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同姓同名の詐欺師【6】





阿藤(あとう)の兄である社長が副社長室のドアを開けて入ってくる。


阿藤をコピーした鏑木が頭を下げた。

社長の部屋は顔認証でしか開かないが副社長の部屋は鍵すらないのだ。


「おつかれさまです。兄さ、あ、社長」

「うん。わたしひとりだから大丈夫だ」


微笑んだ社長が阿藤の肩に手を置く。

ゆっくりと顔を上げた阿藤にも微笑んで、狭い副社長室を見回した。


(ひなた)ひとりか?」

「え?あ、はい」

「誰も訪ねて来てないか?」


こくん、と阿藤をコピーした鏑木が頷く。

秘書の梅谷の言う通り、こうだい農園の二人はこの部屋には来ていないようだ。


副社長にアポを取っていると言ってやってきたはずなのに。



「バレてない」

「…」


筧の呟きに隣に座っている阿藤は声も出ない。


肉親なら気づく可能性が高いはずのコピー。

兄は阿藤をコピーした鏑木と普通に話している。

しかも阿藤が見る限りおかしな点もなくいつもの兄だった。


「大丈夫?阿藤さん」

「あ、はい。いつもの兄です。いつもの僕に接する時の」

「へえ。阿藤さんには優しいんだねお兄さん」


仕事の時は厳しいが秘書もいないふたりきりのときは確かに兄は優しい。

筧にそう言われた阿藤は自分をコピーした鏑木と兄をじっと見つめた。



「誰かが僕を訪ねて来たんですか?」

「いや。アポも取ってないな?」

「はい」

「ならいい。もうすぐ会議が始まるから頼むぞ」

「はい」


阿藤をコピーした鏑木の肩を撫でて社長は副社長室を出て行った。


時刻は12:50。

会議室は2階なのでそろそろ行かないとならない。


「会議室に入れそうなら入って」


筧がウォッチの藤井、島山、篠原に指示を出す。

返事はなかったが行けそうなら入るだろう。


3階で社長と別れた梅谷(うめたに)竹岡(たけおか)は、隠し部屋ではなく普通の秘書室に戻って来ていた。


竹岡が今日訪問した新しい契約先である、埼玉の農園のデータをパソコンでチェックしていた。


「ここもうまくいきそう」

「それは良かった。

あーあ。俺も社長の秘書が良かったな。

副社長の秘書なんてしてたらろくなことない」

「なんかあった?」

「副社長とアポ取ってるとかなんとか言って乗り込んできたわけのわからない連中に絡まれたんだよ」

「ああ。さっき言ってたヤツらか」


ちゃかちゃかとしゃべる梅谷に対して竹岡はのんびり話す。

対照的なふたりだが昨日今日知り合いになったようには見えなかった。


「てかその二人どこにいるんだろ」

「知らねえよ。

上に上がってきて副社長のいるところがわからないから帰ったんじゃねえの?」

「いや。受付が帰るのは見てないって」


こうだい農園の二人のことをそこまで重視していなかった梅谷だったが、竹岡の言葉にごくりと唾を飲み込む。


もしこの会社にまだいるとしたらあの二人はいったい何をしているというのだ。

梅谷にはその目的がわからなかった。


「まだ副社長のこと探してたらおもろいな」

「だといいんだけどね」

「おい竹岡。どういう意味だ」


そろそろ会議に行かなければならない時刻。

パソコンを閉じて小脇に抱えた竹岡が秘書室を出て行こうとした。


「おい」

「わかんないよ。わかんないけど…なにかを調べてるとしたら怖いなって」

「なにかって…」

「梅谷も行こう。会議に遅れる」


部屋から出て行った竹岡を梅谷が慌てて追う。

廊下でする話ではないので梅谷は仕方なく口をつぐんだ。


竹岡が隣の社長室をノックする。

中から返事の代わりに社長が出てきた。


一方の梅谷は副社長室をノックする。

こちらもすぐにドアが開いて阿藤をコピーした鏑木が出てきた。


2階にある会議室に社長と副社長そして二人の秘書が入ると、もうすでに会議に出席する社員たちが揃っていた。


それぞれ机に置かれた資料を見ながら隣の人と話をしたりしている。

社長が入ってきたことに気づき、全員が姿勢を正した。


「では始めます。

皆さんお手元の資料をご覧ください」


そう言って竹岡が大きなモニターの電源を入れると、資料と同じものがスクリーンに映し出される。


司会をしている竹岡をいつもは恨めしそうに見ている梅谷が今日は資料を握りしめながら一点を見つめていた。


「梅谷さん。具合でも悪いんですか?」


阿藤をコピーした鏑木が隣に座っている梅谷をのぞき込む。

声をかけられてハッとした梅谷が阿藤を睨んだ。


「なんともありません。副社長。資料をしっかり見てください。

理解できなかったら聞いてください」


阿藤をバカにしたような口調。

しかし阿藤をコピーした鏑木は、はい、と言って素直に資料に目を落とした。


そんな二人を社長が少し離れた席から見ていた。


「こちらは年間の収穫量が…」


質疑応答は最後にするのだろう。

集まった社員たちは静かに竹岡の説明を聞きながら、スクリーンや資料に目をやっている。


ひとりだけそれをしていない梅谷はどこかわからないところをじっと見つめていた。



「梅谷考えてるな」

「あの二人は何しに来たんだろう?って?

