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同姓同名の詐欺師【7】

 



倉庫の前で止まった阿藤(あとう)をコピーした鏑木に、秘書たちの顔色がサッと変わった。


梅谷(うめたに)さん。鍵を開けていただけますか?

僕はここの鍵を持っていないので」


開けなければ怪しまれる。


そう判断した梅谷がポケットからキーケースを出して、二重にかけられている鍵を開けた。


倉庫のドアを開けた阿藤をコピーした鏑木が4人を中へ入れる。

棚が並ぶ倉庫。それ以外は何もないように見えた。


「なにか書類でも探すんですか?」


竹岡(たけおか)が棚に手を置いてゆっくりと阿藤を振り返る。

棚の向こうにある窓からは午後の日差しが降り注ぎ、小さな埃が舞うのを照らしていた。


「どなたでも結構です。ここの、」


阿藤をコピーした鏑木が、突き当たりの壁の足元にある小さな鍵穴を指さす。

一瞬で顔色が変わった秘書たちが体を硬くした。


「どなたかこの鍵穴に鍵を差していただけませんか?」


阿藤の言葉に梅谷がははっ、と笑った。

所狭しと置かれた棚の間に通路に立っているあとの3人が、梅谷をにらんだ。


「鍵?なんのことですか副社長。

わたしたちはそんなもん持ってませんよ」

「ではどうやってみなさんはこの中の隠し部屋に出入りされてるんでしょうか」

「隠し部屋?

