絶望ブリー【7】
「撃ちたきゃ撃てよ」
ニヤリと笑いながら宮良が立ち上がる。
男は構えていた拳銃を宮良の動きに合わせて上方へ移動させた。
「よくよく考えたら、お前がそんなもん手に入れられるわけねえもんな」
「お前?…支店長、やっぱりこの方をご存知なんですね?」
西をコピーした鏑木が男と向かい合っている宮良の目を見つめる。
なんともいえない、吐き気のするような目だった。
「いえいえ。お前みたいなチンピラが、って意味ですよ。
何度も言ってますがこんな男知りません」
あくまでもシラを切り通す宮良に北野をコピーしている島山が内ポケットから封筒を取り出し、中身を広げて宮良に見せた。
「これは、あなたが書いたものですよね?」
拳銃を宮良に向けながら男が顔だけで振り向き、
島山が両手で広げている手紙を見る。
小さく頷いてまた男は宮良の方へ顔を向けた。
「この手紙は支店長の机の引き出しにあったものです」
「知らん!知らんと言ってるだろう!」
せっかく落ち着いて敬語に戻った宮良がまた取り乱して叫ぶ。
宮良の叫びがおさまってから男が口を開いた。
「この手紙を送ったのは、俺のことを宮良が忘れていたらいけないと思ったからなんです。
そして俺がここへ来る間せいぜい怖がるように」
うんうん、と北野をコピーした島山が頷く。
宮良は口を開けて島山と男を交互に見ていた。
「そしてこの手紙を受け取った支店長は、自分の身代わりをしてくれるという人に頼んだんですね」
「な、なんでそれを、」
また宮良の顔色が真っ青になる。
島山代行事務所への依頼はひとりでしたはず。
いくら毎日のように一緒にいるからといって、
北野や西が知っているはずがないのだ。
拳銃を向けられている宮良は悔しそうに唇を震わせた。
「あ、ああ、なるほどな。あの身代わりのやつらめ、裏切ったということか。
だから俺の身代わりをせずに北野と西の身代わりをするとかなんとか言い出したんだ!」
「そういうことですか。
私どもは支店長が外回りもないのに出かけるので、
不思議に思って後をつけただけだったんですが」
墓穴を掘った宮良は悔しさと恐ろしさにすごい顔をしている。
北野に島山代行事務所に入るところを見られて、
調べられただけだったのだ。
これでは手紙を受け取って島山代行事務所に依頼したことも、手紙の内容も、
そして先ほど男が言った罪も宮良が全て認めたことになってしまう。
悔しさのあまりなのだろうか、宮良は狂ったように笑い、目の前の机を蹴った。
「クソっ!」
「支店長、」
「ああそうだよ。俺がこいつを中学の時いじめた」
「なぜそんなことを…」
北野と西をコピーした島山と鏑木が宮良と話しながら男を見ると、男は今にも泣きそうになって持っていた
拳銃をブルブルと震わせている。
何年も何年も耐えて苦しんできたことが、
一気に男に襲いかかってきたみたいだった。
「なぜ?ははは。そうだなあ。ヒマだったから?」
「宮良…てめぇ…」
「ヒマ…だったから…ですか?」
「そうだよ。ヒマで退屈だったからだよ。
あ、あとストレス発散。
お前らにはわかんないだろうけどな、社長の息子のストレスってハンパねえんだよ?」
うわあーー!っと男が大声をあげて引き金を引く。
パン!と乾いた大きな音が部屋に響き、銃弾が宮良の頬をかすめて壁にめり込んだ。
男がかまえている拳銃の筒先から白い煙がゆらりと
揺れて昇る。
弾がかすった宮良の頬から血がゆっくりと流れた。
「ひ、ひ、」
宮良がモデルガンだと思っていた拳銃は本物だった。
コピーしている二人にはもうそれがわかっていたが、いきなりの発砲を止めることは出来なかった。
銃声を聞いた社員は警察に通報するだろう。
時間はもうあまり残されていなかった。
再び宮良が床に崩れ落ちる。
骨を失ったようにぐにゃりとなった膝の下にみるみる水たまりができていった。
男は、宮良が盾にしていた北野の机の上に飛び乗り、見下ろす形で宮良に拳銃を向ける。
涙と涎で濡れた顔で宮良は、小刻みに首を横に振ることしかできなかった。
「ヒマだから、だと?
