同姓同名の詐欺師【11】
「ダメだな、俺」
鏑木が島山を見て、ふっ、と笑った。
「完全に阿藤さんになりきれてない、ってことだ。
静を見て少なからず自分の心が戻ってしまったんだな」
今度は社長と目を合わせて鏑木が苦笑する。
自分のことを今も鏑木が想い続けてくれていることを知った社長は目を細めた。
「まあそれもあるかもしんないけど、社長さん…静さんが俺たち目線だったってことなんじゃね?」
「どういうこと?」
「長い間会ってなかったけど、静さんの心は大智の近くにいたってことだよ。
俺らもそうじゃん。仲間としていつも大智の心の近くに心を置いてるからさ」
仕草ひとつで、いや、阿藤をコピーしている鏑木を見た時から社長はきっと気づいていたのだ。
心とはそういうものだと島山は思った。
「阿藤さんが大智を見て静さんと間違えたのも、今まで静さんの存在を阿藤さんは見たことがなかったからなんだよな」
島山の言葉を聞いた社長は、鏑木がこの仕事を確実なものにするために姿を消したというのがようやくわかった気がした。
コピーは絶対に気づかれてはならない。
鏑木はこの信念を貫いただけなのだ。
「ということを踏まえまして、静さん。あなたは…」
「整形じゃなくコピー」
筧の声にバッと3人がドアの方を見る。
入ってきた筧はニコッと笑ってから、阿藤を中に入れた。
「陽…」
「兄さん…」
パソコンを抱えて入ってきたのは紛れもなく弟の陽。
社長は思わず椅子から立ち上がった。
「初めまして。島山代行事務所の筧桜輔と申します。
ご依頼をいただきました阿藤陽さんと今まで事務所にてモニタリングをしていました」
筧が真ん中のテーブルに阿藤から受け取ったパソコンを置く。
阿藤が社長の横に座り筧が開いたモニターを指差した。
「秘書の皆さんは今、兄さんの言いつけを守って計算しています」
「ここも写ってる?カメラを仕掛けるのは無理ですよ。
わたしの顔認証でしかここは開かな…」
そう言った社長が筧と阿藤の顔を交互に見てからドアを見た。
「わたしが開けていないのになぜ入れたんですか?」
「島山がこれを挟んでいたのでドアは閉まっていませんでしたよ」
筧がポケットから三角のドアストッパーを取り出す。島山が社長室に入る時に挟んでおいたのだ。
「カ、カメラは?」
「哉太。出てきて良いよ」
島山の呼びかけを聞いて、驚いた社長が体を振って部屋中を見回す。
狭い社長室の一番奥に置いてあるデスクの向こうから藤井がスッと立ち上がった。
「はじめまして。島山代行事務所の藤井哉太と申します」
藤井がニコッと笑う。
え?、と呟いた社長は瞬きを繰り返した。
「いつ、入られたんですか?」
背の高い藤井を見上げて社長が目を丸くする。
藤井が満面の笑みを浮かべた。
「みんな入る時に一緒に入りましたよ」
「いや、あなたはいませんでしたよ?」
「社長さん一番に入ったでしょ?後ろ見てなかったからその隙に」
藤井がデスクの上に置いていたペン立てにくっつけた小さなカメラを指で取り、自分の顔が写るようにする。
パソコンのモニターに藤井の顔がドアップで写された。
「でも、父からの手紙を取りに…わたしが机に行った時は、」
「引き出しと反対側にいましたよ」
はは、と社長が笑う。そして感心したように大きく頷いた。
「あらためて筧さん、藤井さん、初めまして。
ラディッシュコーポレーション代表の秋沢静と申します。
この度は本当にご迷惑をおかけいたしました。
この、秘書たちのいる倉庫の部屋を写しているのも事務所の方ですよね。
すごいな。本物は違いますね」
感心する立場ではないことも社長はわかっていたが、鏑木たちの仕事を目の当たりにして感嘆のため息が漏れた。
「本物は違う。ということは筧の言った通りあなたは鏑木の顔に整形したのではなく、コピーですね」
「はい。でもプロではないので、メイクも足してます」
鏑木が目を見開いて筧と島山を交互に見る。
社長が自分をコピーをしているということに気づいていなかったことと、なぜコピーができるのかという疑問で鏑木は混乱していた。
阿藤ももちろん驚いている。
自分の兄がなぜ島山たちと同じことができるのかわからないのだろう。
「モニタリングしてましてね。最初は大智に良く似てるなあ、って思ってて
てっきり美容整形されたのだと思ってたんですよ。
でもだんだん大智に見えなくなってきて。
特殊メイクと表情がズレて見えてきたんです。
あなたが秋沢静さんだって認めたあたりからかな」
「俺もそう思ってた」
藤井がそう言いながら島山の横のほんの少しの隙間にグイグイ、と尻を入れる。
島山が笑いながら詰めて藤井を座らせた。
「だから俺もコピーなんだって思った。
でもさ俺たちみたいに特殊な、まあ訓練ってほどでもないけど、それを受けてない静さんがなんでコピーできてるのかは疑問かな」
