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絶望ブリー【5】




北野(きたの)に足止めされて机の前に立っている

宮良(みやら)が、心配そうに窓際のテーブルの方をチラチラと見ていた。


島山がうまく言って上機嫌の西(にし)を机に戻らせた。

しばらく島山と鏑木がふたりで話しているふりをしていると宮良が戻ってくる。


開口一番、島山と鏑木に余計なことを話していないかを問うた。


「作ってきたこの業務内容についてお尋ねしただけですよ。

わたしどもの目的は宮良さんにご説明したように、

北野さんと西さんの観察ですから」

「そうですか。で、観察できましたか?」

「だいたいは。それにしても北野さんも西さんも宮良さんのことをとても考えていらっしゃるんですね。

それがすごく伝わってきました」


島山と鏑木が微笑むと宮良はムッとした表情で椅子に座った。


これが今まで愛想良くしていた宮良の本当の顔だと、島山も鏑木は感じた。


「外ヅラいいんですよあの人たちは。

裏で何を言っているのかわたしにはわかっています」

「そんなこと言ったらダメですよ」

「ここて必要とされていないことぐらいわたしにもわかります。

でもここしかいるところがないんです」


高校を退学してから努力というものをしたことがないのだろう。


捨て鉢な人生を送ってきたが、幸か不幸か親が大手不動産業の社長だ。

宮良本人はなにもかもうまくいかないと思っているが、それも自分の蒔いた種。

それを宮良は気づいているのか。


昼休みの時間が近づいてきたので島山と鏑木は北野と西に挨拶をして部屋を出る。


見送りに来た宮良に今夜連絡をする、と言って帰った。





「マジでクソな」


誰も聞いていないのに今日の宮良の感想を言った島山が、腕を組んで事務所の長椅子の背もたれにもたれる。

前に座っていた筧が目を三日月のようにして笑っていた。


「嘘つく、隠す、自分のことしか考えていない。

それでいて自分が世界で一番かわいそうだと思ってる。

救いようがないわ。救う気もないけど」


鏑木もテーブルに置かれたモニターを見ながら疲れたように自分の頬を撫でた。


「哉太と篠が戻って来たら会議しよ。

それまではモニタリングだな」


筧がパソコンのモニターを見ていると、北野と西がふたり揃って部屋を出て行く。


数分後自分の机に座っていた宮良が立ち上がり、部屋の真ん中まで歩いて行った。


「なんなんだあいつら。3人ともの身代わりしねえのかよ。

使えねえな!なんで俺だけ!」


ガン!という大きな音を藤井、篠原両方のカメラが拾う。


宮良が蹴っ飛ばした椅子はさっきまで島山が座っていた椅子だった。


「見てほら。マジでクソ」

「自分だけ身代わりしてもらえないから暴れてんだ」


はあ、と大きく息を吐いた島山を見て鏑木は笑った。


怒りがおさまらない宮良は、鏑木が座っていた椅子も蹴っ飛ばす。

乱れたスーツを直すこともせずに宮良は肩で息をしていた。


「元々こういうヤツなのよ。こいつは。

自分より弱い人間や、逆らってこないものにしか当たれない。

今これをさ、そばで見てる哉太はどんな気持ちなんだろな」


島山のキリリとした濃い眉が悲しそうに下がる。 


蹴られた椅子に藤井は昔の自分を重ねているのだろうか。

藤井の心を思うと鏑木と筧の胸も痛んだ。



夕方になって藤井と篠原が事務所に戻って来た。


それまでモニタリングをしていたが、暴れて島山代行事務所の悪口を言っていた宮良は、北野と西が部屋に戻って来るまでに椅子を片付けた。

そこからはおとなしく机で仕事をしていた。



「おう。おつかれ」


パーテーションの向こうまで島山がふたりを迎えに行く。

藤井がいつもと変わらぬ表情だったことに島山は安堵した。


「隠れるところないから通気口から見てたんだよ」


