身代わり人、これが俺らの仕事だよ【3】
濃い茶色のカラーサングラスにマスクの男が、静かに
開いたドアから入って来た。
株式会社ライトレフトのホームページで事前に社長の
写真は見ていた鏑木と篠原だが、いわゆる変装のような姿に写真と同じ人物なのかがわからなかった。
「おはようございます」
右近が挨拶をしたので、上川をコピーした篠原と丹下をコピーした鏑木も社長に挨拶をする。
社長は、おはよう、と挨拶を返して空いている机に
座った。
右近が準備していたらしき資料を引き出しから出して
配る。
これも事前に右近から渡されていたものと同じもの
だった。
「では会議を始めたいと思います。
まず、1ページ目のプロジェクトの概要をご覧ください」
普通に会議が始まる。
右近が説明をするのを全員で聞くカタチだ。
社長が時折質問をして、右近がそれに答えた。
「上川くん。君はこの材料でいけると思うか?」
いきなり社長が上川をコピーしている篠原の方を向き、手元の資料をめくった。
「そうですね。材質も良いし大丈夫だと思いますよ」
「丹下くんは?」
「僕もいけると思います。価格交渉がうまくいけば
コストもおさえることができますし」
うんうん、と社長が会議が始まっても外さないマスクを触りながら頷いた。
「では明日にでも価格交渉してきます。
この材料なら僕も良いのが作れると思います」
「右近くん頼むよ」
それからも社長からの質問に右近が答え、
鏑木と篠原も振られたら答えるというカタチで会議は
進む。
一時間ほどで意見もまとまり会議は終了した。
「なんか…なあ」
静かに会議を聞いていた島山が排気口でボソリとつぶやいた。
「どしたの」
「社長の声、声色を使ってるんだけどなーんか聞いた
ことがあるんだよなあ」
声色を使っていても素の声というものがチラホラと
聞こえてくる。素人ならなおさらだ。
社長のその素の声が島山には聞き覚えがあったのだ。
しかし考えても出てこない。
隠されて顔が見えないからなおさらイメージも湧いて
こなかった。
「右近くん、イメージ画像を頼むよ」
「はい。出来次第送らせていただきます」
「みんなで協力して。よろしく」
社長が立ち上がったので右近と上川をコピーした篠原、丹下をコピーした鏑木も立ち上がり、頭を下げる。
帰るのかと思った社長は奥の部屋に入っていった。
社長がまだ隣の部屋にいるのでヘタな会話ができない
からなのだろうか、右近はまた机に座ってパソコンを
見ている。
鏑木が自分の机に座り、右近の方を目だけで見ると
イメージ画像を作っているのではなく、やっぱりトランプを並び替えるゲームをしていた。
「社長、何してるんだろな」
奥の部屋に入った社長はパイプ椅子に座って足を組み、携帯を見ている。
濃い茶色のカラサンとマスクはそのままなので表情は
全く読み取れなかった。
不思議そうな筧の声に藤井が小声で答えた。
「角度的に携帯の画面が見えるんだけど遠いから撮った動画で確認してみたらさ、社長もゲームしてるわ」
「こいつもゲーム?ゲーム好きだな」
島山が呆れた声で少し笑った。
しかし筧は笑わずに何かを考えているように黙り込んでいた。
「桜くん?」
筧の声が聞こえないので藤井が呼びかける。
うん、と返事をしてから筧のマイクがカタカタと
キーボードを打つ音を拾った。
「やっぱりそうか。今調べてみたんだけどそいつらが
やってるトランプのゲーム。オンラインゲームだわ」
「…ってことは」
「そう。チャットで話をしてるんだろ。
これなら携帯でもパソコンでも会話ができる。
グループチャットだろうから俺らは入れないけどな」
オンラインゲームのチャット機能を使って右近と社長、グルだとしたら上川や丹下も会話してる可能性が
高い。
筧たちの会話を聞いていた鏑木がまた目だけで右近の
パソコンの画面を見る。
上のトランプゲームに目がいっていたが、画面の下の
方にチャットしているのが見えた。
【間違いない】
机の陰で携帯を触り、鏑木は筧にラインをした。
「大智からみた右近のパソコンはゲームの下に
チャット画面が見えたって」
篠原、藤井、島山に筧が鏑木からの報告を共有する。