愛くるしい顔で笑う藤井に鏑木も口元で微笑む。
少し落ち着いてきた頭でみんなが疑問に思っていることを鏑木は考えた。
「初めは美容整形をしようって思ってサイトでカウンセリングの予約までしたんです。
その時にふと、大智が言っていた言葉を思い出しました」
「俺の?」
「お前は自分の仕事内容について一切俺に言わなかった。
でも島山さんと出会った時の話はしてくれただろ?」
大学4年だった鏑木は就職試験の面接を受けに行った帰りに島山と4時間ほど話し込んだ後、家に帰ってすぐに静に電話をしたのだ。
「名前は言わなかったけど、おもしろいヤツにあった、って言ってたよな?」
「したな。お前に聞いて欲しくて電話した」
鏑木は静に電話をしたが、島山と事務所を興すことやその仕事内容は言わなかった。
しかしディスカッションの時の話はした記憶がある。
その時に鏑木が言っていた言葉を思い出した社長は整形を辞めた。
「島山さんがディスカッションでひとりでしゃべり続けて面接官に怒られた話。ふたりで笑ったよな」
「笑った笑った。あの時の咲はおもしろすぎる」
「俺は笑われてたのか」
あはは!と島山が大きな声で笑う。
つられてみんな笑ったが、外に声が漏れてはいけないので島山の後ろに立っていた筧が笑いながら島山の口を押さえた。
「はいうるさい。静さん。続きを」
「はい。誰かの身代わりになるってことです。
大智の話を思い出すと身代わりといってもその人になりきる、つまりその人本人になる」
過去の話だがうっかり口を滑らせてしまった鏑木が申し訳なさそうに島山を見たが、島山は興味深そうに目をキラキラさせて社長を見ていた。
「身代わりってどうやるんだろう?その人本人になるにはどうするんだろうって考えました」
「で?で?」
「咲、うるさい」
また筧が島山の口を後ろから塞ぐ。
社長も阿藤もそんな島山を見て体の力が抜け、一緒に笑っていた。
「まず表情。大智はどんな笑い方だったか、目の動きは?
バーツは特殊メイクの力を借りましたが、大智の表情の特徴を思い出してそれをしてみると自分でもびっくりするぐらい大智に見えたんです」
「すごいですね静さん」
「実父が亡くなってこちらに来るまでの間に練習しました」
しかしどうしても声だけはコピーできなかった。
表情も見る人が見たら鏑木に似ていないのかもしれないが、そこまで深い付き合いの人間はラディッシュコーポレーションにはいない。
いろんな人に出会う中で、この顔を見てもらい
鏑木を探す手掛かりにしたかった。
「大智のことを深く知っているからできたんですよ」
「島山さん…」
「俺たちは経験値もあるし訓練もしてきているから、ほんの少しの時間でもコピーする人間の特徴などをつかめます。
でも普通は仕草や動きなどは良く知っている人間にしかわかりません。
社長さんは大智と長い付き合いだ。
それに大智のことを想っているんだから逆にコピーできて当然だ」
島山代行事務所のメンバーは対象をコピーする時は、短期間で対象の情報を叩き込む。
細かいところまでみっちりと自分に入れていくのだが、元々知っている人間ではないのでかなり大変なのだ。
「だからほら、静さんは…今はもう大智くんじゃないよね?」
藤井の言葉通りだった。
島山たちの目の前にいる社長はもう鏑木の顔ではなかった。
「兄さん…。これが本当の?」
メイクをしているので素顔というわけではないが、阿藤の方を向いて優しく微笑んでいるのはさっきまでと全く違う顔。
阿藤は思わず社長の頬に触れた。
「ごめんな。陽。お前を利用してしまって」
ううん、と阿藤が首を横に振る。
鏑木の顔ではなくなったが、優しい兄はそのままだと思い、阿藤はうれしかった。
「さて本題っていうかここからは阿藤さんと静さんの話し合いになるな。
篠原。秘書さんたちをここへ連れてきて」
篠原からの返事はないが、モニターで今まで静止していた篠原カメラの映像が動く。
藤井と違って篠原はカメラを自分で持っていたようだ。
「秘書さんたちも話し合いに入れます。いいですね社長さん」
「はい。彼らにも皆さんの前で言わなければならないことがありますので。よろしくお願いします」
モニターの中にびっくりした顔の3人が映っている。
そして久しぶりに聞こえた篠原の声に島山は微笑んだ。
隠し部屋の中に唯一ある棚。
篠原はその後ろから秘書たちの様子を撮影していた。
計算に夢中な3人はもちろん気づいていない。
というよりもそんなところに人がいるなんて夢にも思っていないからだ。
島山からの指示がきたので篠原は棚の後ろから出る。
パソコンに向かっている3人のうち棚の方を向いていた梅谷が、篠原に気づいて椅子から転げ落ちた。
「お、お前っ!」
「え?」
ガタン!と派手な音がしたので当然竹岡と松口も振り向く。
ふたりとも篠原を見て椅子ごと後ずさった。
「こいつ!あの探偵まがいのヤツだ!」