副社長のおっしゃっている意味が全くわかりません」


受け答えしている梅谷の声がうわずっている。

黙っている3人は助け舟を出すこともなく梅谷を見ていた。


阿藤をコピーした鏑木が小脇に抱えていたパソコンを開いて操作する。

竹岡と松口(まつぐち)が小さくため息をついた。


「こちらの映像をご覧ください」


いささかテキパキと話し始めた阿藤をコピーした鏑木。

それでも阿藤だと誰も疑っていない。


阿藤が見せた画面に4人が視線を移す。

その画面には鍵を開け、回転扉から中へ入る梅谷の姿が写っていた。


「この壁が回転扉になってますよね」


阿藤が壁にスッと手を当てる。

画面を見つめたままの梅谷のこめかみが震え、汗が流れた。


「梅谷さんだけでなく皆さん鍵を所有されてますよね。

どなたでもいいので開けていただけますか?」


さっきと同じことを言った阿藤に誰も何も答えなかった。


グレーの冷たい壁から手を下ろした阿藤をコピーした鏑木が、その手のひらを上に向けて4人の前に出す。


全員が動きを止めた中、社長が胸ポケットに手を突っ込んだ。


「わたしが開ける」

「社長、」

(ひなた)は全てわかった上でこうして我々と話し合いをしようとしているんだ。

一か八かで来てるんじゃない」


そう言って社長が胸ポケットから出した小さな鍵を指先で掴み壁のところでしゃがむ。


コトン、という音が静かな倉庫にやたらと大きく響いた。

立ち上がった社長が壁を押すと真ん中を軸にしてグレーの壁が開いた。


「皆さん中に入ってください」


4人を中に入れた阿藤がまた壁をゆっくりと閉める。

きっちりと閉まったのを確認して4人の方を振り向いた。


隠し部屋の中にある3つの机。

その上にはパソコンが置いてある。

部屋の隅には何も入っていないスチール製の棚。

その前にはダンボール箱が並んでいる。


いつでもすぐに運び出せるようにしてあるのだろう。

口を開けたダンボール箱の中身は証拠になる書類が詰まっていた。


「ここがあなたたちの別会社キャロットストアですね」

「なにを、」

「あなたたちが詐欺をはたらいている証拠の部屋です」

「バカバカしいこと言わないでください。わたしたちは、」

「もういい」


絞り出したような声で反論を続ける梅谷を社長が止める。


窓もないこの部屋で天井に埋められた電気が暗い表情の4人を照らしていた。


「陽。なぜ気づいた?」


3つある机のうちのひとつの椅子に座った社長が阿藤をコピーした鏑木を見上げる。


梅谷は悔しそうに唇を噛んで阿藤の前から後ろに下がった。


「兄さんのパソコンの隠しファイルの中に」


阿藤がパソコンの画面を変えて農園との取引の一覧を出す。


丁寧に差額まで出してあり、農園がどれほどの損害を受けているかも阿藤は計算していた。



「大智。まだおびきだされたこと言っちゃだめだよ。

社長とふたりになってからね。言葉選んで」


筧が通話ボタンを押して鏑木に話す。

島山カメラが頷いている鏑木の表情を捉えていた。


「今は詐欺を認めさせるってことですね」


モニターに写っている自分とそっくりな鏑木を阿藤は見ている。


自分が依頼したとはいえ今から詐欺の実態が判明するのだ。

身内として阿藤は心が痛いだろう。


「そうだね。でも認めさせないことには農園の人たちがどんどん損をして、閉鎖してしまうところも出てくるかもしれない」


阿藤の心を読んだように筧がそう言うと阿藤は力強く頷く。

間違ったことをしてないんだよ、と筧が背中を押してくれたのだ。



「見つけた時は…ショックでした」

「それで、副社長は探偵に調査させたんですか?」


いつものおっとりした話し方の竹岡が強い視線を阿藤をコピーした鏑木に送った。


「こうだい農園?のふたりは探偵ですね?」

「探偵、ではありませんが協力していただいた方々です」

「梅谷がお通ししたようなのですが、今どちらに?」


ギッ!と梅谷が竹岡をにらむ。

それに気づかないように淡々と話を進める竹岡。


竹岡の方が社長秘書になった理由が阿藤をコピーした鏑木にはわかった気がした。


「どこにいるのか僕は知りませんが…

あの方たちに協力していただいて証拠は全て揃っています。

ここには今僕たちだけです。

認めてもらってから…その先のことも話し合えると思います」


警察に通報するかどうか、ということを、阿藤をコピーした鏑木は言っているのだ。

静かに頷いた社長が口を開いた瞬間、梅谷が先に声を出した。


「松口だ。松口がひとりで勝手に別会社を興してやったことだ」

「は?お前裏切るのか?」

「やめろ」


社長が止めたのに松口は黙ったが梅谷はおさまらなかった。


「そもそも副社長。あんただってこの会社の人間だろ?

警察に行ったらあんたも罪になるんだぞ!!