右近と社長の本当のプロジェクトはコツコツと進んでいるみたいだ。
社長が帰らない限り鏑木と篠原は足止めを喰らう。
つまりここから出られないのだ。
現場に入っている島山代行事務所の4人は、動き出すのを待つしかない。
刻々と近づいてくる得体の知れないものを受けるしかなかった。
会議が終わってから30分ほど経っただろうか。
奥の部屋のドアが開いて社長が出て来た。
「上川くん。ちょっといいかな。
材質のモデルを何個か選んでみたんだけど見てもらえる?」
何が材質のモデルを選んでみた、だ。
オンラインゲームの画面しか携帯に映してなかった
くせに。
島山と藤井はムカついた顔を見合わせた。
「はい」
上川をコピーした篠原が社長の方を向くと、社長が
手招きして奥の部屋に入っていく。
全員がいる部屋で材質とやらを確認するのかと思っていた篠原は一瞬動きを止めた。
開け放たれたドアは大きく口を開けて待っている。
篠原は中へ入るしかなかった。
「ヤバい。篠、」
筧の声に全員の体がサッと冷める。
ひとりで社長と対峙するのは危険だ。
右近は素知らぬ顔でパソコンのキーボードをカタカタとしている。
その時、丹下をコピーした鏑木が立ち上がった。
「僕も見せていただきます」
奥の部屋に行こうとしていた篠原に鏑木も続いた。
「材質選定は上川の仕事だろ。丹下は自分の仕事を
してくれ。なるべく早くまとめないとならない」
二人の方を見ずに右近が指示を出す。
確かに事前に右近から教えてもらっていた今回の
プロジェクトの割り当てはそうだったので、
丹下をコピーした鏑木はそれ以上何も言えなかった。
仕方なく鏑木は篠原から離れてまた自分の机に座り、
奥の部屋に入っていく篠原を見る。
目を合わせた篠原は小さく頷いていた。
「咲、哉太、降りてきて。カメラは回してて」
「わかった」
「オッケ」
今度は部屋の中から細工されないように、排気口から
少し離したところにカメラを設置する。
排気口を開けられないように藤井が蓋の留め具に鍵を
つけた。
そうこうしているうちに篠原が奥の部屋に入る。
篠原がドアを閉めるとカチ、と嫌な音がした。
「どうぞ座って」
自分が座っていたパイプ椅子に上川をコピーした篠原を座らせる。
言われた通りに座った篠原が、気配を感じて後ろを振り向くと、上川虎之助と丹下核が立っていた。
二人はこの部屋に仕掛けていたカメラの死角に潜んでいたようだ。
立ちあがろうとした篠原を二人掛かりで後ろからはがいじめにしようと、上川と丹下が手を伸ばす。
ドン、と鳴った鈍い音。
篠原が丹下の腹を蹴っていた。
「うっ!」
「何やってんだよ!」
腹を押さえてうずくまった丹下に怒声を浴びせた上川が篠原に掴みかかる。
その手を避けて篠原が体当たりすると、上川が後ろ向きに吹っ飛び、狭い部屋の床に倒れた。
「いって!何すんだこのヤロウ!」
再び起きあがろうとした上川の腹に篠原が膝蹴りを
かます。
丹下同様、上川もうめき声を上げて腹を押さえて床に
座り込んだ。
篠原がサッと社長を振り返ると、窓際にもたれた社長が拳銃を構えていた。
「おとなしくしてください篠原さん」
動きを止めたように見えた篠原が、素早くズボンの後ろポケットから護身用に持っていた小型の拳銃を抜き
取って社長へ向けた。
名前を知られていたところで驚きはしない。
向こうは一枚上手だとみんなで言っていた。
島山代行事務所のことなど調べ済みなのだろう。
そう考えると篠原の心は落ち着いてくる。
後ろでうずくまっている上川と丹下を視野に入れておくためにゆっくりと横に移動した。
「撃ちたければ撃ちなさい。
その代わりあなたのことも撃つ」
マスクの下は笑っているのか。
目もどんな色になっているのかわからない。
しかし今社長が言ったことが、自分に発砲させないためだと篠原にはわかっていた。
「俺に恨みがあるの?」
社長に拳銃を向けながら、篠原はこちらに向いている銃口を見つめた。
「いいえ。あなたは人質です。恨みなどありません」
「人質?」
「本丸を崩すための、ね」
社長がスッと天井の角にある排気口を見上げた。
「島山咲也。そこにいるんだろ?
