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身代わり人、これが俺らの仕事だよ【6】




鏑木、藤井、篠原が目を伏せている。


ひとことも話さずにじっとしていると、島山の、

ありがとう、という声がイヤホンからではなくそれぞれの心から聞こえて、3人は目を合わせた。


「みんな、右近(うこん)たちが消えた」

「え?」


廊下でうろうろしながら亜也(あや)を待っていた右近、上川(かみかわ)丹下(たんげ)の姿が消えた、と筧が言った。


念のためドアにつけておいた小型カメラ。

さっきまで映っていた右近たちがいなくなったようだ。


「帰ったのかな?」

「まさか」

「なんかイヤな予感がするよな」


島山のことで苦しくなっていた胸も、右近たちがいなくなったという報告を受けて一気にまた仕事モードに

切り替わる。


これも島山がいたらそうしていたからだろう。

メンバー全員が島山の意志をしっかりと受けていた。


「亜也がそうしてほしいってんなら俺は戻るよ。

ただし亜也の兄貴としてではなく、ただの社員としてだけどな」

「なんで」

「俺は島山家とは縁を切った。

それを戻すことはしない。

ただ亜也のそばにいるだけだ。

てかさ、お前、俺が出来が悪いの知ってんだろ?

上に立つのはお前の方が絶対に向いてる」


島山がうんうん、と強く頷くと、目を丸くしていた

亜也が口元を緩めて微笑んだ。


「咲也ならそう言ってくれると思った。

でも咲也がそう言わなくても俺は咲也に戻って来てもらうつもりはないよ」

「え?」

「本音を言えって言ったから言っただけ。

戻ってきて欲しいのは本当だけど戻すつもりはない」


今度は島山が目を丸くする。

さっきと変わらず微笑んでいる亜也が島山に近づいて

肩に手をおいた。


「咲也は咲也の好きな人生を生きたらいい。

咲也が島山家と縁を切ったのは俺を後取りにする

ためか?」

「違うって。俺は、」

「だろ?ならそれを貫いてよ。俺は俺で好きな仕事を

貫く。俺じゃダメだって言われても、俺しかいないん

だから」

「亜也…」


亜也の思いは最初からそうだったのだ。

その思いは固く強い。

肩に置かれた亜也の手が島山にはたくましく感じた。


「じゃあなんで右近たちにそそのかされたんだ?」

「あいつらもああ見えて会社のことを考えてるから。

俺を傀儡にして会社を回したいって思ってるのも、

会社のためを思ってるからこそなんだよ」


島山にはそうは思えなかった。

右近たちが亜也と同じ考えで会社のことを思っている

ようには見えなかったのだ。


「咲也が戻る気がない、というか戻る理由がない、

って上層部にも親父からじゃなくて俺からハッキリと

言う。

右近たちにも俺のことを傀儡になんかさせない。

そのためにもっと勉強するよ」

「やっぱ亜也が向いてる」

「ははは。咲也は必要ないだろ?」


上層部にも島山がいないとダメだと言われて、言い返せなかった。

右近たちにそそのかされて島山の殺害を示唆された

亜也だったが、久しぶりに兄である島山に会い、

島山の人生を守ることが自分の人生を守ることだと

いうことに気づいた。


思い返せば、島山が家を出ることを許可した時から、

亜也の中で決まっていたことだった。


兄である島山の言葉や思いに、亜也は再び強い意志を

持てたのだ。


「咲也に会えて良かった。忘れてたよ。

なんで身を引き裂かれる思いをして咲也と別れた

のかを」


それはお互いの夢を叶えるためだったのだ。


「てか、いいのか?マジで」

「いいよ。お互いの好きなことやろうぜ」

「亜也…」

「10年経ってまた会おうよ咲也。

その時二人とも笑ってるように…がんばろう」