いまさら過ぎてウケる」


まだ会議室に入っていない島山と篠原が顔を見合わせて笑う。


藤井が会話に入ってこないところを見るともう会議室に侵入しているようだ。

今回現場入りした人数が多いが藤井は鏑木のウォッチなので今はついているのだろう。


「お前ら遊んでないで早く入れよ」


筧の声に廊下にいた島山が辺りを見回した。


「遊んでたわけじゃないんだけど入り損ねた」

「マジか」

「大丈夫。会議が終わったら入るから」

「遅くね?」


会議が終わったらなにかアクションがある、と島山が筧に言うと隣の篠原も頷く。


わけのわからない二人組を不本意ながらも通してしまった梅谷。


島山代行事務所にエサを撒いた社長だがもし梅谷や竹岡が知らないところで動いているとしたら、落とし前をつけさせないとならないのだ。


「なるほど」

「あくまでも予想だけどな?」

「いや。咲の予想は当たるから」


筧にそう言われて照れた顔をした島山を見て篠原が笑った。


島山と篠原は隠れることもなく普通に廊下にいる。

通り過ぎる社員たちも堂々としている二人を普通に客だと思っているようだ。


それに先日ブースにいた二人をうっすらと覚えている社員もいる。

人通りの多いところで話をしていた効果が出ていた。


「ははは。咲、照れてる」

「可愛いだろ」

「まあ、うん」

「篠原が素直だから雨降ってきたぜ」

「嘘つけ。窓ないだろ」


島山と篠原が話しているとバタバタと走る音が聞こえてきた。

エレベーターの方を見るとその横の階段から細身の男が走って来る。


会議室を少し過ぎたところにいる島山たちには目もくれずにその男は会議室のドアを開けた。


バン!と派手に開けられたドアの方を、長机を前にして座っていた全員が振り向く。


息を切らしたその男は真っ直ぐに社長のところへ歩いて行った。


「どうした」

「これを」


走って来た男がカバンからクリアファイルを取り出して社長に渡し、開いている席に座った。


松口(まつぐち)、これはなんだ」


サッとクリアファイルの中の書類に目を走らせた社長が、たった今走って部屋に入ってきて座ったもうひとりの秘書、松口を強く見た。


「それを渡されました。会議が終わりましたらその件について社長にお話をさせていただきます」


早く会議を終われと松口は言っているのだろう。

それを感じ取った社長が司会の竹岡に続きを促した。


松口が入って来てから30分ほどで会議が終わる。


社員たちがぞろぞろと出て行き、会議室には社長、竹岡、梅谷、松口、そして副社長だけになった。


「副社長。申し訳ないが今の会議で出た意見の記録をまとめておいてくれないか?」


社長が長机の上に置いていた会社用の携帯を阿藤をコピーした鏑木に渡す。

ボイスメモを文字起こしをしろ、と言っていた。



「大智?踏み込むか?」


他のメンバーの声は聞こえない。藤井、島山、篠原はもう会議室のどこかに身を潜めているのだ。


筧がこう聞くということはいけるということだ。

阿藤をコピーした鏑木はうん、と小さい声で返事をした。


「阿藤さん。いいですか?」

「…はい」


いよいよ兄が詐欺をはたらいていたことが露見する。


認めるのだろうか。

最初に自分が見つけた証拠。こんなに厳重に物事を運んでいるのに、今思えば阿藤はいとも簡単にパソコンの中のファイルから手に入れたのだ。


「大智。証拠は全てそのパソコンに送ってる」


筧の声に阿藤をコピーした鏑木が持っていたノートパソコンを持つ手に力を込めた。



「僕も話し合いに入ったらダメですか?」


阿藤をコピーした鏑木が兄である社長の目を見つめる。


当然社長はびっくりした顔をした。


「副社長。わきまえてください」

「梅谷さん、僕は、」

「何もできないあなたが話し合いに入ったところでどうにもなりません。

部屋で大人しく言われた仕事をしていてください」


竹岡はのんびりした顔をしている。

松口は焦った表情だ。

そして副社長秘書の梅谷はイライラしていた。


出て行こうとしない副社長を連れて行くのはいいが、その間に話を進められては梅谷が不利だ。


“不利” という言葉自体おかしいのだが、副社長秘書は社長秘書よりも劣っていると梅谷は思っている。

自分が劣っているのではなく、役職が、だが。


「副社長」


梅谷の言葉に阿藤をコピーした鏑木が、持っていたパソコンをドンと長机の上に置く。


会議室を出て行くどころか、居座ろうとしている阿藤に、はあ、と梅谷が聞こえるように大きなため息をついた。


「語弊がありました。

話し合いに入れてくれ、ではありません。

僕の話を聞いていただけますか?

