身代わり人、これが俺らの仕事だよ【2】
鏑木の指先がさしたのは東向きにあった窓。
そこからまだ朝の光が差していた。
篠原があわてて今いる仕事部屋の壁にある時計を確認
する。
藤井が口に手を当て目を丸くして鏑木を見た。
「今16:30だからこの角度の窓から日が差し込んで
ないはず」
「ブラインドも何もないからわかるよな。ずっと朝日が差し込んでるんだ」
「だよな。だからこれはビデオだ。
3人の動きを少なくしてるのも同じ映像を繰り返してるのに気づかれないため」
おそらく前日の朝の1〜2時間ぐらいを撮影したもの
だろう。
しかも排気口からの角度で。
どういうからくりかはわからないが、島山と藤井が
退散したあとすぐに、仕掛けたカメラにこのビデオが
映るようにしたのだ。
鏑木と篠原、そして藤井が顔を見合わせる。
カメラをここに仕掛けることも読まれていたということなのか。
「ここには盗聴探知機があるから、俺らが盗聴されてる可能性はないよな?」
「そう。俺らについてるってこともない」
鏑木が篠原と話しながらマウスをクリックして映像を
巻き戻す。
そして二倍速で見るとやはり同じ動きを繰り返しているだけだった。
「カメラを仕掛けてたのが普通に読まれてた、って
こと?ますます意味がわかんない」
藤井が頭を抱える。夕陽の差し込む部屋で3人は口を
閉じてしまった。
事務所にいた島山と筧に報告すると、早送りした映像を見て二人も驚く。
盗聴されていないとなると、なぜこちらの手札が読まれてしまったのかが謎なのだ。
「今、咲とも話してたんだけど」
そう言って筧が自分の携帯の画面をみんなに見せた。
そこには【株式会社ライトレフト】のホームページが
出ている。
しかし所在地が東京ではなく従業員数もかなり多かった。
「俺たちが調べた時のために実際にある会社の名前を
語ったみたいなんだよ」
「確かに。そうしておくとこっちが聞いても言い逃れ
できるもんな。
でもここ、支社とかにしても確実に違うと思うわ」
筧と島山の話を聞いた3人は、右近が何をしたいのかもわからないが確実に向こうが一枚上手な気がした。
「何を聞いても右近さんにかわされそうだね」
藤井の言葉に全員が頷く。
依頼を断るとなるとその理由を言わなければなら
ない。
しかし右近が納得する理由などこちらにはないのだ。
「懐に飛び込むしかねえか。よし。大智か篠原。
どっちかと俺が変わる。俺がコピーやるわ」
「なんで」
「お前らを危険なめに合わせられない。
本当はひとりで乗り込みたいとこだけど、向こうは
二人分の身代わりを依頼してきてるからな」
「じゃあ俺が残る」
サッと手を上げた篠原の手を鏑木が掴んで下げさせて、首を横に振った。
「俺が残る」
「何言ってんの。大智がウォッチの方がいいって」
「てか咲、誰がやってもみんな心配でおんなじ気持ち
なんだよ。
それなら実際観察した俺と篠にやらせてよ」
鏑木がいつもと同じ落ち着いた口調で話すと、勇み足
気味だった島山が肩の力を抜いた。
「そうだよ。誰がいっても同じだよ。
みんなで一丸となって相手の懐に飛び込もう」
「篠原…」
「前に咲が言ってくれたじゃん。
ウォッチも、事務所にいる筧も、みんな一緒に現場に
いるからって」
「篠の言う通り。俺らがもし危険なめにあったとしても絶対に助けてくれたらいいんだから」
「大智も…。わかった。よし。じゃあこのままでいこう。
作戦とかもこれ以上なんも練ることないけど全力で
いくぞ」
島山の言う通りこれ以上なにもすることがないので
この日はここで解散した。
みんなを送り出した後、筧はひとり仕事部屋でパソコンに向かっていた。
