身代わり人、これが俺らの仕事だよ【1】
次の日の朝10:00に鏑木と篠原は、依頼者右近の勤める株式会社ライトレフトを訪れた。
作業服に身を包んだ二人は大きなバッグを肩から掛けている。
どこから見ても外部の修理業者だった。
ライトレフトは小さな会社だった。
雑居ビルのワンフロアにあり、エレベーターを降りると島山代行事務所のようにいきなり社名が印字されたドアが見えた。
鏑木がノックすると中から出てきたのは依頼者の
右近龍二。
何かを言い出しそうに口を開いた右近に、鏑木が
ニコッと笑った。
「おはようございます。
お電話いただきましたハラシノサービスです。
コピー機の修理に伺いました」
「あ、…よろしくお願いします」
右近がドアを開けて鏑木を中に入れる。
続いて篠原もおはようございます、と頭を下げて中に
入った。
通された部屋にはあちこち向いた机が4台。
壁にはほとんど何も入っていないガラス戸の棚、
そしてコピー機。
窓にはブラインドやロールスクリーンはなく外が丸見えだった。
丸見えとはいえ4階なので通行人からは見えないが、
すぐそばにビルがあるのに気にならないのだろうか。
そんなことを考えながら鏑木と篠原はコピー機の前に
大きなバッグを置いた。
「では修理に取り掛かります」
「はい。お願いします」
まだ上川虎之助と丹下核は出社していないのか。
終始なにか言いたそうにしている右近と目を合わせずに、鏑木と篠原はコピー機を開けた。
その時、ちょうど入り口反対側の壁にあったドアから、背の高いがっしりとした短髪の男が乱暴にドアを
開けて出てきた。
「やっと修理入れたんですか」
「そうなんだよ。とうとう使いにくくなっちゃって」
「やること遅いんすよ。社長も右近さんも」
ドカッと男が机の椅子に座る。
何もないキレイな机の上に引き出しから出した
ファイルを置いてパラパラと中身を見始めた。
「上川虎之助だな」
口を動かさずに篠原が鏑木にしか聞こえない声で
囁く。
修理をしているフリをして手を動かしていた鏑木が
視線だけで頷いた。
昨日右近がまとめてくれた資料に書いてあった
上川虎之助の特徴と一致していた。
見た目もだが上からのもの言い。
言いたことをズバズバ言う性格というのも一致していた。
「月曜日の会議、頼んだぞ」
右近が上川から少し離れた机の椅子に
座って、上川と同じく引き出しからファイルを取り出す。
この二人の机だけではなく全ての机が新しく、そして
仕事をしているように見えないほど何も置いていなかった。
最近のオフィスはオシャレだ。
机の置き方もビシッと揃っていないのが鏑木と篠原には新しい感じがした。
カチャ、と音がして、先ほど鏑木と篠原が入ってきた
入り口のドアからひとりの男が入ってきた。
上川と真逆な感じで痩せ型、今風のオシャレなヘアスタイルの男だった。
「おはようございます」
「おはよう」
「おはようっす」
ここの始業時間は9:30だ。
10:00を過ぎて入ってきた男は完全に遅刻。
しかしそれをとがめることもなく、右近も上川も
入ってきた男に挨拶はしたものの顔を上げることなく
ファイルをめくっていた。
二人のその仕草で入ってきた男は社長ではなく、
丹下だということが鏑木と篠原にはわかった。
「出ないって言いましたよ」
「気持ち変わらないか」
「変わりませんよ。時間の無駄」
机の椅子に座った丹下は自ら持ってきたノートパソコンを机の上に置き、立ち上げている間、携帯を見ていた。
「丹下、」
「すみません右近さん。何度言われても僕も欠席
させていただきます」
丹下は上川とはものの言い方も真逆で丁寧に話す。
コピー機を分解しながら篠原と鏑木は二人の特徴を
とらえていった。
コピー機を触るガチャガチャという音以外は静かな
部屋。社長はどこにいるのだろう。
このフロアにはこの部屋と上川が出てきたドアの奥に
部屋があるだけのようだ。
もしかしたら上川が出てきたのは部屋ではなく廊下が
奥に続いていて、さらに部屋がいくつかあるのかも
しれない。
「困ったなあ。社長、怒るどころか…」
「クビを切りたきゃ切ればいい。
社長について行く気なんてもうさらさらないですよ」
「ここの仕事は好きなんですが、社長の言うことを
聞くだけではこの会社も僕たちも成長できないと思うんです」
右近には聞いていたが社長は自分の言う通りにことを
進める人間なのだ。
ことを進めるために人手が必要なだけだ。
社員の意見も聞かなければ、社員のことを人間だと
思っていない。
会話から見えてくる社長像に鏑木と篠原は3人に同情
した。
何度も何度も右近が会議に出るように頼んだが、
上川も丹下も首を縦にふらなかった。
