同姓同名の詐欺師【12】
狭く質素な社長室に、島山代行事務所の5人と
ラディッシュコーポレーションの5人が詰めこまれたようだ。
島山と鏑木、そして藤井の3人が秘書たちに席を譲る。
ここからはラディッシュコーポレーションの話し合いだ。
社長の横に座った副社長の阿藤は、社長と秘書たちに一礼してから口を開いた。
「返金額は計算していただけましたか?」
「はい。倉庫の部屋に戻らないと確定ではないのですが、およそこれぐらいになるかと」
竹岡が携帯の電卓を出し、おおよその額を見せると
阿藤が頷いた。
「こちらをキャロットストアより返金してください。
足りない分はラディッシュコーポレーションが被ります」
「陽。これならキャロットストアの今までの売り上げでなんとかいけそうな額だが…
仮に足りないとしてラディッシュコーポレーションは被るだけの余裕はない」
「でも、それをしないと農園の皆さんに返金できないです」
竹岡がテーブルに置いていた携帯の電卓の画面がふっと消える。
それに視線を落としていた社長が顔を上げると、
立っている鏑木と目が合った。
鏑木には社長が次に何を言うかわかっている。
うん、と力強く頷くと社長は微笑んだ。
「警察に通報しなさい。
全てわたしひとりでやったことだ」
「社長?何をおっしゃるんですか!」
秘書たちが身を乗り出す。
ひとりで罪を被ろうとしている社長を止めに入るところを見ると、秘書たちと社長は濃い絆で結ばれているようだった。
「松口、竹岡。陽を助けてやってくれ。
梅谷。お前は引き続き陽の秘書だ。
わたしひとりでやったことならラディッシュコーポレーションはいわば被害者だ。それで全てうまくいく。
足りない分があれば、キャロットストアで借入して
農園に返金するように」
社長を辞任し、なにも知らなかった弟に継がせる。
レストランの方は現在も予約が取りにくいぐらい繁盛しているので、あとは仕入れと経営のやりくりだ。
秘書3人と阿藤がいれば大丈夫、と社長は説明した。
「やりくりのアイデアはお前たちで出すんだ。
アイデアを出し合って企画してみろ。
成功したらラッキー、ぐらいに思ってな」
大学の時に鏑木が社長に言った言葉。
それがなかったら社長は仕事を楽しめていなかった。
自分が好きになる仕事を展開する。
今振り返ってもその過程は楽しかった。
「兄さん」
頭を垂れている秘書3人を見た阿藤が社長の言葉を
遮った。
「そんなこと誰も望んでいません」
「しかし陽、このままでは」
「ここからは副社長である僕の意見を述べさせていただきます」
しっかりとした阿藤の声に、顔を上げた秘書たちが自然と背筋を正す。
後ろの机に座っている筧が、そんな阿藤を見てひとり、うんうん、と頷いていた。
「まず返金の件ですが、キャロットストアで賄えない場合はやはりラディッシュコーポレーションが被ります。
ラディッシュコーポレーションがマイナスになった場合はとりあえず銀行に融資を申し込みましょう。
そこから挽回すればいいだけのこと」
ラディッシュコーポレーションほどの会社なら銀行は融資をしてくれるだろう。
それをいかに早く返せるかは、さっき社長の言った
アイデア次第だ。
「軌道に乗ったら社長は退任すると言ってましたが、それも撤回してもらいます」
「実はな、わたしはいずれ神奈川の会社に戻らなければならないんだ。
それがここへ来る時の養父との約束なんだよ」
社長は阿藤が生まれてすぐの姿しか記憶がなかった。
しかし血の繋がった可愛い弟がひとりで困っているのをどうしても見過ごすことができなくて、養父に無理を言ったのだった。
約束は守らねばならない。
