非日常へようこそ
ストーカーに殺人予告を出された国会議員の息子。
今はまだシャッターで閉ざされているガレージからそろそろ出てくる時刻だ。
屋敷と言った方がしっくりくる大きな家から伸びた一本道は三叉路に繋がっている。
一本道の両側は普通の住宅なので隠れることは不可能。
父親の顔を立てるための会食。いや、いずれは世襲議員となる息子のためか。
いずれにせよ外せない外出なのだ。
会食の場所を島山代行事務所は知らされているので、三叉路をどこも曲がらず真っ直ぐに車が進むことはわかっていた。
「曲がるにしても真っ直ぐ行くにしても三叉路だ。
差し掛かったらスピードを落とす」
「その時が狙い目、ってことですか」
「ビンゴ。やっぱ篠原賢いわ」
島山がバカにして言っているのではないことは篠原にはもうわかるので、あえてつっこまずに黙々と隣を歩く。
マンションから出てぐるりと周り、三叉路のうちの車がやってくるであろう道と反対側に出た。
車がガレージから出た合図を受けたら、何食わぬ顔で国会議員の家に向かってゆっくりと歩いて行く、と島山が篠原に説明した。
「合図あるんですか?鏑木さん、大丈夫って言ってましたよ。
俺たちが帰ったって思ってますよね」
「そう言ってたけどな。
大智のことだから俺がこの辺うろついてろことぐらい読んでんだろ。
大智は一個下なんだけど大学の同級生なんだよ。
付き合い長いからなあ」
「ダブったんですか?所長」
「お前、人聞きの悪いこと言うなよ。一浪だよ」
頭悪くてさ、と島山が笑う。
試験無しでも入れる大学がごろごろある今の時代、頭が悪いのではなく島山はどうしてもその大学に入りたかったのだろう。
「そこで大智と仲良くなってこの事務所を作った」
「へえ。すごい。
筧さんは大学の後輩だったんですか?」
筧桜輔は島山のことを “咲” と気軽に呼んでいるので仲の良い後輩、というイメージだ。
話し方で頭の良さそうな感じも篠原は受けていた。
「筧は面接で入ったのよ。
後輩どころか筧はお前とタメだから俺の一個上。
28歳だよ」
「えええっ!」
つい大声を出してしまった篠原が自分の口を強く塞ぐ。
しかし普通の通行人になりすましているので、こそこそ話してるよりもこっちの方がかえって自然な感じでいいのだ。
島山も篠原に合わせてははは!と持ち前の大声で笑った。
「マジですか。めっちゃ若く見えません?筧さん」
「見えるよな。
だから年齢順に言うと筧、篠原が28だろ?
その次が俺で27。大智が26で哉太は24」
「24…」
息子をコピーした藤井哉太の写真しか見ていない篠原が首を傾げた。
国会議員の息子は40歳。
コピーしているからなのはわかるが写真の藤井もそれぐらいの年齢に見えたのに、まさかの24歳だとは。
篠原が首を傾げるのも無理はなかった。
「あ、ほら。ほらほら」
ポケットから携帯を出して開いたラインを島山が篠原に見せる。
もちろん鏑木からだったのだが、こうしているとふたりは本当に道を歩いているただの人だった。
【咲いるんでしょ?篠原さんもかな?】
【今から出るね】
緊張もなにも感じられない鏑木からのライン。
そして緊張もなにも感じられない島山。
大丈夫なのだろうか、といよいよ始まるストーカーとの遭遇に篠原の心臓は大きく鳴った。
「ジュースでも買うか」
もう出ると鏑木が言っているのに道端にあった自販機の前で島山が立ち止まって缶ジュースを2本買う。
ゴトンゴトンと続けて出てきた缶を取り出して島山は篠原に一本渡した。
「なんで缶」
「たまにはいいだろ?