「右近さんは社長のやり方に賛同してんのかな」
天井の排気口から部屋の様子を見ていた藤井がひとり
つぶやく。
服が擦れる音を鳴らしながら、ほふく前進で島山が
藤井の隣にやってきた。
「おかえりー」
「隣はここより小さい部屋だった」
「そこから向こうには行けなかった?」
島山と藤井も間取りが気になったのだろう。
島山が天井裏を探検しに行っていたのだ。
ビルなので排気口が繋がっている狭い空間しかない。
調べるとこのフロアには部屋が二つしかなかった。
会社、といってもピンキリだ。
大きなものから一人社長の会社もある。
フロアの広さだけでは会社の規模は測れないが、
隣の部屋から上川が出てきたところを見ると社長の
いる部屋はここにはなさそうだった。
「なんか変だよな。ここ」
「まあね。一概には言えないけど」
「で、哉太の方はなんか動きあった?」
排気口に島山が顔を近づけると、鏑木と篠原は黙々と
コピー機の前で作業している。
各々の机に座っている3人は今は話さずに仕事をして
いるようだった。
「特にないよ。ねえ、咲くん。右近さんて社長の味方
なのかな」
「かもしんないよな。で、上川と丹下の味方でもある」
身代わりをたてるのだ。
上川と丹下が会議に出席しないように、右近は念押し
したのだろう。
最後の希望もあったのかもしれないが。
何度も上川と丹下に来るように促していたが、二人は
行かないの一点張り。
それを右近は予想していたからこそ島山代行事務所に
依頼してきたのだ。
「やっぱこの会社変だな。生活感がない」
「咲くんもそう思う?俺も思ってた。
例えるなら…モデルハウスみたいな」
「そうそう。人が住んでるように見せてるのに住んでる感じがしない。
このフロアって…そうだよな」
急遽作られたみたいな感じがする。
今時の会社は生活感などないのかもしれないが、
それとは違う。
藤井が顔のすぐ近くにある自分の腕をそっと移動させて腕時計を確認すると、そろそろ1時間が経つ頃だった。
バタン、と鏑木がコピー機を閉める。
昨夜ネットで見た【コピー機の直し方】の通りにして
みたがどこも壊れている感じはなかった。
「すみません。一応終わりましたので試しにコピー
させていただいていいですか?」
「はい、お願いします」
返事をしたのはもちろん右近。
他の二人はパソコンやファイルを見ていて、鏑木の声に顔も上げなかった。
鏑木がてきとうに持ってきたチラシをコピーする。
コピー機には情報が残るのでヘタな物はコピーできない。
試しに使ったのは駅前のうどん屋のオープン記念
クーポン付きのチラシだった。
念のためコピーが終わった後にコピー履歴を見てみる。
そこには今コピーしたチラシの情報しかなかった。
「リセットもしてない…よな」
「どういうこと?」
鏑木と篠原がお互いにしか聞こえない声で話す。
篠原も確認してみたが鏑木がコピーしたチラシだけが
小さなディスプレイの中の【履歴】のところにあった。
「今のところ大丈夫そうです。
もしまた調子が悪かったらご連絡いただけますか?」
「わかりました。ありがとうございました。
助かりました」
出していた工具などをバッグに入れて鏑木と篠原が 立ち上がる。
右近は椅子から立ったが、上川は机に肘をついたまま。
丹下はパソコンから顔を上げてご苦労様でした、と
軽く頭を下げた。
「ん?」
小さな双眼鏡を目に当てていた島山がさらに排気口へ
顔を近づける。
檻のようになっているその隙間に双眼鏡を押し当てた。
「どしたの」
鏑木と篠原、そして見送りに出た右近は、もう出たので部屋にはいない。
上川と丹下はさっきと同じ姿勢だ。
藤井が仕掛けたカメラを調整しながら、ずっと双眼鏡で見ている島山の方に近づいた。
「哉太。上川の見てるファイル見てみて」
島山が藤井に双眼鏡を渡す。その間にも上川はペラペラとファイルをめくっていた。
「え」
「だろ?」
「え。え。どういうこと?」
上川がさっきから見ているファイル。その中身がどの
ページも白紙だったのだ。
「サボってるって感じじゃないよね」
「んー。なんなんだこれ」
上川の白紙のファイルだけではない。
この会社、そして上川、丹下、全てが何かおかしい。
引っかかって仕方がないのだ。
ここからのカメラの映像は事務所でも確認できる。
疑問は全て持ち帰ることにして島山と藤井はほふく前進で排気通路を移動して外に出た。
島山代行事務所の長椅子に5人が座る。
株式会社ライトレフトの入っている雑居ビルの間取り図を入手した筧が、それをプリントアウトしたものを
真ん中のテーブルに広げた。
「ここがエレベーター。真正面にドアで…
この中は振り分け式ではなく、繋がって二部屋あるだけだわ」