二日後、右近が事務所にやって来る一時間前にメンバーが揃っていた。
ヘタなことは聞かず、右近の観察に重点を置く。
向こうの方が一枚上手なのだから逆にそうするしか
ないと確認し合った。
そして右近が来る予定の5分前。
蝶番だけが新しくなった古いドアから右近がやって
来た。
「すみませんね。ご足労いただきまして」
出迎えに行った島山がニコッと笑うと右近も頭を下げてからニコッと笑った。
前回と同じように長椅子に右近を座らせてその向かいに島山と鏑木が座る。
筧、藤井、篠原は奥の仕事部屋でモニタリングして
いた。
前回来た時と同様に鏑木が右近の前にお茶を置く。
礼を言って右近がひとくち飲んだ。
「いかがでしたか?」
「大丈夫です。身代わりのご依頼は受けられそう
です」
「良かった。ありがとうございます。
とりあえず会議さえ回避できたら、上川と丹下を説得する時間がとれます」
好青年、というのが当てはまる右近。
怪しい雰囲気もなければ逆に清々しささえ感じる。
しかしあの偽の映像をカメラに映したのは紛れもなく
右近なのだ。
島山と鏑木は警戒を解かなかった。
「これからも皆さんでお仕事できるといいですね」
「はい。上川と丹下は才能もあるし仕事もできる二人
ですので」
うれしそうに話す右近。
それに微笑んだ島山が手帳を取り出した。
「えーと、来週月曜日の会議は先日いただいた情報通りで間違いありませんか?」
「はい。あの、」
言いにくそうに右近がひとつ咳をする。
島山が小さなことでも気になることはなんでも言って
くれ、と言った。
「どんな小さなことでもかまいません。
全て納得してからご依頼いただきたいので」
「はい…。では失礼して質問なんですが、上川と丹下の身代わりをしてくださる方は…」
「こちらの鏑木と、今外出していておりませんが篠原というものが身代わりをさせていただきます」
「島山さんがされるのではないんですね」
つぶやくように右近はそう言ったが、すぐに続きの
言葉を繋げた。
「所長さんだから自ら身代わり役をされるのかと。
承知いたしました。
鏑木さん、よろしくお願いします。
篠原さんにもよろしくお願いします、とお伝えください」
それから当日の打ち合わせに入る。
奥の部屋でモニタリングしていた筧が、椅子の背に
もたれて藤井と篠原の顔を交互に見た。
「すぐにごまかしたけど…どうやら狙いは咲だな」
「狙いって、」
「命を狙われてるならそれ相応のバックボーンがあるよね。咲くんが忘れてるだけなのかな」
狙う=命。
しかしそこにいたるまでの何かが右近にはあるはず。
島山がターゲットだとすれば島山も恨みをかったこと
などを覚えているはずだ、と藤井は言った。
モニターの中ではもう、会議で要りそうな仕事内容の
ことを右近は説明してしている。
社長に聞かれたら答えることなどをスラスラと話して
いた。
「咲が出張ってこないとわかった右近はどう出る?」
篠原の低い声が響く。筧がうーん、と同じように低い
声を放った。
「俺なら人質を取るかな」
「大智くんか篠くんのどっちかを、ってこと?」
「俺ならね。で、咲を引きずり出す」
鏑木か篠原のどちらか、もしくは二人ともが人質に
取られたとしたら島山は黙っていない。
簡単に引きずり出されるだろう。
「筧のストーリーで考えると俺と大智が捕まらなきゃ
いいんだ」
「無理だろ。密室だし、向こうは社長を入れて4人
いるんだぜ?」
「やっぱ無理か。てかさ社長ってホントにいると
思う?」
今、モニターの中で右近が話している会議のこと。
その会議は本当に行われるのだろうか。
鏑木と篠原が入室した時点で終わりとするなら社長は
登場しなくてもいいのだ。