島山がどこかで自分の好きな仕事をしてがんばって

いたら亜也もがんばれる気がした。

そしてそれは島山も同じ思いだった。


「亜也くん、強くなったよね」


藤井がニコッと笑って頷く。

鏑木と篠原もうれしそうに微笑んだ。


亜也ならきっと島山の思いを乗せてがんばるだろう。

島山が見込んだ男だ。

きっと大きく成長していくはずだ。


鏑木たちにも、亜也の声が最初よりも強くりりしい声に聞こえていた。


「あ、右近たち戻ってきた」


筧の声が聞こえたと同時に丹下がドアを開けて部屋に

入った。

続いて入った上川が、右近に後ろからはがいじめに

されて首にナイフをペタリと乗せられていた、


「こいつを殺されたくなかったらおとなしくしろ」


上川は震えていた。台本にない展開なのだろう。


相手側の上川だが、どうぞ殺してください、とも言え

ない鏑木、藤井、篠原はその場で動きを止めた。


「丹下。全員縛れ」

「え、右近さん、」

「俺の机の引き出しにロープがある。それで全員動け

ないように縛れ」


ナイフを持っている右近に逆らえない丹下は、

言われた通りに右近の机の引き出しを開ける。


右近の机の引き出しにもあった、白紙の入ったファイルの下に細いロープが隠されていた。

丹下は震える手で鏑木たちを一人ずつ動けないように

縛っていく。


どうやら右近ひとりが暴走し始めたようで上川と丹下はこの展開は知らなかったようだ。


右近が丹下に、個々に縛った鏑木、藤井、篠原を床に

座らせるように指示する。

丹下は右近をチラチラと見ながら、これも言われた通りにした。


奥の部屋にいて、こんなことになっていることを知ら

ない島山と亜也の楽しそうな声がイヤホンから聞こえてきた。


「どうやらこれはお芝居じゃないみたいだね。

右近さん、何する気?」


鏑木が落ち着いた声で聞くと、右近はなめられていると思ったのか上川にナイフを当てながら鏑木をにらみ

つけた。


「あのお坊ちゃんの目を覚させてやるんだよ。

兄貴なんかいなくても俺がいたら全てうまくいくって

教えてやるんだ」


「そんなことしなくても、」

「うるさいっ!」


そんなことをしなくても島山は戻らない。

鏑木はそう言おうとしたが、右近にはどれだけ口約束をしても島山が存在している以上、いつ乗っ取られるか、に怯えて生きないとならないのだろう。


「右近のヤツだいぶん興奮してるなあ。

よし。ここは俺の出番かな」


誰もいない島山代行事務所の部屋で、筧がうれしそうに腕まくりをした。


「哉太。スピーカーをオンにして」

「わかった、って…俺動けないんだけど」

「あ、そうか。仕方ない。

もう亜也くんと世間話に突入してる咲に頼むか」


筧が切っていた島山のイヤホンを再びオンにして、

隣の部屋に右近たちがいること、右近が暴走している

ことなどを話した。


「マジか」

「警察呼びたいんだよね。捕まえてもらうつもりは

ないんだけど、でも一応亜也くんを逃してからでないとマズイじゃん」

「だよなあ」


島山が頭をボリボリと掻く。

急にひとりごとを言い出した兄を見て亜也が首を傾げていた。


「よし。コピーするわ」

「それしかないよな。亜也くんをコピーした咲が

ひとりで隣の部屋に行く。

右近を引き付けてもらってその間に亜也くんが外へ

出る。

あいつら入ってきただけで今はロックはかかってない

から」

「オッケ」


筧と島山のやりとりが聞こえている鏑木、藤井、篠原も、亜也をコピーした島山が出てきたら右近を引きつけるという作戦を理解してお互い顔を見合わせて頷いた。


丹下は放っておいても大丈夫だ、と筧が付け加えた。


「亜也」


筧に聞いたことを島山が亜也に伝える。