篠原翔毅を殺されたくなければ出てこい」
「咲…、島山に…恨みか」
「恨みではない。島山!聞こえないのか」
ドーン!と盛大な音とともにドアが揺れる。
外から誰かがドアを蹴っ飛ばしたのだろう。
蹴られたドアがガタガタと揺れていた。
腹を押さえている上川が社長を見上げている。
篠原の視界にいることがわかっているので動けないのだ。
「上川。ドアを開け、」
「開けたら撃つ」
社長の声に被せるように篠原が低い声で上川を制止した。
「篠がドアを開けさせないようにしてる」
「…」
筧の声に島山は鍵のかかったドアの前で息を飲む。
島山が天井裏から出て来て机のある部屋に入ると、
鏑木が右近を後ろ手に縛り上げていた。
篠原が奥の部屋に入ったと同時に鏑木は右近を押さえつけ、ネクタイで後ろ手に縛り、
何かあった時のための人質に右近を捕らえたのだった。
篠原はマイクをつけていない。
篠原の様子をみんなに知らせるために、
奥の部屋の排気口のカメラの映像と声を筧がみんなの耳に流した。
「筧」
島山の声を聞いて筧は島山の意図を汲み、
篠原に聞こえる音声を切った。
「篠のイヤホン切ったよ」
「サンキュ。俺が中に入るってわかったらアイツ、
暴れるかもしんねえからな。
で、どう?強行突破しても大丈夫そうか?」
「いけると思う。
社長は篠のことは撃つ気なさそうだよ」
「だろうな。目的は俺だもんな。
このドア、もう一回蹴ったら鍵ぶっ壊せるかな」
「壊さなくても、大智がいるじゃん」
島山が右近のそばにいた鏑木に振り向くと、鏑木はすでに右近の腕を近くの椅子に縛りつけて鍵を開ける
スタンバイをしていた。
「いけるか見てみるわ。ダメなら壊すしかない」
「たぶんカチッと回すだけのヤツだと思う」
筧の指示に鏑木は頷き鍵に近づく。
そしてすぐに後ろにいた島山に振り向いて見上げた、
「10円玉で開くヤツだ」
「マジ?トイレとかの?」
「そうそう」
鏑木がポケットから手のひらサイズの小さなマイナスドライバーを取り出して、円の中にある[−]に先を当てて90°回すと、閉まった時と同じカチ、という音がした。
「閉めたら鍵が閉まるタイプみたい」
「で、中からしか開けられないんだな」
島山がさっき豪快に蹴ったドアを、バン!と豪快に
開けた。
入ってすぐの正面に拳銃を構えている篠原の横顔が
見える。
その向こうの壁際に腹を押さえながら、パッ!と顔を
上げて上川が島山を見上げている。
その隣で頭を垂れて座っている丹下は意識を失っているようだった。
篠原が構えている拳銃の先。
狭い部屋なので銃口から1メートルほどのところに
カラサンにマスクの社長が篠原と対面して拳銃を構えていた。
「来たな島山」
「ご指名ありがとうございます。
俺が来たんだからもう篠原は外に出してもいいよな?」
「ダメだ。篠原翔毅はお前が暴れ始めた時のための
人質だ」
「この人、人質になるようなタマじゃないけど…
大丈夫?社長さん」
「どういう意味だよ」
「褒めてるんだよ」
島山がそう言うと篠原が社長から目を逸らさずに口元で笑う。
うるさい、とつぶやいて社長は銃口を篠原から島山に
向けた。
「やめろ!」
「おい、上川。篠原を縛れ」
「はい」
のそり、と上川が起き上がり、自分のネクタイをスッと取って篠原に近づいた。
社長に銃口を向けたまま篠原が抵抗すると、社長がトリガーに掛けていた手に力を込めた。
「撃つ」
「さっきも言っただろ。撃ちたきゃ撃て。
その代わり今度は島山の命もない」
篠原がダラリ、と拳銃を持っていた腕を下げる。
上川がその後ろに回って篠原の腕を縛り、さらに
ポケットから細いロープを取り出してパイプ椅子と
篠原を一緒に縛った。
「こんな手の込んだマネして。で、俺に何の用?」
銃口を向けられているのに全くひるんでいない島山は、篠原の後ろに回ったり、気絶している丹下の前など狭い部屋を散歩でもするように歩いた。
島山に狙いを定めた社長は、その度に自分の体を軸にくるくると回る。
窓のそばに来て、島山はやっと足を止めた。
「お前を殺す」
「なんで。理由は?」
「お前がいたら…いや、お前は消しておかないとなら
ないからだ」
「理由になってねえな。そんなんで、はいどうぞって
言えるわけねえだろ」
「咲、どう?本当の声を聞くために社長に話をさせてるんだろ?」
筧の声に島山は小さく頷く。
再びイヤホンを繋いだ篠原と、隣の部屋で右近を見張っている鏑木は目を見開いた。
島山はさっきから社長の声や話し方を聞いているのだ。
筧はそれに気づいていたので、そろそろどうか、と
質問をしたのだ。
殺し屋を雇うとかではなく自ら島山の命を狙いに来ている社長は島山とはいったいどういう関係なのだろうか。
頷いた、ということは島山には社長の正体がわかって
きたということだ。
「俺を消しておかないと不安か?」
「…」
「俺の存在が、お前をずっとおびやかしてたのか?」
カラサンにマスク姿の社長の表情はわからない。
しかし拳銃をかまえている肩にグッと力が入ったのが
島山には見えた。
「なあ」
「…」
「答えろよ」
「…」
「亜也」
力が入っていた社長の肩がストン、と落ちる。
拳銃を構えていない方の手で、社長はカラサンとマスクを外した。