こちらにいる皆さんに聞いてほしいんです」


阿藤をコピーした鏑木へ一歩踏み出した梅谷の手を、長机の上に肘を置いていた社長が自分の手で止める。

立っていた竹岡と松口が顔を見合わせてから社長の方を向いた。


「私たちの話し合いは陽の話を聞いてからの方がよさそうだ」

「社長。この後代官山の店の視察がありますが」


竹岡が秘書らしくスケジュールを告げる。

阿藤に話す時間などないと遠回しに言っていた。


焦っている松口が竹岡の横で激しく頷いていた。


「うちの会社の店だ。視察は明日にしてもいいだろう。

陽。なんだ?言ってみなさい」

「はい。ありがとうございます」


秘書たちは社長が弟である副社長に甘いのが気に入らない。

自分たちの方がはるかに仕事ができるし昔からの仲間だという自負もある。


おとなしい阿藤を無能だと社長に報告し、核心の仕事を与えないようにしているのも彼らのようだ。


阿藤をコピーした鏑木が置いたパソコンを操作してから4人の方へ向ける。

そこには別会社に安値で買い取られた農園のリストが載っていた。


「そ、それはっ」


あわてて梅谷が声を上げる。

社長はパソコンの画面ではなく弟である阿藤の顔をじっと見つめていた。


長机の一番前に置かれたパソコンの、すぐ前に立っている竹岡と松口は社長の顔を見ていた。


「これは僕が見つけたうちの会社が契約している農園の一覧です。

元々買い取る予定の野菜を半分しか買い取らず、残ったものを別会社が半値以下で買い取っています」


阿藤をコピーした鏑木が画面にポイントを置く。

そこには半値で買い取った別会社、キャロットストアの名前があった。


「野菜にはもちろんですが期限があります。

売れ残って困っている農家さんにつけ込んで、このキャロットストアという会社が半値、

もしくは半値以下で買取をしています」

「それがどうしたんですか?

そのキャロットストアさんがしたことは我が社には関係のないこと」


梅谷と違って落ち着いている竹岡がゆっくりとしたトーンで話す。


当たり前だが誰も目の前にいる阿藤がコピーだとは誰も気づいていない。


「さっき松口さんがあわててここへ来て渡したファイル。

それに全て書いてありますが、このキャロットストアという会社はあなたたちが作った別会社です」

「副社長、おっしゃっている意味がわかりません。

さきほど私が社長にお渡ししたファイルは農園のひとつが閉鎖するという連絡です」

「では見せていただけますか?」


頭を下げてから松口が、社長からまたファイルを受け取る。

それを阿藤をコピーした鏑木に渡した。


阿藤がファイルの中に挟まれた書類を上から読んでいくと松口の言う通り閉鎖する農園からの報告が書かれてあった。


「すり替えたんですね。社長が目を通した後に」

「何をおっしゃいますか。元々この書類です」


「大智。画像もあるから」


筧の声にうん、と頷いた鏑木がマウスをクリックすると、部屋に飛び込んで来た松口が社長に書類を渡している動画が出てきた。


「これは、」


松口がバッ!と入り口付近の天井を見上げる。

しかしそこにはカメラも何もない。


社長が書類を見ている場面で鏑木が一時停止を押した。


「アップしますね」


島山か篠原か藤井か。そのうちの誰かが撮った動画は筧によって解像度も上げてある。


アップして見た書類は今見た内容と全く異なっていた。


「松口さん。あなたが社長に渡したのはこちらの書類ですよね。

別会社のキャロットストアが買い取ろうとしていた相模原市の農園が売らない、と言ってきたんですよね」

「ああ。そちらでしたね。

書類が何枚もあるので勘違いしてました。

しかし副社長。その書類はキャロットストアが買取を失敗したという情報ですよ。

わたしたちの業界ではこういった情報交換は日常茶飯事です。

わたしがあわてて入って来たのは閉鎖の方。

それに驚いたからですよ」


落ち着いた口調で話す松口に梅谷が隣でニヤリと笑う。

社長と竹岡は先ほどと変わらない表情だった。


「ではなぜ最初の契約通り全ての買取りをしなかったんですか?

このデータによると父の代からお世話になっていた農園と、そして今の社長になってから新規で契約した農園、

その半分以上で全ての買取りをしていない」


ラディッシュコーポレーションが出している店の数も変わっていない。

農園を新規で契約するするぐらいなら今までの農園から全て買い取ればいい話だ。


普通に考えてラディッシュコーポレーションのしていることは矛盾していた。


「こちらのキャロットストアの仕事を主にしていたのは松口さんですね。

しかし社長含めここにいる全員が共犯です」

「副社長。想像力豊かなのは良いと思いますが、そのキャロットストアがわたしどもの別会社だという証拠はありませんよ」

「副社長にはおわかりいただけないと思いますが、ひとつの農園では作っていない野菜を探して他の農園から買うことなど、当たり前のことです」


松口を助けるように竹岡が言い返した。


バタン、と阿藤をコピーした鏑木がパソコンを閉じる。

穏やかな話し方を変えないところも阿藤そのものだ。

だから秘書たちは阿藤を言いまかせると思っているのた。


「僕について来てくれますか」


そう言って阿藤をコピーした鏑木が会議室の入り口へ向かい、ドアを大きく開けた。







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