ペットボトルばっか飲んでんじゃねえよ!」
「なに言ってんすか」
道の向こうから眩しいライトがだんだんと大きくなる。
島山と篠原以外にも数人いた通行人が眩しそうにしながら道の脇に寄って歩いていた。
息子をコピーした藤井が乗った車が三叉路でスピードを落とす。
運転手が左右を確認していたその時、
車に近づいたひとりの男か眩しいライトの向こうに見えた。
「所長、」
「もー。その呼び方好きじゃないって」
後ろにいた篠原には振り向いて島山はニコッと笑った。
三叉路で一旦停止をした時、コンコン、窓をノックされて運転手が窓を開けた。
スーッと降りていく車の窓。
なかなかガタイのいい男が帽子を被り、マスクをしていた。
「なんですか?」
運転手が開いた窓からその男にそう聞くと、男は目だけで周りを見渡してから運転手を見つめた。
「車の後ろから煙が出てますよ」
「え!」
ビックリした運転手が車の後ろを見に行こうとあわててドアを開ける。
そのドアをグッと押さえて男は立とうとしていた運転手を自分の体で蓋をするようにして車内に閉じ込めた。
車内に頭を突っ込んだカタチになった男は後部座席を確認する。
間違いない。男がずっと追いかけていた国会議員の息子が後部座席に怯えた顔で座っていた。
「なんなんですか!」
押さえ込まれながらも声を上げた運転手。
なりすましていたのは鏑木大智だった。
すぐにでも男を取り押さえることはできるのだが、
まずはこの男がストーカーだということを吐かせることからだ。
ここまできてしらばっくれられても困る。
鏑木は苦しそうに小さく呻き声を出した。
「お前には用はない。俺が用があるのは後ろの人だ」
「何をするつもりだ!」
運転手である鏑木の声を無視した男はじっと後部座席の息子を見つめる。
その目を見てこの男が息子に恋心を抱く本物のストーカーであることを鏑木は確信した。
「殺すなんて脅してごめんなさい。
そうでもしないとあなたに俺の存在を知ってもらえない」
「…お前がストーカーだな」
急にしおらしい声を出したストーカーとは逆に、息子をコピーした藤井は憎しみを込めた低い声を放つ。
そんな声なのに、それを聞いたストーカーはうっとりとした顔をした。
「知っててくれたんですか。うれしいです。
殺したりなんてもちろんしません。
俺と一緒に来てください」
「行くわけないだろ。お前は何者なんだ」
息子をコピーしている藤井が放つ声は息子の声そのものなのだろう。
恋焦がれで追いかけていたストーカーにバレないのだからたいしたものだ。
今回初めてコピーを担当したのに、と男に押さえられながら鏑木は感心していた。
「あなたはこれから俺と二人で暮らすんです。
ずっと二人で。誰にも邪魔されずに」
「バカなことを言うな」
「聞いてもらえないんですか。俺の願い」
「当たり前だ。運転手を放しなさい」
息子に願いを聞いてもらえなかったストーカーはうっとりとしていた顔を一気に険しくさせる。
鏑木を押さえていた片方の手を放して、代わりに膝を鏑木の腹に食い込ませた。
「ううっ…」
「やめろ!運転手を放せ!」
「願いを聞いてもらえないなら仕方ない。
あなたが他の人のものになるぐらいなら…」
これでもうこの男がストーカー本人で、息子の命を狙う犯人だという証拠を手に入れた。
もう取り押さえても大丈夫だろう。
唯一空けておいた鏑木の手がスッと伸びてストーカーの首を掴む。
それと同時にうわっ!と叫んだストーカーがのけぞり、鏑木の方に腹を突き出した。
「ぐあっ!」
大声で叫んだストーカーは自分の右手を左手で握りしめて体を震わせている。
鏑木が首をさらに強く掴むと力尽きたストーカーの体が鏑木に覆い被さるように倒れた。
首を掴んでいた手をそのままグイッと前に押し、鏑木が車内から出てストーカーを外へ放り出した。