驚いていた亜也だったが、警察沙汰になっても仕方ない、と言った。


「警察呼ぶっつってもあいつらをビビらせるだけなんだけどな」

「警察に捕まったところでなんにも解決しないもんね。それよりも右近の考えを正す方がいい」

「うん。だよな。俺も亜也と同じ意見だ。

後は俺たちに任せて亜也は逃げてくれ」

「でも、」

「お前は、社員や社員の家族を守らなければならない。わかったな?万が一でも傷がついたら大変だ」

「…わかった」


スッと上げた亜也の顔はCEOの顔だった。

やはり亜也にはトップとしての器がある。

兄としてではなく、ひとりの人間として島山はそう

感じた。


自分は、肩書きこそは所長だが、仲間たちと同じ立場でいることが似合う。

人それぞれに与えられた使命というものがあることを

島山は知っていた。


島山家を出る時は亜也に全てを丸投げした。

いろんな感情こそあれ、少なからず申し訳ない気持ちもあった。

しかし今、それが正解だと島山は確信した。


「俺がお前の身代わりとして部屋を出るから、

俺が右近を引き付けている間に外へ出ろ」

「身代わり?」

「それが俺の仕事だ。俺の仲間がロープで縛られてる

らしいけど、そろそろ抜けてる頃だから亜也をサポートしてくれるはずだ」

「咲くん、それはOKだよ」


藤井の小さな声が島山のイヤホンに聞こえた。


すでにロープを解いている3人は今は縛られたフリを

しているので、亜也が逃げる時には自由に動ける。


「哉太サンキュ。着替えたら出る」

「はーい」

「亜也、服を交換するぞ」

「服?」


まだ不思議そうにしている亜也を促して服を交換する。

そしてふたりで向かい合った。


亜也と目を合わせていた島山がスッと顔を下に向ける。

ゆっくりと顔を上げた島山の表情は亜也になっていた。


「咲也…?」


ニコッと笑った島山が手櫛でボサボサだった髪を亜也みたいにキレイになるように整える。


島山とは幼い頃から似ていると言われてはいたが、自分そっくりな島山の表情に亜也は声も出なかった。


「声は似てるから声色を使わなくてもいいから助かる」

「…すごいね咲也」


亜也は上川と丹下の身代わりをした鏑木と篠原にも

驚いていたが、こうして目の当たりにすると信念の

ようなものさえ感じる。


依頼された人の身代わりになる仕事を島山が大切に

している心が亜也にも伝わってきた。


「さて。時間もないから出るか。

亜也、お前は俺が手で合図したら棚のない方の壁づたいに外へ出ろ」

「わかった」


ドアの前から振り向いた島山に亜也はまるで鏡を見て

いるような感じになった。


閉めたら掛かる鍵を回して亜也をコピーした島山が

隣の部屋に出た。


縛られている鏑木、藤井、篠原が棚の近くの床に3人くっついて座っている。

上川を人質にして後ろからナイフを当てている右近、そしてその後ろで立っている丹下は棚の方を向いていた。


「咲、配置的にはいい感じなんだけど、亜也くんが

出やすいようにドアをなんとか先に開けらんないかな」


筧もドアを開ける方法を考えていたがなかなか厳しい。

亜也が壁づたいにうまくいけても、ドアが開くと

さすがに注目されるだろう。


島山も部屋に入ってそのことを悟った。

島山がドアを開けに行くのも不自然だ。


ドアを開ける時に何か他のことに全員の意識を集めた

方が良い。


亜也をコピーした島山と右近が揉めているところへ

島山代行事務所の3人のうちの誰かが開けるのが

良いのだが、残念なことに3人はドアから遠い棚の

ところで縛られて座っていた。


筧の声に島山が小さく首を横に振る。

この部屋のカメラの映像を見ていた筧がふぅ、と息を

吐いた。


「確かに咲が開けるのも無理だよな。

じゃあ、もう乱闘するしかないか!