「咲が今の時点で右近、上川、丹下を見てなんにも
思い出せてないじゃん。
だから俺はいると思う。社長が黒幕」
「じゃあ、咲くんは社長のことは知ってるかもしれないってことだね」
島山が社長のことを知っていて、そこで初めて今回の
カラクリの理由を知るという流れなのか。
相変わらず落ち着いている筧はモニターの中の右近を
見て微笑みを浮かべていた。
右近が帰ってすぐに島山が右近が座っていた場所に
座り、テーブルの下から指先でつまめるほどの黒い
小さな箱型のものを取った。
島山が指先でつまんで全員に見せる。
メンバーはみんなそれが右近が仕掛けた盗聴器だと
わかっていたが、音が拾われるので何も言わずに頷いていた。
「さて!お客様も帰ったことだし。
予定通りゴミ出しするか」
島山が大きな声でそう言うと、近くにいた鏑木が返事をした。
「そうだね。今日は粗大ゴミ収集が来るからこの古い
テーブルを捨てよう」
「よーし、大智反対側持って」
「OK」
そう言いながらも島山と鏑木は長椅子に座ったままだ。
数分して島山が指でつまんでいた盗聴器を床に置いて
足で踏み潰した。
「一個だけみたい。
あとは盗聴探知機の反応はないよ」
「くだらねえ置き土産なんかしていきやがって。
でもこれでわかったようなもんだ」
筧、藤井、そして篠原がそれぞれ長椅子に分かれて
座り、5人で頭を突き合わせた。
「どうやら狙われてるのは咲みたいだな」
「だな。どうする?今からでも依頼断れるぞ。
俺はどうでもいいけどこうなると大智と篠原が危険だ」
「なんて言って断るのよ。
ここまで来たら全員で突破するしかないんじゃない?
俺と篠は表に出てるだけでみんな一緒なんだし」
「そうだよ。それに咲だって因縁知りたいだろ。
どんな因縁かわかんないけどここで潰してる方が
いい。俺と大智は大丈夫。
逃げない方が今後の咲のためだよ」
表に出ることになる鏑木と篠原の声に島山は頷く。
メンバー全員が全員を守る。
いつもの仕事となんら変わりなどない。
力強いメンバーたちの声に、島山は信念のまま突き進もうと思った。
明日はいよいよ株式会社ライトレフトの企画部の会議
に身代わりとして入る日。
島山は自宅のベッドで目を閉じていた。
今日メンバー全員で最終確認をし、万全なはずなの
だが今回の依頼は目的が違う。
依頼人右近龍二は社長を怒らせないため、
そして上川虎之助と丹下核をクビにさせないために
会議に出席する上川と丹下の身代わりを頼んできた。
それだけなら簡単な依頼だ。しかし今回は裏がある。裏の裏まであるかもしれない。
しかもそれにどうやら島山が関わっているような
のだ。
「全然わかんねえ」
目を閉じた島山がひとりごちる。
このセリフもさっきから何度も吐いているので飽き飽きしているぐらいだ。
携帯を手探りで取った島山はそれを見ることもなく
胸に当てる。
一番怖いのは鏑木と篠原を守れなかった時なのだ。
それを考えると胸がギュッと締め付けられる。
携帯で押さえても押さえてもその変な胸騒ぎのような
痛みは消えることはなかった。
その時島山の携帯が短く震える。
目を開け、眩しい画面にしかめ面をすると篠原からの
ラインだった。
【眠れそう?】
その文字に島山が携帯の左上の時計を見るともう深夜
1時を回っている。
明日は9:30の出社に合わせて筧を除く4人で株式会社
ライトレフトへ向かう。
その前に事務所に寄るので結構早起きをしなければならなかった。
この時間だ。島山が眠っていると篠原は考えなかったのだろうか。
まるで島山の行動を見ていたかのような篠原からの
ラインに島山は微笑んだ。
【眠れない】
【だと思った】