それに神奈川の会社も社長にとっては大切な会社なのだ。
「兄さんが作った仲介所ですよね。
兼任はできないですか?」
仲介所の権利は養父に渡している。
それならばなにかトラブルがあった時や、経営がうまくいかない時などに向こうを手伝うとして、普段はラディッシュコーポレーションで仕事をすればいい、と阿藤は説明した。
「仲介所はそれでいいかもしれないが、本社もあるんだ。
養父はわたしの他に子供がいない。
継ぐ人がいないんだよ」
「現社長である伯父さんはまだ元気ですから、
仲介所と本社も兼任できます。
なんなら僕がひとりでは心許ないと伯父さんに話をします」
秘書の3人が阿藤の言葉を聞いて、うれしそうに顔を見合わせて頷いた。
「社長。副社長のおっしゃる通りにやってみましょう。僕たちも神奈川の会社と仲介所、そしてこちらも兼任しますから」
確かに神奈川の会社は今はまだ養父の代だ。
秘書たちも手伝ってくれるのなら兼任できるかもしれない、と社長は思ったが、会社のためとはいえ、罪を犯してしまったことは消せない。
社長は頷くことができなかった。
「ラディッシュコーポレーションの権利は兄さんにあります。
仲介所や神奈川の会社を捨てろとは言いません。
兼任していただきます」
阿藤の決定に社長は目を丸くしている。
普段は声が小さい阿藤がこんなに太くしっかりとした声で、丁寧だが命令しているのだ。
社長が驚くのも無理はないだろう。
「返金作業が完了しましたら竹岡さんと松口さんは引き続き社長秘書、梅谷さんは副社長秘書でお願いします。
皆さんも兼任になるので、今まで以上に忙しくなると思いますがよろしくお願いします」
「…いいんですか?本当に」
梅谷が震える唇を噛む。
今まで冷たくあたってきたのに、それを阿藤が許してくれたことがうれしくて梅谷は泣きそうだった。
「もちろんです。僕のことは梅谷さんが一番理解してくれてますから」
「…副社長」
「ラディッシュコーポレーションを倒産させないためにみんなでがんばりましょう!
とか言いながら、僕が一番足を引っ張ると思いますが、どうぞよろしくお願いします!」
バッ!と立ち上がった阿藤が満面の笑みで深く頭を下げる。
あわてて立ち上がった秘書たちも同じように頭を下げて、阿藤が出した手に自分たちの手を重ねた。
秘書たちも社長が罪を被らなくてすんだことがうれしいのだ。
それぐらい社長を信じてついてきたのかもしれない。
「ほら。兄さん何やってるの」
「陽、」
「アイデアマンの兄さんがいないと困るでしょ」
阿藤に促されて社長がゆらりと立ち上がる。
4人が重ねた手の上に社長がそっと自分の手を置いた。
パチパチバチ、と島山が笑顔で拍手をする。
筧、藤井、篠原も笑って大きく拍手し、最後に鏑木が頷きながら拍手した。
「ラディッシュコーポレーションさんの未来は安泰ですね!
いやあ、良かった良かった!」
「島山さん。みなさん。本当にありがとうございました」
まだ幼さの残る素直な笑顔で、阿藤が島山代行事務所のメンバーに頭を下げた。
「何をおっしゃいます。わたしたち何にもしてませんから」
「え?」
阿藤が驚いた顔をして島山を見る。
阿藤が島山代行事務所でずっと一緒にいた筧に振り向くと、三日月のような目をしてニコニコと笑っていた。
「そうですよ。僕たち何にも知りません。
たまたまここにいただけです」
「筧さん…」
「あー。おなかすいたー。咲くん、焼肉おごってよ」
「なんでだよ。哉太、お前たまには払えって。
末っ子だからってなめてんじゃねえぞ」
「ケチくさい。所長でしょ?」
「篠原っ。お前までそんなこと言う?