ナイフ持ってるから気をつけて」


メンバー全員を信じているからこその筧の軽い感じだ。


亜也をコピーした島山が上川と右近を引きつけるように棚を背にして立った。


「お話は終わりましたか?」

「終わったよ」

「咲也さんを仕留めましたか?」


この時点で亜也が持っていた拳銃もモデルガンだと

いうことがわかる。

銃声も何も聞こえなかったのに仕留めたのかどうか

右近は聞いたのだ。


「仕留めなくても大丈夫。咲也は戻る気なんて

さらさらない」

「甘い。後で気が変わることもあるんです」

「変わらないと思います。あの人は頑固です。

それにここにいる島山代行事務所のみなさんと

一生一緒にいる、と言ってました」


亜也をコピーした島山の言葉に、鏑木たちの胸が熱く

なる。


父親の会社を亜也と継げば今よりももっと良い暮らしができるのに、島山は仲間を選んだのだ。


「CEO。あなたは頂点に立つ人です。

義理や人情は捨ててください」

「右近さん」


床に座っていた藤井が右近を見上げる。

鋭い視線を下ろして右近が藤井を睨んだ。


「咲くんは俺たちのボスだ。欲しいって言っても

あげないよ」

「この世の中はあんたみたいに地位や名誉や金の匂いにたかるヤツばかりじゃないんだよ」


藤井に続いて篠原も右近を見上げて言い返す。

上川に当てているナイフが怒りのあまりプルプルと震えた。


「CEO。上川を殺されたくなかったら咲也さんを

仕留めてください」

「右近さん」


亜也をコピーした島山が右近に近づく。

上川の額から流れた汗が頬をつたい、首のナイフに ペトリと流れた。


「俺の言うことが聞けないのならあなたはもう要り

ません」

「は、ははは!狂ったのですか?あなたひとりで何が

できると、」

「正気です。上川さんを放しなさい」

「し、CEO、」


震える声でつぶやいた上川が、すがるような目で亜也をコピーした島山を見る。


右近が笑って気が抜けた瞬間を狙って、上川を押さえている右近の手を島山がガン!と蹴り上げた。


「うおっ!」


右近が持っていたナイフが宙を舞う。

サッ!と通った影が、そのナイフを奪った。


蹴られた手を押さえた右近がその影に振り向くと、

鏑木がナイフを掴んでドアの方へ転がっている。

鏑木は入り口のドアに当たり、その拍子にドアが

開いた。


「クソっ!」

「CEO!」


亜也をコピーした島山の方へ上川が逃げようとする。

前へ出た上川のスーツの襟元を掴んだ右近を、上川が

振り向きざまに殴った。


「ナイフを持ってないお前なんか怖くないんだよ。

このやろう。

ここまでついてきてやったのに俺のことを人質に

しやがって」


上川が右近の胸ぐらを掴んで二人が揉み合う。


奥の部屋のドアを少し開けて見ていた亜也に、島山が

手で合図を送った。


島山に言われた通りに亜也が壁伝いにドアへ向かう。

ドアの近くにいた鏑木が、揉み合ってこちらに背を

向けている右近と上川を確認して、亜也を隠すように

ドアの前に立った。


丹下は揉み合う二人を見ておろおろして立ち尽くして

いる。

亜也が鏑木のところまで見つからずに辿り着いた。


「ありがとうございます」

「すぐそこにいてね」


うん、と頷きペコっと頭を下げた亜也がドアから

出た。


上川と右近はまだお互いを掴んで殴りあっている。

藤井がパンパン!と手を叩いた。


「はいはい、もうケンカはやめて。警察を呼んだ

から」


その声に右近と上川は動きを止め、腫れた顔で藤井を

見た。


「ハッタリはやめろ。誰も電話なんかしてないだろ」


右近がバカにしたようにニヤリと笑う。

そして上川をドン!と突き飛ばして近くの椅子に

ドカッと座った。


「嘘じゃないよ。うちの事務所から通報したって」

「全員ここに来てるのに何言ってんだガキが」


ガキ、と言われて藤井が頬を膨らませた。


「うちの事務所のメンバーは5人だから全員来て

ませんよ」


篠原が椅子に座った右近を見下ろす。

鏑木も藤井もそうだが、いつのまにか縛ったロープを

解いていることに右近は今気づいた、


やはりただものではない。

上川と丹下の身代わりも、もし本人が奥の部屋にいる

ことを知らなかったら驚いて叫んでいたぐらい完璧

だった。


そして今告げられた全員で5人いるというのも、

島山が全員一丸となって、と言ったことで

右近はここにいるのが全員だと思い込んでいたのだ。

いや、思い込まされていたのか。


「全員一丸となってないじゃないか」

「なってるよ」

「いや、やっぱりハッタリだ。

俺が調べたのは島山代行事務所は島山、鏑木、藤井、

篠原の4人だった」


島山代行事務所は所長の島山以外の名前は出していない。

右近がどこをどう調べたのかはわからないが、

元々匿っていた筧の名前が出るはずがない。


全員が拘束された場合も、筧がいたら難を逃れることができる。

そのこともあって筧のことは絶対に表に出ないように

していたのだ。


「ここにはいないけどな、俺たち5人の心はいつも

一緒にいるんだよ!」


普段あまり大きな声を出さない鏑木が、よほど腹が 立ったのか、そう叫んだ。


「俺を、はめたのか」

「さあ。人をはめようとした罠に自分がはまっただけ

でしょ。

まあ、警察に捕まっても真実は言えないだろうから、

今のうちにナイフで部下を殺そうとした言い訳でも

考えて」

「はは。警察なんてハッタリもいいとこだろ。 

やっぱりお前らは4人しかいないんだ」


島山代行事務所のメンバーが、苦し紛れのハッタリをかましてきただけ。

自分の言ったことに納得した右近は背もたれにもたれて腫れた顔を撫でる。


その時、窓の向こうからパトカーのサイレンが聞こえてきた。





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