「上川が最初にいたのが、こっちの部屋だな」
筧の説明を聞いてから、鏑木が自分たちがいた部屋と
続きの部屋の上に指を置いた。
「その、上川が最初にいた部屋にはパイプ椅子がひとつあるだけであとはなんもなかったよ」
実際に排気口から隣の部屋を見た島山が腕を組んで、
間取り図を見た。
パイプ椅子ひとつということは仕事部屋ではない可能性がある。
さっき見た限りは棚もなかった。
「その部屋の窓にブラインドとかロールスクリーンってあった?」
篠原の問いに島山はブンブン、と首を横に振った。
「やっぱり。こっちの部屋も窓がむき出しだった。 それにめちゃめちゃ違和感感じてさ」
「引越ししてきてカーテン間に合わなかったみたいな
感じだよな?わかるわかる」
そして鏑木がガラス戸のついた棚があったがその中には何も入ってなかったのも変だ、と島山と篠原の話に
付け加えた。
「コピー機も新品だったんだよ。
昨日コピー機の修理の仕方のサイトで少し勉強したんだけど、トナーを交換した形跡もないし消耗するべき
ところもキレイで」
「大智に見せてもらったんだけど履歴が…
大智が試験的にコピーしたチラシしかなかったんだよ」
右近が調子が悪いと言っていたコピー機にも違和感を
感じた、と鏑木と篠原が顔を見合わせて頷いた。
「極め付けは上川が見てたファイル」
「引き出しから出して、中身を見てたヤツだな?」
島山が鏑木に頷く。
藤井が排気口に仕掛けたカメラの映像を写したパソコンの画面をみんなに見せ、マウスをクリクリとすると
画面がだんだんと上川に向かってアップになった、
「画像悪いけど、わかるよね?」
「白紙?字が小さいとかじゃないよね?」
「それはない。俺と哉太が双眼鏡で確認したけど白紙
だった」
筧が画面に顔を近づける。そして、白紙だ、とつぶやいた。
違和感だらけの二つの部屋。仕事をしているフリ。
そして社長はどこにいるのか。
みんなで話し合ってこれらの材料を並べ替えてみる。
目的はなんなのか。
右近は本当は何がしたいのか。
「わっかんねえー」
島山が頭をボリボリと掻く。
隣に座っていた篠原がパソコンの画面を見ながら眉を寄せた。
「この株式会社ライトレフトってのが、今回の依頼を
するために作られた会社だとして…
俺たちが帰った後もまだ仕事してるフリしてんのは
なんでなんだろ」
パソコンの画面には藤井が排気口に仕掛けたカメラがリアルタイムの映像を送ってきている。
その中で上川、丹下、そして右近は話すこともなく
黙々と仕事をしている “フリ” をしていた。
「カメラバレてんのかな」
「でも哉太、あんなちっこいカメラ見えるわけねえよ?」
「カメラは見えてないと思うけど、どこかに仕掛けられてる、ぐらいに思って行動してるのかも」
藤井の意見に島山も篠原と同じように眉根を寄せた。
「本当の目的は…俺たちに、いや、俺たちの【誰か】に用があるって感じかな」
鏑木が低い声でつぶやくと全員が合わせたように
頷く。
その内容を掴むには材料が無さすぎるので、ここは
相手の懐に飛び込むしかなかった。
来週の月曜日に上川と丹下の身代わりとして会社に
行く鏑木と篠原。
本当の依頼はなんなのか。
わからないまま行かなければならないのだ。
「ねえ、右近さんもう一回来るでしょ。
その時に聞き出せないかな」
昨日右近が持ってきた資料を見ていた筧が島山の方を
見た。
「核心はつけないけど、なんかもう少しヒントほしく
ない?」
「そうだよな。でも聞くっていうよりは、右近さんの
観察、の方がいいのかもな」
「確かに。何聞いていいかわかんないもんね」
明後日右近が最終打ち合わせとしてここへ来る。
なにかひとつでも材料がもらえれば。
パソコンの画面にはまだ黙々と仕事をしている3人が
写っていた。
島山代行事務所の奥にある部屋。
片方の壁際に仮眠用の小さなベッドを置いてあるが、
もう片方の壁には机が並んでいるいわば仕事部屋だ。
排気口に仕掛けたカメラの映像を映したパソコンが
机の上に置かれている。
鏑木がひとり椅子に座ってその画像をじっと見ていた。
「あー。やられたわ」
鏑木の声に机で資料を見ていた篠原と藤井が振り向く。
二人の後ろの窓から差し込んできた夕陽がパソコンを
見ている鏑木の横顔をオレンジに染めていた。
「動きが少ないと思ったらこれ、ビデオだ」
「ビデオ?録画されたものってこと?」
篠原と藤井が自分の椅子を転がして来て鏑木の横に
並ぶ。
パソコンの画面では相変わらず頬杖をついたりしながら右近、上川、丹下が仕事をしている。
その映像の中、鏑木の指がさしたのはブラインドも
何もない開けっぱなしの窓だった。