篠原がホコリで汚れた上着を脱ぐ。

藤井も袖などをパンパン、としてまだついていたホコリをはらった。


「篠くんとも相談してたんだけど、通気口からじゃ画角がいまいちだし、声も拾いにくいから

決行日はロッカーと…窓と棚の隙間に隠れるわ」

「宮良がいないうちにスタンバイするよ」


モニターの中はもう誰もいない。

仕事が終わって3人が帰ったあとの部屋はなんの動きもなかった。


藤井と篠原が長椅子に座ると筧がパソコンのキーボードに指を置く。

うん、と一度頷いた島山がメンバーたちの顔を見回した。


「よし、会議を始める。

まず今日わかったことは、殺人予告のターゲットは

北野ではなく宮良だということだ」


父である社長にバレないように処理しようと、宮良が思いついたのが島山代行事務所に依頼して自分の身代わりにならせること。


そして犯人を警察に突き出して、宮良はすっとぼける。そういう筋書きだ。

北野や西、そして島山代行事務所の人間が自分の身代わりになってケガをしようが死のうが宮良には関係のないことなのだ。


「宮良はたぶん犯人が誰かわかってるよな。

俺らに見せたのじゃなくて本物の予告の手紙。

それに犯人の名前は書いてないと思うけど、

宮良に対する恨みとかが書いてあったと思うんだよ」


藤井の言葉に全員が頷く。


そのまま宮良に警察へ持って行かれたら実行できないので、犯人は自分の名前など書くはずがない。


しかし宮良にやられたことなどを書いていたとしたら、宮良には誰が犯人かわかっているだろう。


「だろうな。じゃあ目的としては当初通りでいくか」

「ねえ、犯人って…警察に突き出さないとダメ?」

「哉太…」


高校の時、島山の手を借りて宮良に復讐した藤井はある程度はスッキリしたが、

今回宮良を襲ってくる犯人は、いじめられていた復讐をするために予告の手紙を出したのだ。


襲う理由をしっかりとわからせてから、宮良を襲いたいのだ。

しかしだからといって警察に捕まるのは違うと藤井は思っていた。


「そうだな。

お前の時みたいに宮良を地獄に叩き落とそう。

犯人を警察に突き出さなくてもいいようにな」

「ありがとう咲くん」

「よしみんな。未然に防ぐぞ。

宮良に全てを吐かせて、全部ビデオにおさめる。

それを警察じゃなくて支店と本店にばら撒く」

「また校内放送したら?」


パソコンに会議の内容をまとめながら筧がクスクスと笑う。

藤井が懐かしい、と言って島山と目を合わせた。


「いいねえ。やるか!哉太」

「そうね。それが一番あいつにとってヤバいんじゃない?」


たったひとつ残った宮良の居場所を奪う。

宮良がしてきたことに比べたら居場所を無くすことなど可愛いものだ。


「明日からか明後日からかはまだわかんないけど

コピーしたのを宮良には内緒にしたら?」


コピーが入る間は北野と西に休むようにと宮良から言ってもらうつもりだ。

そして休んでいる二人の代わりに島山と鏑木がコピーして千葉支店に入るのだが…


それを宮良に内緒にしろ、と言った筧の意見の続きを聞こうとみんなが筧に注目した。


「筧。理由は?」

「その方がおもろくない?」

「え?理由それだけ?マジ?」

「あはは!桜くんヤバっ!」


篠原と藤井が声を出して笑うとニコニコしている筧が本当に楽しそうに手を叩く。


休ませたはずの北野と西が出勤してくるのだ。

コピーを見破れない宮良は焦るに違いない。


「で、たぶんあわてて俺に連絡くるじゃん」

「咲が無視してたら事務所に電話くるしね」


宮良は焦るだけじゃすまないだろう。

そこへもし犯人が来たら身の危険だけではなく北野と西にバレてしまう。

父である社長の耳にも確実に入ってしまうのだ。


「よーし!さっそく宮良に電話すっか」


今にも崩れそうな棚に乗っかっているレトロな電話の受話器を島山が取った。


「あーもしもし宮良さんですか?