うつ伏せに倒し、起き上がれないように鏑木がその肩に足をどん、と置く。
地面にだらりと垂れているストーカーの右手が真っ赤になって腫れ、指が歪んでいた。
「お前野球部だったっけ?」
車から数メートル離れたところにいた二つの影に鏑木が微笑む。
ワシャワシャと頭を掻きながら島山が篠原を連れて近づいてきた。
「んなわけねえだろ。
こういう時は当たるようになってんだよ」
うつ伏せに押さえつけられている男のそばにへこんだ缶が転がっている。
数メートル離れただけのところから投げたら、そりゃ指の骨も折れるだろう、と鏑木が笑った。
「俺がしゃしゃんなくても大丈夫なのはわかってだけど、後ろポケットに物騒なもの持ってるのがわかったからさあ」
「いやいや気づいてなかったから助かった。
でも…もう全然いけると思わない?」
うんうん、とうれしそうに頷く島山の横で篠原は頭が混乱していた。
ストーカーに狙われているということを国会議員と息子は公にできない。
ということはこのストーカーは警察に突き出せないのだ。だとしたらこの後どうするのか。
「お!篠原!それ気になるよな?」
「まだ何も言ってませんけど」
そっかそっか、と島山が大きな口で笑う。
整った顔立ちなのに笑うと子供みたいだ。
鏑木が携帯で国会議員の家へ連絡を入れる。
通り過ぎていく人たちが不思議そうに押さえつけられている男を見ていた。
すっかり夜になった黒い道。
上がってきた月明かりが力尽きておとなしくなったストーカーの男に落ちていた。
「こいつは、
今から依頼してきた国会議員に渡すだけだ」
「…どうなるんですか?こいつ」
国会議員の手によってもう二度と息子に近づかないようにされる。しかしどうやって。
金を握らせるなんてことはしないだろう。
鏑木が未遂に終わらせたが犯罪者なのだから。
警察に逮捕された方がまだ安心なのでは、と篠原は考えていた。
「知らね」
「冷たいんですね。所長」
「なんとでも言え。俺らの仕事はここまでだ。
後は知ったこっちゃねえよ」
家の方から車のライトが近づいてきた。
鏑木に足を乗せられてうつ伏せになっているストーカーの男のそばに島山がしゃがみ込んだ。
鏑木から連絡を受けた国会議員が派遣した車が三叉路の端に停まる。
中から降りてきた制服を着た三人の警備員がストーカーの男を掴んで立たせた。
「ありがとうございます。家の方にお越しください」
「わかりました」
鏑木がそう答えると同時に三人の警備員が引きずるようにしてストーカーの男を車に乗せた。
家の方に向かって走っていく車を島山、鏑木、篠原の三人で見送る。
完全に車の姿が見えなくなってから鏑木が乗ってきた車の中をのぞき込んだ。
「哉太。もういいよ」
「おつかれー」
国会議員の息子のコピーをしていた時の低く渋い声はどこへやら。
若くて可愛らしい声が車の中から聞こえてきて
今回のコピー、藤井哉太が降りてきた。
「デカっ」
「息子、190cmだから。シークレットインソールで
10cmぐらい高くしてんの」
「脱いでもデカいのにな。おつかれさん」
藤井を労っている鏑木と、デカいといって笑いながら見上げている島山。
その真ん中にいた国会議員の息子をコピーしていた藤井が篠原に微笑みかけた。
「篠原さん初めまして。藤井哉太です」
「篠原翔毅です。初めまして。
よろしくお願いします」
息子に見えていた藤井の顔というか表情がみるみる変わっていく。
さっきまで40そこそこの男に見えていたのに、今篠原の目の前で大きな目をくりくりとさせて笑っている藤井は若い男の子だった。
「すごい…」
「うまくいって良かった。
普段から大智くんのウォッチをやってたからだよ」
「おい篠原。感動してる場合じゃねえぞ?
