った。


「早かったね榎さん。戻らせて申し訳ない」

「いえ、まだ駅まで行ってなかったので」


壁にあるドアから出てきた鏑木が榎の前に冷たいお茶を置く。

いただきます、と言った榎がそれを一気に飲み干した。


駅まで行っていなかったとはいえ走ってきたのだろう。

赤くなった額に滲んだ榎の汗を見て、島山は隣に座った鏑木と顔を見合わせて微笑んだ。


「筧はあんたを守ろうとして、会わなかったんだよ」

「はい。わかってました」


当たり前のように頷いた榎に筧が目を丸くする。

筧はそんなこと夢にも思っていなかったのだ。


榎に会うのを拒否していた、というかここにはいないとみんなに言ってもらっていたのをてっきり筧だけ逃げるためだと榎が思っていると、筧は思っていたのだ。


「一番いいのはさ、あんたらふたりがその組織から

キレイサッパリと逃げることじゃね?」

「え?」


順を追って話すことが苦手な島山らしく、いきなり結論に突入しようとしている。


隣にいた鏑木が、ちょっと待って、という風に島山の前に手を伸ばした。


「咲。榎さん頭からハテナ出てるから」

「わかったよ。大智、説明して」


長椅子の後ろに立っている藤井と篠原が声を出さないようにして笑っている。

そういえば面接の時も説明は全て筧に任せていたな、と篠原は振り返っていた。


「榎さん。島山に聞いたけどあなたも組織から逃げてるんだって?」


鏑木の低く優しい声に榎は口を真一文字に結んで頷く。

筧がそんな榎を隣で心配そうに見ていた。


「筧を逃すためには俺は残っていた方が良いって、

最初は思ってたんです。

組織の動きもわかるし、そのうち筧のことを諦めるかもしれないし」

「組織を出ることを許されなかったってのもあるよね?」

「それはもちろん。でも今回みたいに逃げようと思えばなんとしてでも逃げられる」


それなのに今まで榎が組織に残っていたのは筧を完全に逃すためだったのだ。


しかし筧が逃げてから数年経った今も、組織は筧を諦めていない。

このままでは進歩がないと考えた榎は組織から逃げることを決意した。


「で、筧にそれを伝えようとしたの?」

「はい。筧を連れて逃げようと考えてました」

「筧はその逆なんだよ」


え、と榎が声を上げる。

あわてて隣に座っている筧を見た。


「どういうこと?」

「考えてみろよ。組織の狙いは俺なんだぜ?

それならお前ひとりで逃げた方がいいに決まってんだろ」

「俺を守ろうとしてくれてたのはわかってたけど、

それは俺が組織にいる間のことだろ?今はもう、」


ううん、と筧が首を横に振る。

榎は落ち着かない様子で長椅子に座り直した。


筧と接触しなければ榎の命は守られる。

筧がそう考えて連絡を一切絶ったと榎は思っていた。


「榎さんが組織を抜けてひとりで逃げる。

それが筧の願いだったんだよ」

「俺は、俺は筧とふたりで逃げようと、」


榎の気持ちもここにいるみんなはわかっていた。だからこそしつこいぐらいに筧を探して訪ねてきたのだ。


二人の意見は真逆。しかしお互いに相手のことを一番に考えて出した答えだった。


「あの、榎さんはなんで筧がここにいることが

わかったんですか?」


島山の後ろに立っていた篠原が少し身を乗り出して聞いた。


それ、それだよな!とその前で島山がパン!と手を打つ。

確かに逃げてから数年、組織にも見つからなかった筧。なぜ榎は見つけることができたのか。


「この近くに用があって来たんです。

その時に筧を見かけて。深く帽子をかぶってメガネとマスクをしてたけどすぐに筧だとわかったから後を尾けたら、島山さんの事務所に入って行ったんです」


たまたま筧が島山の事務所に立ち寄っただけかもしれない。


しかし今まで筧に連絡を絶たれて途方に暮れていた榎にとってはたった一つの手がかりとなった。


「いない、って追い返されましたけど、ここしか筧のことで頼るところがなくて」

「筧はいつもめっちゃ変装して外に出るのにさあ。

よくわかったな榎さん」

「昔からの友達なんで。わかりますよ」


感心している島山に榎が微笑む。

おそらく榎は筧がどんなに変装しても見破るだろう。


「二人の願いを叶える方法を、うちの島山が思いついたんだよ。

さっきいきなり結論から言ってたけど、

それは逃亡するってことじゃない」


逃亡は一生続く。

二人を追いかける組織がなくならない限り逃げ続けなければならない。


そればかりではない。

逃亡生活では常に隠れて常に怯えて過ごすのだ。


「逃げる以外に、なにがあるんですか?」


それ以外考えたこともない榎が不安そうに鏑木を見つめた。


「咲、こっからどうぞ」

「よし!やっと俺の出番だな」


ガバッと開いていた膝をポン!と打って島山が大きな口を開けて笑う。


こんな時に何がおかしいのか、榎は島山の考えについていくのに必死だった。


「逃げてたら辛いことばかりなんだよ」

「それは…」

「だから売りをやってる組織をぶっ潰す」

「は?」


榎の返事は当たり前だった。まだ島山にバトンを渡すのが早すぎたと鏑木は苦笑していた。


「筧。お前コピーな」

「え?いや、俺、やったことない、」

「大丈夫。こういう時はなうまくいくもんなんだよ」


筧は事務仕事しかしたことがない。

表に出られないのだから当然なのだが、その筧に島山はコピーをやれと言った、


「誰をコピーするの?あ!もしかして」

「そう!哉太正解!」

「まだ言ってないんだけど」


鏑木の後ろに立っていた藤井が島山の肩をポンと叩いて笑う。

ふたりのやり取りと見ていた篠原が、あ!と声を出してから頷いた。


「あ、じゃねえよ。篠原。お前もコピーだ」

「えっ!俺?」


誰をコピーするのか。篠原もコピーをするのは初めてだった。


この事務所に入ってから数ヶ月。島山と組んで現場には出ていたが篠原はウォッチだった。


「そっか。咲は元々ウォッチなんだよな…」

「そう。大智の言う通り。俺はウォッチなんだよ」

「あの、コピーとかウォッチとかって、なんですか?」


楽しそうに話している島山、鏑木、藤井、そして篠原を見回して榎は首を傾げていた。


「それは気にしなくてもいい。

まあ、簡単に言うとコピーは身代わり。

ウォッチは見守り」

「はあ」

「では作戦会議に入ります」


いきなり作戦会議に入ると宣言した島山の方にみんなが笑いながら体を向ける。

筧と榎の2人だけが心配そうな顔をしていた。


「えーと、筧には榎さんのコピーをしてもらう」

「え!榎の!?」

「ウォッチは哉太」

「はーい。全然わかんないけど」


相変わらず順番通りにに話さないが島山はどんどん話を進めていく。


夜の帷が事務所の狭い部屋へ降りて来る。聞き逃さないようにいつのまにかみんなで頭を寄せ合っていた。




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