どうもどうも島山代行事務所の島山です。

今日はありがとうございました」

「いえ、こちらこそ」


自分の身代わりをしてもらえないとわかった宮良の声は沈んでいる。

さっきは大暴れしていたのに、と島山は口元で笑った。


「どうします?明日からもう代わりに入りますか?」

「そうしていただけたら助かりますが、明日は定休日なので。

でも犯人が来るのがいつになるかわかりませんし

明後日からお願いします。

北野と西には休みを取らせたらいいですか?」

「明後日からですね。承知いたしました。

そうですね。

おふたりには絶対に支店には近寄らないようにしてもらって。

同じ人が二人いたら都合が悪いですからね」


島山に、はい、と返事しながら宮良は呆れたような笑いを漏らす。


二人いたらとか、たかだか身代わりなんだから別に

都合が悪いわけではない。

何を言っているのか、と宮良は島山をバカにしたが、しかし北野と西を休ませなければ宮良自身が都合が悪い。

バレるわけにはいかないのだ。


「では明後日にまた今日と同じ時間ぐらいにお伺いいたします」

「よろしくお願いします」


島山との電話を切った宮良はそのまま北野と西に今週は休んでください、と連絡をする。


北野と西は元々本店の人間だ。

千葉支店での仕事は休みでも本店での仕事がある。


休んでくれ、と言った宮良に二人は理由も聞かなかった。


「まあいい。もし犯人が狙って来たら島山か鏑木のどちらかを盾にすればいいだけだ」


そう考えると宮良の心に余裕が出てくる。


怯えたフリをしてどちらかの後ろにいればいい。

ようするに宮良にすれば自分が助かればあとはなんでもいいのだ。


最終通告のような予告の手紙が届いたのが月曜日。

宮良は急いで島山代行事務所へ持って行く用の手紙を作成し、島山のところへ向かった。


そして今日、観察するとかなんとか言って島山と鏑木がやって来た。

明日、水曜日は定休日なので、明後日から北野と西の身代わりとして島山と鏑木が来る。

木、金、土の三日間のうち犯人は確実にやって来るだろう。


「クソ。あいつめ。今さらなんなんだ。

だるい以外ないな」


千葉のひとり暮らしの部屋で宮良は缶チューハイを空ける。

支店長の威厳を保つためなのか、甘やかされているだけなのか、父親が用意したタワーマンション。

せっかくの良い部屋は散らかり放題だ。

テーブルの上にはすでに空っぽの缶がところ狭しと並んでいた。


中学か高校か忘れたが、昔のことをいちいち覚えているのが気持ち悪い。

警察に突き出して、二度と自分の周りに近寄らないようにしてもらわなくては。


藤井のせいで都内から出され、千葉に住まなければならなくなった自分のように。

藤井のことを思い出し、気分が悪くなった宮良はまた缶チューハイをひと缶空っぽにした。






「おはようございます」

「おはようございます」


いつも3人で仕事をしている部屋に、北野と西がいつもよりも一時間も早い時間に出社してきた。


目を丸くした宮良があわてて入り口から入って来た

二人に駆け寄った。


「お休みしてくださいと連絡したはずですが」

「仕事が残っていますので。それが終わったら帰ります」


前に立ち塞がった宮良を押し除けて、北野をコピーしている島山が机に座った。


「に、西さん、」

「わたしは今日、来客の接待があります」

「困ります!」

「困る?なんでですか?」


西をコピーしている鏑木が宮良を見下ろす。


何も言い返せない宮良をにらんでから、西をコピーした鏑木も自分の机に座った。


あわてた宮良が部屋を飛び出す。

島山に電話をしに行ったのだろう。

しばらくして北野をコピーしている島山の携帯が震えた。


「やべ。電源切んの忘れてたわ」

「しっかりしろよ所長」


一方、部屋から飛び出した宮良は廊下に出てすぐに

島山に電話をしたが出ない。

何度掛けても出なかった。


もうこちらに向かっているのか。

北野と西が出勤して来た以上、島山たちを止めないとならない。

北野と西のモノマネのようなことをしている人間が部屋に入って来たら、宮良は二人になんと説明したら良いのか。


島山の携帯を諦めて、宮良は島山代行事務所に電話をした。