お前に…人生の大切な時間を奪われてなにもかも
失った俺は、単にお前の暇を潰すための道具だったということか?
暇をつぶすためなら誰でも良かったってことなんだな。
俺に恨みでもあっていじめられた、って方が
まだマシだった…」
北野をコピーした島山と西をコピーした鏑木が
机の両サイドに回る。
涙を流して震えた手で拳銃を持っている男は、宮良しか見えていない。
コピーの二人の動きが見えていないみたいだった。
「支店長。命が欲しかったら罪を認めて、この方に
心から謝罪してください」
「警察に行ったところであなたが不利ですよ」
北野と西をコピーした二人が説得したが、
その声はもう宮良の耳には届いていないのだろう。
失神しそうになった黒目があちこちに揺れていた。
「身代わりを頼んだのも自分だけ助かるため。
北野さんや西さんの命はどうでもいいんだよな」
「…へ?」
急に自分の声に戻した島山に向かって、宮良は泳いでいた視線を持っていく。
その姿は全く理解できない頭で必死に考えているようだった。
「あんたはずっとそうやって生きてきたんだ。
おもしろいから、ヒマだから、ストレス発散したいから、ってイジメをやって、
バレたらこうやって逃げる。
哉太の件で東京から飛ばされたのも自分が悪いなんて1ミリも思ってない」
「哉…太…?」
その時、宮良が背中をつけている壁づたいに置いてある棚と壁の隙間から出てきた藤井が、宮良から少し離れたところで宮良を見つめた。
「お、お前は、」
「涙流して涎垂らして、小便漏らして。
人の命はなんとも思わないのに自分がいざ殺されるってなるとそんなに怖いの?情けない」
「藤井…」
「なにうらめしそうな顔してんの?
恨みたいのはこっち。
お前のせいで学校にも行けなくなって、俺は2回も
死のうとしたんだよ?」
藤井が左腕のシャツをめくる。
時を経て青白くなった数え切れないほどの傷。
今もまだ藤井の左腕に存在していた。
「俺もこの人も人生の大切な時間をお前に奪われたんだよ。
友達もみんな失ったんだよ。
その償いはどうすんの?」
なにか言いたげに宮良が口をパクパク、とする。
ここになぜ藤井がいるのか、これはうつつなのか、とでも考えているのだろうか。
島山が歩いていって宮良の前にしゃがみ込んだ。
「校内放送で動画を流したのは俺だよ」
「北野…」
「北野さんじゃないってもうわかっただろ?
今回のもちゃんと本店、支店に流してやるから楽しみにしてろ」
「やめろ、」
ニコッと笑った島山に宮良は鬼の形相でつかみかかろうと手を伸ばす。
スッと島山が体を後ろに引くと宮良はカエルのようにぺしゃ、と床にひれ伏した。
「この期に及んでまだ自分のことしか考えてないんだ。逆にすごいな。
根性も性格も根っこまで腐り切ってる」
今まで西の声色を真似ていた鏑木が自分の声に戻してそう言うと、顔を床に伏せていた宮良がバッ!とその顔を上げて鏑木を見上げた。
「お前ら、誰だ…」
「誰だ?身代わりになるって、言いましたよね?」
「…バカな」
どこからどう見ても北野と西だった。
こんなに完璧にコピーするなんて思わず島山代行事務所をバカにしていた宮良は北野と西なのに中身が違うことか信じられなかったが、今の二人の声が北野と西とは違うので認めざるを得なかった。
そしていきなり現れた藤井、中学の時の自分がイジメをしていた証拠を校内放送で流したのが島山。
宮良の頭の中の混乱は収拾がつくことはなかった。
「謝れ」
涙を流しながら男は銃口を宮良に向ける。
宮良のすぐ隣でしゃがんでいる島山は拳銃が出しているかすかな音に耳を傾けていた。
「謝れ。俺たちに。土下座して謝れよっ!」
男はそう叫んで肩を震わせて泣いた。
どれだけの思いを積み重ねて、奮い立たせて宮良に
手紙を送ったのか。
藤井には男の思いがわかる。
しかし自分とは違って誰の手も借りずにひとりでここまで来たこの男を、藤井はなんとしてでも助けたかった。
「最初から、俺を騙してたんだな。藤井とグルで、」
「そんなこと言えっつってんじゃねえだろ!