俺今財布に二千円しかないのよ?」
ワイワイと話しながら社長室を出ていく島山代行事務所のメンバー。
それについていこうとした鏑木がドアの前で振り向いた。
「静」
「…」
「ライン、返信していい?」
友達のしての安否確認だったら辛い。
そう思った鏑木が返せなかった社長からのライン。
今もまだ一番下のトークルームに残っていた。
「うん。友達として…送ったんじゃないから」
うん、と鏑木が頷く。
鏑木が島山みたいな良い人間と一生懸命仕事をしてきたことが、社長は心からうれしかった。
「今もだよ。今も…そう思ってるから」
「うん」
「ライン、待ってる」
バイバイ、と鏑木が手を振って社長室を出ていく。
それはまるで学校帰りの分かれ道で手を振っていた
鏑木のようだった。
バン!と島山代行事務所のドアが派手に開く。
篠原は事務所にいたが、パーテーションの向こうを見に行かなかった。
「お。篠原。いたのか。聞いてくれよ」
「やっぱり咲か。なに?どうした?」
書類整理をしている篠原が座っている長椅子の隣に、島山が座る。
正面が空いているのに、と思いながら篠原はローテーブルに並べていた書類を集めた。
「コンビニ行こうとしてて携帯見たらさ。ほら」
篠原がのぞき込んだ島山の携帯。
銀行のアプリに阿藤から依頼料が振り込まれていた。
「いらねえって言ったのに」
「今金ない時なのにね」
「ちょっと阿藤さんに電話するわ」
「え、いきなり?」
篠原がそう言った時にはもう島山は携帯を耳に当てていた。
「もう。せめて先にメール送るとか。咲はもう少し
相手のことを、」
「もしもし。どうもどうも島山代行事務所の島山です。先日はありがとうございました」
「今大丈夫ですか、ぐらい聞け」
「あ、今大丈夫ですか?」
阿藤は島山の大きく元気な声を聞いて笑っていた。
そして大変な時なのに明るく笑える阿藤が島山には頼もしく感じた。
島山がスピーカーにして篠原にも聞こえるようにする。
振り込まれた金のことを話すと阿藤はもう一度声出して笑った。
「お世話になった島山代行事務所さんへのお礼をケチってたらこれから運がつきません」
「阿藤さんとこが必要な金額とは桁が違いますけど、無いよりはあった方がいいでしょ。
お返しするので、」
「縁起を担ぐためのお金です。
どうか受け取ってください」
島山と篠原が顔を見合わせる。
ここは阿藤の気持ちを汲んだ方がいいのだろう。
それにしても阿藤は強くなったものだ。
ここへ依頼しに来た時とは別人のようだ。
兄である社長がラディッシュコーポレーションを去らないことが決まったからもあるだろう。
小さい時に離されていても兄弟は兄弟なのだ。
社長が阿藤を可愛いと思うように、阿藤も社長のことが大好きなのだろう。
「ありがとうございます。
では依頼料、遠慮なくいただきます」
「こちらこそです。本当にありがとうございました。
島山さんたちがいなかったら会社も、僕たち兄弟も
崩壊していました」
「お兄さんと阿藤さん、それと秘書さんたちがいたら大丈夫ですね。わたしたちも安心しました。
お兄さんはお元気ですか?」
鏑木はあれから社長のことをひとことも話さない。
照れているのか、それとも逆に後日ふたりで話し合って離れることにしたのか。
島山代行事務所のメンバーも聞いていいものかわからずに見守っていた。
「はい。兄はバリバリ仕事しています。
パートナーがいると違う、と兄は言ってました。
支えてもらっているんでしょうね。ありがたいです。
鏑木さんにもよろしくお伝えください」
「あー。あーね。そうですか。それは良かったです。鏑木にも伝えておきますね。
よけいなお世話かもしれませんけど会社の方はいかがですか?」
「秘書たちと毎日のように会議をしまして、おかげさまで良い方向に向かってます」
良かった、と島山と篠原が微笑む。
まだまだ茨の道だろう。
しかしあの5人ならきっと立て直すことができるはずだ。
人と人との繋がりは目的をもってこそ確固たるものになる。
阿藤の力強い声がそれを表していた。
通話を終えた島山が長椅子の背もたれにもたれるとギイと壊れそうな音がする。
鏑木とふたりで一生懸命貯めた金で借りたこの事務所。
ボロいのに愛着が湧くのはふたりの夢が詰まっているからだと篠原は思った。
「咲は、大智とここを立ち上げた時うまくいくと思った?」
「思わねえよ。やるだけやってダメなら諦めもつくじゃん。
でもさやらないでいたら諦めることさえできないもんな」
何もなかったこの部屋に客が来てくれた時用に買った、この古い長椅子2脚と崩れそうなローテーブル。
そして電話を置く台と机はあまりのボロさに驚いて島山と鏑木がふたりでペンキを塗ったものだ。