「はい。島山代行、」

「止めてください!」

「あのー、どちら様ですか?」


宮良だとわかっている筧がニコニコしながらわざとゆっくり話した。


「宮良です!」

「あー宮良さん。おはようございます。

どうされました?」

「来ちゃったんです。北野と西が」

「あらら」


あららじゃないわ、と自分で自分に突っ込みを入れながら筧が受話器を握り直した。


「島山さんはいないんですか?携帯に出なくて」

「そうなんですか。島山はもうそちらに向かってると思うんですが」

「来られたら困るんです!」

「ということは本日は中止ということでよろしいですか?」

「はい。お願いします」


携帯を耳に当てながら宮良がキョロキョロと辺りを見回す。

宮良たちが普段仕事をしている支店長室の前の通路は、仕事をしている社員たちが普通に歩いていた。


部屋に戻った宮良は島山たちをなんとか寸前で止められたのでとりあえず安堵する。


机に座って北野と西を交互に見ながら、今犯人が来たらどうしよう、と宮良はひとり考えていた。


「支店長」

「あ、はい」

「仕事してください」

「すみません」


北野をコピーした島山が顔も上げずに宮良に注意する。

北野と西がコピーだと全く気づいていない宮良はおとなしく机の上のパソコンに視線を移した。


昼休みになり部屋の外から社員たちの話し声がザワザワと聞こえる。

北野と西は宮良に何も言わずに昼食をとりに部屋を出た。


「クソッ!あいつら。なんで来るんだよ。

来んなっつっただろ!

なんで俺の言うことを聞かないんだ!」


ガン!とまた宮良が来客用の椅子を蹴る。

モニターでそれを見ていた筧が、くくく、と笑い、

インカムのマイクを口元に持ってきて通話ボタンを押した。


「業務連絡。業務連絡。

宮良が椅子を蹴っ飛ばして暴れてます」

「やめろっ!笑っちまうだろ!」


鏑木と近くの公園で昼ごはんを食べていた島山が、

勢いよくごはん粒を吹き出す。

隣で鏑木も頬にシワを寄せて笑っていた。


「哉太カメラはどうなってる?」


今回は島山と鏑木はネクタイにマイクを仕込んでいたので、筧と通話ができる。

しかしウォッチの藤井と篠原はもちろん話すことができない。


事務所にいる筧が見ているモニターは二つ。

ひとつは篠原カメラが写している支店長室。

もうひとつは社員たちが出入りする裏口にいる藤井カメラの映像だった。


千葉支店は一階が店舗になっているので、店を通らなくてもいいように社員用の裏口が設けられている。

そしてこの裏口は就業時間内は開けっぱなしなのだ。


犯人が入ってくるとしたらここからだ。

犯人もそれぐらいの下調べはしているだろう。

なので急遽、藤井は裏口を張ることになった、


「まだ不審者は来てないみたいだよ。

それよりも犯人が来る前に宮良に来た本物の予告の

手紙を探してよ」

「西の机に挟んでた紙に、宮良に13:30から来客があるって書いてたから、あいつが部屋から出たら探してみるわ」

「わかった」


西をコピーしている鏑木の見たメモなら確実だろう。


宮良が隠している本物の予告の手紙があれば宮良を追い詰めやすい。

筧と鏑木、そして島山のこのやり取りは藤井と篠原にも聞こえている。

全員で一丸となって宮良に過去の罪を吐かせなければならないのだ。


昼休みが終わり、島山と鏑木はまた宮良のいる支店長室に戻る。

篠原カメラがとらえた映像では、宮良が蹴っ飛ばして倒した椅子は、時間が巻き戻ったかのようにもう元のところにいた。


13:25に西をコピーしている鏑木が宮良にそろそろ応接室に行くように指示を出す。

はい、と宮良は言ったがその顔はブスッとふくれていた。


宮良が部屋を出ていく。

篠原がすぐに宮良の後を追った。


「えらそうに。あいつらマジでムカつく。

来るなってのに来るし。

俺がいない間に犯人が来たらいいのにな。

あいつらまとめてヤってくれよ」


篠原カメラかとらえた宮良は大きなひとりごとを言っている。


どこまでも腐った男だ。

宮良のひとりごとを聞きながら、筧はあきれたように大きく息を吐いた。






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