謝れって言ってんだよ!」
怒りが頂点に達した男は宮良めがけて引き金を引いた。
先ほどと同じく大きな乾いた音が鳴る。
固く目を閉じた宮良はあるはずの痛みを感じない。
震えるまぶたを自らの力でこじ開けると視界は真っ暗だった。
あの世にいったのか。
こんな昔のことをほじくり返してきたヤツに殺されるとは。
覚えてろ。コイツも北野も西も、
そして島山代行事務所のヤツらも、藤井も。
宮良が恨みをつらつらと胸に沸かせて体を動かす。
しかし誰かが乗っているみたいに重くて動かない。
真っ暗だった宮良の視界にいつのまにか光が入ってきて、さっきまでと同じく拳銃を構えたあの男が見えた。
銃口からは白い煙が昇っている。
宮良はここでやっと自分に覆い被さった北野、いや、島山が見えた。
「咲っ!」
ずっとロッカーの中から撮影していた篠原が、宮良をかばって飛び出した島山を見て、出ようとする。
その時、耳に入れていたイヤホンから筧の声が聞こえた。
「篠、出るな」
出るな、と筧は言った。
しかし宮良に覆い被さった島山のスーツの肩の辺りに、どんどんと赤黒い血が広がっている。
我を忘れてまた飛び出そうとしていた篠原に、筧はまた声をかぶせた。
「咲なら大丈夫だ。撃たれたのは右肩。心臓は無事。
肺には達していないし弾は貫通していない。
弾さえ出てこなきゃ出血も少なく済む。
篠、よく聞け。咲はちゃんと致命傷にならないように撃たれる場所も計算して飛び込んでるんだ。
哉太が出てしまった以上、撮影できるのは篠だけだ。
哉太のため、犯人のため、そこで一部始終を撮ってくれ」
筧の落ち着いた声に篠原も落ち着きを取り戻す。
銃声が響き、島山が撃たれた時は篠原は頭が真っ白になってなにがなんだかわからなくなった。
島山にもし、なにかあったら、と考えると篠原の足は勝手に出てしまったのだ。
強く踏み出した一歩を、篠原はまた戻す。
ロッカーから肩で息をしている島山を見つめながら撮影を続けた。
「…謝れ」
「…」
自分をかばって撃たれた島山の低い声に宮良は息を
飲んだ。
自分だけ良ければそれでいい、と今まで生きてきた宮良は、誰かを盾にしたことはあっても、盾になってもらったことはない。
数回会っただけの島山が、なぜ命がけで自分をかばったのかを宮良は考えていた。
「なんで、俺を…」
はあ、はあ、という島山の熱い呼吸が宮良の肩の辺りから聞こえる。
島山がもしかしたら命を落とすことになるかもしれないのになぜ自分をかばって被弾したのかが、宮良にはどう考えてもわからなかった。
「お前以外の人間にも…命はあるんだよ」
ふぅ、と大きく息を吐いた島山が宮良の肩に両手を置き、その肩をグッと掴む。
肩を撃たれているはずなのに島山の力はすごかった。
「お前以外の人間にも、お前と同じく命もあれば時間もある。全部大切なものだ。
お前のだけが大切なんじゃない。俺のだけでもない。
全部平等に同じように大切なものなんだ」
自分さえ良ければそれでいいと宮良は思って生きてきた。
自分以外の人間が命を落とそうと時間を奪われようと、そんなことは自分には関係のないことだと。
しかしこの世の人がみんな宮良のような考えなら…
今、目の前で拳銃を震わせて泣いている男と、目を細めて悲しそうに宮良を見ている藤井のように、自分もなっていたかもしれないのだ、と宮良は思った。
「誰の命も奪う権利なんてないんだ。
平等に与えられた時間も、な。
哉太たちの時間を奪い、一歩間違ったら命までも
お前は奪っていたかもしれないんだ」
「……」
「謝ってすむことじゃねえよ。
でもな、地面に頭こすりつけて死ぬほど謝って許してもらうんだよ」
掴んだ宮良の肩に、島山がまたグッと力を入れる。
カクカク、と顔を動かして宮良はうん、と大きく強く頷いた。
宮良が島山の体をそっと離す。