家具がだんだん増えていくようにここに集まってきた3人も、島山と鏑木にとっては宝物なのだ。
「ここに面接に来て良かった」
「そうか」
「みんなと仕事ができて良かったよ」
「みんなと?俺と、の間違いだろ?」
照れて横を向いた篠原が、はあと大きくため息をつく。
その横顔を島山が優しい瞳で見つめていた。
バン!と大きな音がしてドアが開く。
いつか壊れそう、と思いながらもなかなか壊れないドアを閉めて鏑木が中に入って来た。
「あれ?おじゃま?」
「はあ?な、なに言ってんだよ大智」
「いや、だってくっついて座ってるから。
いいじゃん。仲良きことは美しきかな、だし」
「あはは!そうそう!その通り!」
「咲ってマジで照れないよな。
てか俺の言った意味わかってないでしょ」
呆れた顔をして鏑木が正面の椅子に座り、カバンからファイルを取り出す。
篠原はまだ顔が真っ赤だったが、鏑木が出したファイルから資料を取り出す手伝いをした。
「人のことはいいけどさ。
今阿藤さんから振り込みがあったんだよ」
「え?断ったんじゃないの?」
「断ったんだけど、縁起を担ぐための金だから払わせてくれ、ってさ」
資料を見ながら鏑木が頷いて微笑む。
阿藤らしいなと思ったのだろう。
会社の方も良い方向へ向かっていると阿藤が言っていたと島山が話した。
「大智は知ってると思うけど。一応報告な」
「は?知らんし」
「またまたあ。照れんなよ。
パートナーがいると違う、って静さんが言ってたらしいぞ?」
資料からチラッと島山と篠原を見た鏑木が、また涼しい顔で資料に目を落とす。
島山がまた背もたれにもたれて笑った。
「あはは!照れんのは篠原だけみたいだな」
ギイとまた長椅子が鳴る。
うれしそうな島山を無視して、鏑木は篠原に資料の説明をし始めた。
篠原が島山代行事務所に入ってから一年が過ぎた。
この一年はとにかくがむしゃらに仕事をした。
そのおかげであっという間に一年が過ぎていったのだ。
大々的な広告を出していない島山代行事務所だったが、最近は切れることなく依頼がある。
やっとひとつの依頼が終わった次の日、島山代行事務所のレトロな電話が鳴り響いた。
「はい島山代行事務所です」
藤井、鏑木、筧はもうひとつの部屋で昨日終わった依頼の整理をしていた。
事務所にひとりいた篠原が、机でしていたパソコン作業を中断して電話に出た。
「依頼したいことがありまして」
「承知いたしました。
手順といたしましてご依頼を直接お聞きしたいので、こちらにお越しいただくかわたしどもがお伺いさせていただくことになります」
「そちらにお伺いしていいですか?」
名前と住所、そして電話番号を篠原が聞き、日にちと時間を決める。
直接会って依頼者の人となりを見るというのを島山は大切にしていた。
信用できそうな人物ではなかった場合、依頼を断ることもあるのだ。
電話を切った篠原がメモを持って壁にあるドアを開けると、一番手前の机で作業していた筧が篠原の方へ顔を向けた。
「依頼?」
「うん。明日来るって」
「忙しいなあ。まだこれ終わってないのに」
「なんか急いでるみたいだった。
1週間後とかどうですか?って言ってみたんだけど」
筧の隣にいた鏑木が腕時計を見る。
そのまた隣にいる藤井は話を聞きながら作業をしていた。
「咲どこいったの」
「知らない」
「どうせその辺フラフラしてんだろ」
島山は終わった依頼をまとめる作業が苦手だ。
頭をボリボリ掻いて、あーもう出来ねえ!と叫ぶ。
おそらく椅子にじっと座っているのが嫌いなのだろうと篠原は思っていた。
「えーと、依頼主は千葉県千葉市中央区…」
「タワマンじゃん。いいとこ住んでんな」
篠原が読み上げた住所を聞いて筧が口を尖らせる。
タワーマンションに住んでいる依頼主は不動産関係の仕事だと言っていた。
「宮良惟久24歳。
勤め先はミヤラエステート千葉支店」
「社長か社長の息子ってとこか」
「あー。かもしんない…」
ガタン!と勢いよく藤井が座っていた椅子ごとひっくり返る。
話していた篠原と鏑木がびっくりして声を止めた。
「みやら…いく…」
「哉太?」
机に手をついてなんとか立ち上がった藤井の消えそうな声。
隣にいた鏑木が立って藤井の肩に手を置いた。
「哉太。知り合い?」
「…」
「哉太?」
藤井の顔色が悪い。
歩こうとしてふらっと倒れそうになった藤井を、
反対の壁際に置いてある仮眠用のベッドに鏑木が寝かせた。
「哉太、この宮良惟久って人、」
「話していいかあ?哉太」
「咲?」
いつの間に入って来たのか島山が壁に手を当てて、
ベッドに寝た藤井を見下ろしていた。