「こいつが?」
「お仕事中申し訳ないんですが、社長室までご同行願えますか?」
いるはずのない人間がいきなり出てきて社長室に行けと言う。
秘書の3人が口をぼかんと開けたまま返事もしないので、篠原はもう一度同じようなことを言った。
「今から僕と一緒に社長室に、」
「なんで」
やっと言葉を発したのは竹岡だった。
普段常に社長と行動しているだけあってしっかりしていた。
「社長がお呼びだからです」
「だからなんであんたが、」
「詳しいことは社長室で社長に聞いていただけます?」
いぶかしげな顔の3人の返事を待たずに、篠原が一見壁に見える回転扉を開ける。
どうぞ、と篠原がドアを押さえると、3人はしぶしぶやってきた。
篠原が倉庫から出てすぐ隣の社長室のドアを開けて秘書の3人を入れ、筧が再び挟んでおいたストッパーを回収する。
これで関係者が全員揃った。
「社長…」
鏑木の顔から元の顔に戻った社長を見て秘書たちが目を丸くする。
メイクしているので完全に戻ったわけではないが、社長の素顔を知っている3人にはすぐにわかったのだろう。
応接用の長椅子に座っている社長が秘書たちに微笑んでうん、と頷く。
それを見て秘書たちは少し安心した表情になった。
「さて、秘書さんたちも揃ったところで、今回わたしども島山代行事務所が阿藤陽さんから受けた依頼を公開させていただきます。
阿藤さんよろしいですね?」
「はい。よろしくお願いいたします」
秘書たちが逃げ出さないように藤井と篠原が周りを固める。
筧はパソコンを持って、さっきまで藤井が隠れていたデスクに移動した。
「副社長である阿藤さんが、社長が所持していたメモリより隠しファイルを見つけ、詐欺をはたらいていることを発見しました。そこで、」
「待ってください!」
松口が島山に伸ばした手を藤井が止める。
グッとその手を押し戻されて元の位置に戻されたが、松口はまだ叫んでいた。
「待ってください。社長はここを立て直そうとしたんです。
引き継いだ時は赤字も赤字。その上、すぐに物価が高騰し始めて…
こうするしか方法がなくて」
「松口」
「本当なんです。だから、」
阿藤が立ち上がって、首を垂れた松口のところへ行く。
阿藤の腕を掴んだ松口が深く頭を下げた。
「私利私欲のためではありません。全てはこの会社のため。
だから副社長、なんとか返金もしますから社長を訴えないでください」
松口の隣に立っていた竹岡も頭を下げる。
梅谷だけが不審そうに阿藤を見下ろしていた。
「訴えはしません。形上は示談にしようと思ってます。
幸い別会社キャロットストアが野菜を安値で買い取っていた相手方の農園はこのことに気づいていません。
なので計算間違いの分、別会社から返金すればいいですよね?
おそらく返金することで別会社のキャロットストアは倒産という形になりますから」
「副社長…」
「問題はそこからです。ラディッシュコーポレーションを立て直すために、
松口さん、竹岡さん、梅谷さん。社長と僕に力を貸していただけないでしょうか」
秘書たちは阿藤のことを無能だと思っていた。
だからろくな仕事もさせてもらえないと。
しかしそうではなかったことが今、この会社の未来を見据えて話している阿藤を見てやっとわかったのだ。
「副社長には…この件に関して何も言うな、と社長に言われていました」
松口の体を支えるようにしている阿藤に、竹岡がそう言ってまた頭を下げた。
「副社長に仕事を選んでしていただいていたのも…その、副社長が何もおできにならないからではなかったんですね。
もし社長に何かあっても副社長だけはキレイなままで置いていたらこのラディッシュコーポレーションは潰れないと、社長はお考えだったのですね」
「お前たちには悪いと思ったが、陽に罪を犯させるわけにはいかないからな。
陽は次期社長だ。
なんとかして立て直してから継いでもらうつもりだった」
うん、と竹岡と松口が社長を見て頷く。
それを見てまた席に戻ろうとした阿藤を梅谷が止めた。
「副社長」
「梅谷さん…」
「一番あなたのそばにいたのに、何も気づきませんでした。
申し訳ございません」
戻ろうとした阿藤がまた梅谷の前に行くと、梅谷は阿藤に深々と頭を下げた。
「やめてください。
梅谷さんがいないと僕は仕事できないんですから。
これからも、いてもらわないと困ります」
「ありがとうございます。そのお言葉一生忘れません」
「梅谷さん、」
「わたしなどにはもう、副社長の秘書はつとまりません」
おろおろしている阿藤が筧の方を振り向く。
一緒にモニタングしていた間、阿藤の気持ちを聞いていた筧は阿藤の言いたいことがわかっていた。
「副社長からこれからのお話がありますよ。
皆さん落ち着いて聞いてください。ご意見はその後で受け付けます」
筧がそう言うと秘書たちがおとなしくなる。
阿藤はまた社長の隣の席に座った。