鏑木が島山を受け取って近くの椅子に座らせた。
宮良が正座をして床に両手をつく。
さっきまで島山がいたその床は暖かい。
その温もりは命の温もりなのだ。
温もりに触れながら、宮良は島山の言ったことを
ひとつひとつ噛み締めていた。
まだ拳銃をかまえている男と藤井の名前を呼び、
宮良は床に頭をつけた。
「恨んでも恨みきれないと思う。
許してもらえないこともわかってる。
俺は今の今まで大切なのは自分の命だけだと思ってきたバカな野郎だ。
本当に…本当に…ごめんなさい」
宮良は今までこうして頭を下げて謝ったことなどなかっただろう。
自分以外の人間のことも考えたことがなかっただろう。
命をかけて自分の命を守ってくれた島山に教えてもらうまでは。
男の目から涙がとめどなく溢れる。
目を細めた藤井の頬にも涙が伝っていた。
「今から警察に行く。昔の俺の罪も全て話して、」
「行かなくてもそろそろ来るだろ」
グッタリとしている島山の肩にタオルのようなものを押し当てている鏑木が窓の外へ視線を送る。
警察はまた到着していないようだが、銃声を聞いた
社員たちがぞろぞろと外へ避難していた。
「わたしたちはいなかったことにしてください」
床に頭を押し付けていた宮良がゆっくりと顔を上げる。
確かに島山代行事務所が関わっていないことにするのが良いのかもしれないが、それは無理なのではないか。
もう拳銃を下ろしていた男も宮良と同じく不安そうに鏑木を見つめていた。
「あなたたちのために、そうしたいのは山々ですが…」
声までも震えている男がそう言って床に両手をついている宮良を見下ろす。
目が合った宮良も小さく頷いた。
「あなたが宮良さんに昔の復讐のために手紙を送り、本日ここへ来た。
昔の罪を認めない宮良さんを脅すために壁に向けて発砲した。
撃ったのは一発だけ、と言い切って。
拳銃を買ったルートも正直に話してください。
宮良さんは、さっき言いかけていた通り全ての罪を正直に話してください。
私たちは身代わり人です。
ここにいたのは北野さんと西さんではありません。
なので私たちを抜いても事は成り立つようにしてあります」
確かにそうだった。
島山代行事務所のメンバーがいてもいなくても
ストーリーは同じなのだ。
鏑木の説明に宮良と男は島山代行事務所のメンバーが関わりたくないということではなく、男の罪を軽く
するためだということに気づいた。
遠くからサイレンの音が聞こえてきた。
左腕のシャツを下ろし、そこで涙を拭った藤井が島山に駆け寄る。
筧から指示を受けた篠原が、棚の間から出てきて藤井と共に島山に肩を貸した。
「では私どもは一足先に失礼します」
「あ、ありがとうございました」
宮良の口から自然に出た感謝の言葉。
ほんの数分前までは考えられなかった光景だ。
これからこのふたりが幸せな人生の時間を歩んでいけることを、島山、鏑木、藤井、篠原の面々は願っていた。
鏑木が先にドアを開けて部屋の外を確認する。
銃声に怯えた社員たちは屋外に避難しているため、幸いにも誰もいなかった。
「藤井…」
宮良の声に藤井が振り向くと、北野の机の向こうで
立ち上がった宮良が腰を折って、深く藤井に向かって
頭を下げていた。
「藤井、本当にごめんなさい。そしてありがとう。
藤井が作ってくれたこの道、これからは一生懸命がんばる」
「いくら息子でも本当に出来の悪いヤツは支店長
なんかに置かないよ。お父さんに感謝して」
「うん…ありがとう」
いつもの藤井の愛くるしい笑顔。
それを見て島山は篠原と藤井の肩から自分の手をゆっくりと下ろした。
「よし。帰るぞ」
撃たれたのが嘘のようにスッと背筋を伸ばした島山が歩いていく。
それに続いて鏑木たちも逃げ出した社員のフリをして、裏口から出て階段を降りて行った。