梅谷が阿藤をコピーした鏑木に詰め寄る。


社長が立ち上がったが梅谷はもう周りが見えていなかった。

竹岡と松口も興奮している梅谷を押さえようと近づいたが梅谷はサッと阿藤をコピーした鏑木の胸ぐらを掴んだ。


「くだらねえこと嗅ぎ回りやがって!」


梅谷が拳を振り上げて阿藤を殴ろうとした瞬間、

うっ!とうめいた梅谷が横に吹っ飛んだ。


「なんだっ!」


振り上げていた拳を痛そうに反対の手で包んでいる梅谷が阿藤をにらむ。


座り込んだ梅谷の足元で黒い警棒がくるくると回っていた。


「話し合いしろっつってんだよ」


どこからか聞こえた声に全員部屋の中を見回す。


自分たちしかいないはずの隠し部屋で知らない声が聞こえたのだ。

しかし全員で探しても声の主の姿は見えなかった。


「誰だっ!」


どこからか飛んできた警棒に手を打たれた梅谷が、空間に向かって大声で叫んだ。


その時阿藤をコピーした鏑木が一歩横に足を動かす。

阿藤の後ろに重なるように立っている男が、

ニヤリと目の前にいる社長と秘書たちに笑った。


「お前…」


阿藤に重なっていたのは島山だった。


唯一島山の顔を知っている梅谷が笑った島山を恨めしそうににらんだ。


「俺のことはどうでもいいよ。

詐欺を認めたんならこれからどうするか話し合いをしなさい、ってことよ」

「わかった」


立ち上がっていた社長がまた椅子に座る。

机の上で手を組んで阿藤をコピーした鏑木を見上げた。


「陽。お前に言わなかったことは謝る。

言わなかったのではなく言えなかった。

巻き込みたくなかったからだ。

父からこの会社を引き継いだはいいが、重なる物価高に苦しめられていた。

レストラン等は値上げをすると客は離れていく。

元々のコストをおさえるしかなかったんだ」

「コストをおさえたんじゃないですよね。

例えるなら元々100円のものを騙して50円で買ったってことですよね。

物価高に苦しめられていたのはわかります。

でもそれが犯罪を犯してもいいという理由にははらない」


会社が持ち直したとしてその裏で農家が赤字になってもいいわけがない。

閉鎖していいわけがないのだ。


自分さえ良ければそれでいいという考えでは商売は長続きしないのだ。


「副社長。社長のお気持ちもわかってあげてください。

社長だって何も好き好んでしたのではないのです」

「それはわかっています。

しかし僕は今事実を証明したいんです。

あなたがさっき社長に渡していた農園閉鎖の報告。あれが全てなんですよ」


阿藤をコピーしている鏑木の顔は悲しそうだった。

責めているのではないことが松口や竹岡にもわかった。


副社長はこれからどうするかを問うているのである。

やってしまったことの落とし前をつけろと、そしてその後に会社をどう立て直していくかを相談しようと言ってるのが理解できた。


ただひとり副社長の秘書をしていた梅谷だけは納得のいかない顔でそっぽを向いていた。


「今までキャロットストアで買い取った商品のデータを漏らすことなくピックアップしてくれ」

「社長!こいつら、ここを乗っ取ろうとしてるんですよ!」


まだ痛む手を押さえて梅谷が立ち上がる。


そしてまた阿藤をコピーした鏑木に殴り掛かろうとした。

阿藤をコピーしているので鏑木は手が出せない。


その代わりに島山が梅谷が突き出した拳を掴んで捻り上げ、床に押さえ込んだ。


「そういう問題じゃないっつってんだろ。頭悪いなあんたは」

「うるさいっ!放せっ!」

「この人押さえとくから話進めて」


島山が社長を見上げる。

うん、と力強く頷いた社長はとても悪いことをするようには見えなかった。


「竹岡、松口、ふたりで協力して全てのデータを上げて、各農園の元々の買値からの損害を計算してくれ」

「わかりました」

「梅谷も…落ち着いたら一緒に。頼んだぞ」


社長の決意を少しでも感じ取ったのだろうか。島山の下で梅谷が小さく、はい、と返事をした。


「兄さん。もうひとつ聞きたいことがあります」

「わかった」


早速パソコンに向かい始めた竹岡と松口を見て社長が席を立つ。

秘書たちがこの隠し部屋で作業している間に別室で話をすることを社長も望んでいた。


「社長室へ。そちらの探偵さんもご一緒に」


押さえていた梅谷から島山が体を起こす。

梅谷はもう抵抗することもなくじっとしていた。


社長と阿藤をコピーしている鏑木、そして島山の3人が隣の社長室へ向かう。

入り口のドアの横に付いている黒い画面に社長が顔を近づけると、

ピ、と小さく鳴って黒い画面に【Authenticated】と緑の文字が浮かび上がった。


「どうぞ。ここなら誰にも聞かれることはありません」


最初に見た時は冷たい印象だった社長が肩の荷が降りたのか優しい顔で微笑んでいる。


阿藤をコピーした鏑木と島山が社長に軽く頭を下げて中へ入った。

副社長室と造りは同じだったが来客用の応接セットが置いてあるので副社長よりも狭く感じた。


社長に案内されて鏑木と島山が応接セットの長椅子に並んで座る。

その正面に社長がひとりで座った。


「こちらをお渡しした方が早いですかね」


島山が内ポケットから名刺を取り出して社長に渡すと、受け取った社長が目を見開いた。


そしてそのままゆっくりと名刺から顔を上げて島山を見つめた。


「初めまして鏑木社長。

わたくし島山代行事務所、所長の島山咲也と申します。

通常なら我が事務所は依頼者以外には本来の自分の姿を見せないのが鉄則ですが」


ははは、と笑って島山が頭をボリボリと掻く。

それに微笑んだ社長も名刺入れを出して島山に名刺を渡した。


「ラディッシュコーポレーション代表の鏑木大智と申します。

この度は弟と私どもまでご迷惑をおかけいたしました」


島山に深く頭を下げた社長はやはり以前1階のブースで会った時とは別人のようだった。

島山の横に座っている阿藤をコピーした鏑木がひと通りの挨拶の後、口を開いた。


「兄さんが何かあれば島山代行事務所さんに頼れ、と言ったので」

「ここを継ぐと決まった時に、知人から勧められていたんです。

島山さんのところは確実に仕事をしてくれると」

「知人ね。まあいいでしょ。

でも弟さんにうちを勧めたのはその他にもたくさん理由がありますよね?」


社長は鏑木が島山代行事務所にいることを掴んでいる。

鏑木に会うために名前と顔を変え、探していたのだ。


そして弟である阿藤陽(あとうひなた)に依頼させるように仕向けた。

犯罪まで犯して。

それを今からひとつひとつ紐解いていかねばならない。

そうしないと鏑木本人に会わせるわけにはいかないのだ。


社長は黙って何かを考えている。

島山も阿藤をコピーした鏑木も、話始めるのを待つしかなかった。







はあ、と松口が大きなため息を吐く。

隣の机にいた竹岡も机に肘をついて頭を抱えた。


「なんでこんなことに」

「副社長って案外キレものなのかもしれないよな」


隠しファイルから詐欺のデータを抜くなんて。

社長のセキュリティが甘かったわけではないのだろう。

ということは阿藤がそれだけの腕と頭を持っているということだ。


「いや。あいつは無能だ。

いつもぼーっとしてニコニコしてるだけじゃないか」


お前らよりも見てきたんだ、と言わんばかりに梅谷がパソコンを操作しながら言い放った。


「梅谷でも気づかなかっただけだろ。

それか本来の自分を副社長は隠していたか」

「かもしんないよな。

それで陰では俺らのこと無能だ、って笑ってたのかもよ」


梅谷が黙り込む。

松口と竹岡の言うことが本当なら、えらそうにするたびに自分も副社長に笑われていたのか。


そう考えると怒りを通り越して恐ろしくなる。

梅谷はマウスを握りつぶしそうなほど掴んだ。


「俺らどうなっちゃうのかな。せっかく前のとこ辞めて社長についてきてやったのに」

「よく言うぜ。好条件だったからついてきたくせに」


握っていたマウスを梅谷が机にガン!とぶつける。

その振動で画面が閉じてしまった。


「なんか、なにもかも嘘だったんじゃねえの?」

「なにもかも?」


梅谷の言葉に松口と竹岡は手を止めた。


なにもかも。

阿藤の兄であることも、この会社が赤字だから詐欺をはたらいたということも、

自分たち3人のことを社長である鏑木が信用しているということも、そして…


「社長って、なにものなんだろね」


竹岡が口から息を漏らすように言ったその言葉に松口と梅谷は凍りついた。







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