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キャンプファイヤーの炎が消されると同時に、今年度の飛鳥市立南高校文化祭は幕を閉じた。
といっても、それは行事としての文化祭が終わったというだけの話。
「みんな、飲み物は持った? まだの人は言ってね」
片付けを粗方終えた教室に、悠子の声が響く。
すると、クラスメイトたちは顔を見合わせながら、「大丈夫?」「OK!」などと言葉を交わし、最後にそろって悠子の方へ視線を向けた。
全員の視線を一身に受けた悠子は、満足げに大きく頷く。
「え~、それじゃあみんな、準備から今日までお疲れ様でした! みんなの頑張りのおかげで、うちのクラスは今年度の出し物優秀賞を受賞することができました。最優秀賞にはあと一歩届かなかったけど……まあ、この際メダルの色は些細な問題ということで!」
「安心しろ、悠子! 文化祭を一番楽しんだクラスってレースなら、二年三組が優勝だ!」
「はいはい、ありがとねー」
大輔のハイテンションな愛の――いや、合いの手に、悠子が適当な口調で応える。
コントのような二人のやり取りに、クラス中から笑いが漏れた。
「まあそんなわけで、私たちは文化祭を全力でやり切った! 全力で楽しみ抜いた! みんな最高! 乾杯!」
悠子の音頭とそれに合わせて「乾杯!」という声が響く。
文化祭の片付け終了後の軽い打ち上げ。これも、飛鳥市立南高校文化祭の陰の伝統――ということになっている。
どのクラスでも、今は教室でジュースとスナック菓子を持ち寄って打ち上げを始めていることだろう。その証拠に、今も廊下の向こうから「乾杯!」という声が聞こえてきた。
乾杯が終わると、立食パーティーのような感じで各々が自由に雑談を始める。
「明日が振替休日で、明後日からまた授業か~。去年もそうだったけど、やる気でねぇな」
「それな。なんか燃え尽きたっていうか、やる気でねぇよな」
丈瑠がちびちびオレンジジュースを飲んでいると、隣にいた男子たちの会話が聞こえてきた。
ため息をつく男子たちに、気持ちはよくわかる、と丈瑠は心の中で同意する。
この一週間は、何というか特別だった。
朝起きて、学校へ来て、授業を受けて、終わったら帰る。
そんな代わり映えしない日常から解き放たれ、みんなでワイワイ盛り上がった日々。毎日がキラキラ輝いていて、心はフワフワと空でも飛んでいるように軽くて……。陰キャの丈瑠も、普段は話をしないクラスメイトたちと笑い合えるような、不思議な魔力を持った非日常――。
そんな一週間だった。
だからこそ、今日が終わってしまうことが、堪らなく惜しい。代わり映えしない日常へ戻っていくことが億劫に思える。このまま今日が繰り返せばいいのに、とまるで小さな子どもみたいなことを考えてしまう。
それくらい、楽しい日々だった。
「イエーイ、丈瑠! 楽しんでる?」
「ぐはっ!」
いきなり背中を全力でひっぱたかれ、丈瑠はジュースが入ったコップを落としそうになった。
肩越しに後ろを見れば、悠子の満面の笑みがあった。
「お前な、全力でぶったたいてくるな。何事かと思ったわ」
「アハハ、ごめん、ごめん」
悠子がケラケラ笑いながら謝る。まるで酔っ払いみたいなノリだ。お酒なんて出ているはずもないので、打ち上げの雰囲気に酔ってしまったのかもしれない。
「ねえ、丈瑠」
「あ?」
と思ったら、悠子が不意に穏やかな声音で名前を読んできた。
丈瑠が怪訝そうな顔をすると、悠子は眉尻を下げてどこか困ったような笑みを浮かべ、何かを言おうとするかのように口を開く。
しかし、悠子の口から言葉が出てくることはなかった。声の出し方を忘れてしまったみたいに、悠子はそっと口を閉じてしまった。
「悠子……?」
「ごめん、何でもない」
丈瑠が名前を呼ぶと、悠子は首を振った。
この話は、これでおしまい。
そう言っているかのように。
その時、少し離れたところからクラスメイトが「おーい、悠子!」と呼ぶ声が聞こえてきた。その輪の中には、美波もいる。
「はーい、今行く。――ごめん。もう行くわ」
「おい! ちょっと待て、悠子」
クラスメイトたちの方へ駆けていく悠子へ、丈瑠は慌てて声をかける。
何か言いたいことがあったわけではない。ただ、これまでに感じてきた引っかかりもあって、悠子を呼び止めなければいけない気がしたのだ。呼び止めて、もっときちんと話さなきゃいけない気が……。
すると、丈瑠の声で足を止めた悠子がこちらへ引き返してきた。
「……あんたは、何というか無駄に察しがいいね」
丈瑠の顔を見上げ、悠子は意味深に笑う。
「あ? どういう意味だよ」
「なんでもない。というか、あんたは私のことなんか気にしてないで、美波のことだけ考えてればいいの。いい加減、腹くくったらどうなの?」
「おいこら! いきなり何を言い出す!」
丈瑠が慌てると、悠子はこれ以上ないほど晴れやかな笑顔を見せた。
「じゃあね! 頑張りなさい、丈瑠」
最後に余計な世話を焼いて、悠子は去っていく。
丈瑠はそんな悠子の背中を見ていることしかできなかった。