だと思った、という篠原の声が聞こえてきそうで島山はさらに微笑んだ。
【しりとりでもする?】
「しりとり?おもろいなこいつ」
【俺しりとり弱いのよ】
【つまらんヤツだな】
微笑んでいた島山は声出して笑った。
篠原も眠れないのだろう。
篠原も自分のことより島山になにかあった時のことを
考えている。
それが島山には手に取るようにわかった。
【明日の仕事終わったらデートしようぜ】
島山がそう返信すると既読はついたものの篠原からの
返信がなかなかなかった。
島山が消えそうな画面をタップして繋いでいると、
何回目かのタップをした時に、やっと篠原から返信が
来た。
【うん】
「それだけ?あいつマジでおもろいな」
そして可愛い。
島山は携帯の向こうで照れて赤くなっている篠原を想像した。
【よし】
【明日は全員無事に連れて帰る】
【篠原とデートしないとだからな】
島山がそう返信すると今度はすぐに篠原から返信があった。
【当たり前】
【みんなでかすり傷ひとつナシで帰ろう】
「そっちかよ。デートじゃなくて?」
篠原のおかげでいつの間にか締め付けられていた胸は
解放され、島山に笑顔が戻っていた。
そうだ。いつも通りみんなで帰るだけだ。
篠原と、おやすみと言い合ってラインを終わる。
島山はベッドから起き上がり窓際へ行った。
「みんなで、帰ろう」
島山の言葉は窓に当たって自分に跳ね返る。
胸に手を当てて、島山は真っ黒の夜の闇を見つめた。
月曜日の朝、9:20。
上川をコピーした篠原、丹下をコピーした鏑木が株式会社ライトレフトのある雑居ビルの一室に入る。
右近におはようございます、と言って各々の机についた。
「二度見もしないな。普通なら完璧なコピーに驚いた
様子を見せるもんだけど…
まあ、上川と丹下はどこかでスタンバってるんだもんな」
筧の声が全員の耳の中で響く。
完璧にコピーしている鏑木と篠原を見て本人が入って
来たのかと驚くはずなのに、右近は鏑木と篠原を見て、まるでコピーで当たり前というような感じを出していた。
「何が起こるかわからないから。
みんな気を抜かないように。
今のところ隣の部屋には誰もいない」
隣の部屋に誰もいないということは、社長は後々やってくるのだろうか。
上川をコピーした篠原が机の引き出しを開けると、
先日上川が見ていたファイルが入っていた。
他の引き出しも開けてみたが何もない。
逆に言うと上川の机の中にはそのファイルしか入って
いなかった。
「篠。中身も確認して」
筧の指示を聞いた篠原が、これも先日上川がしていた
ように頬杖をついて片手でファイルの中を見始める。
予想通りどのページを見ても白紙だった。
「俺たちが怪しむのも気にしてない感じだよな。
大智。パソコンは?」
こちらも丹下が先日仕事をしているフリに使っていた
パソコンを、丹下をコピーした鏑木が開ける。
立ち上がるまで携帯を触っていた鏑木は筧にラインを
した。
【右近はパソコンでゲームしてる】
鏑木の机は右近の横顔が見える角度だ。
少し首を伸ばせば右近が机に置いてあるパソコンが
見える。
その画面はトランプを並び替えるゲームだった。
「おもろいな。なめてんのか」
筧がくくく、と笑う。
司令塔である筧の余裕な笑いに全員が頼もしく感じて
いた。
丹下をコピーしている鏑木のパソコンにもゲームしか
入っていなかった。
ファイルなどを調べたが最初から入っている写真や
ビデオしかなかった。
あわてて作ったこの会社を隠すこともない右近の余裕。
鏑木と篠原が右近に話しかけることもないまま10:00になる。
カチャ、と小さな音がしんとした部屋にやたらと大きく響き、入り口のドアがスーッと開いた。