お前もコピーをやるんだから。
大智と哉太にみっちり仕込んでもらえよ!」
篠原の肩をバシン!と島山が叩いたが篠原は微笑むこともなくじっとしていた。
「じゃあ俺たち家の方に車で戻るわ」
「また後でね!咲くん。篠くん!」
「篠…くん?」
藤井の笑顔に釣られて固くなっていた表情の篠原が少し緩む。
鏑木がそんな篠原に近づいてきて耳元でささやいた。
「咲がさっきストーカーの男のそばに
しゃがみこんだだろ」
「…はい」
「相手の言うこと聞いとけ、って言ってたんだよ。
そしてもう二度と罪を犯すなって。
相手の言うことを聞いておとなしくしてたら命だけは助けてもらえるから」
「所長がそんなことを」
篠原の表情が固かったのはこれからコピーをやらされるからではない。
これからあのストーカーは国会議員サイドに引き渡されてどうなるのか。
そしてそんなストーカーの男の行く末を島山がどうでもいい、と言ったのが引っかかっていたのだ。
これからの心構えひとつで変わる。
島山がそれをそっとストーカーの男に教えたことを
鏑木が篠原に伝えた。
鏑木は篠原の思いがわかっていたのだ。
少なからずもう篠原は島山についていこうとしていることも。
鏑木が、もう全然いけるんじゃない?と島山に言ったのも篠原のことで、うんうん、と頷いていた島山にも篠原の思いはわかっているのだ。
「咲は、あいつはそういう男なんだよ」
「はい」
「あと、咲ももう言ってると思うけど敬語はなしね。
ファミリーみたいなもんだから。俺たちは」
「はい、あ、うん」
年もバラバラで性格ももちろん違う4人。
そこに入ることを決めたらしい篠原もなかなか個性的な男なのだ。
ファミリー、と言われてなんだかしっくりきた自分に篠原自信が驚いていた。
「大智くん」
「うん。行こっか」
藤井と鏑木が乗り込んだ車が遠ざかっていく。
テイルランプがだんだんと小さくなって夜に溶け込んでいった。
「俺らも帰るか」
「所長、」
「その呼び方好きじゃねえって。咲でいいよ。
みんなそう呼んでるから」
「あの、咲、」
「ヤベ!なんか照れるなあ!
彼女に初めて名前呼びしてもらったみたいじゃん!」
「話が進まないから」
道に転がっていた缶を拾った島山が本当に楽しそうに笑う。
篠原もポケットに入れたままだった缶ジュースを握った。
本物かどうかもわからないが、ストーカーの男が後ろポケットからそのまま拳銃を出していたらどうなっていたか。
鏑木はもちろん拳銃やナイフをストーカーの男が持っている場合の対処もできたはずだが、いかんせん近すぎた。
ストーカーの手を目掛けて缶ジュースをシュッ!と
投げた島山はそのことも計算していたのだろうか。
映画やドラマで見るようなシーンが篠原の目の前で繰り広げられた。
そして篠原はその意味を考えていた。
「藤井さん…哉太が心配だった、ってのもあるんだろうけど、俺に現場を見せるために、来たの?」
「俺がそこまで気が回る男だと思うか?」
「いや、咲のこと全然まだわかんないから」
わからないけど島山は悪い人ではないことだけはわかる。
上に立つ人間に相応しい。
まだ核心にまでは届いてはいないがこの数時間で篠原はそう感じていた。
「じゃあもっと俺のこと知ってくれ」
「まあ、はあ」
「ヤベ!付き合いたてみたいじゃん!」
「それやめてもらえる?」
外灯が照らす道をふたりで並んで歩く。
森のように顔を寄せ合っている国会議員の家を取り囲む木々たちも、今頃は真っ黒になってなにもかも隠しているのだろう。
まさに夢のような一日だった。
現実世界だという確信もないまま篠原はこれから
バディを組むことになるらしい島山の横顔を見つめた。




