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ロングホームルームで出し物も決まり、日曜日。
丈瑠はいつものメンバーとともに、ショッピングモールに来ていた。目的は文化祭に使う道具の買い出しだ。
出し物を決めた後、ロングホームルームの時間を使って準備の担当と当日の当番を決めた。
準備の役割は、悠子が全体の統括、丈瑠と大輔は大道具。そして美波が引き受けた役割は――カラオケでも話していた衣装作成だ。
ロングホームルームでの話し合いの中で、おそろいの衣装を着るという話は、割と早い段階で出てきた。最初は手作りのクラスTシャツを作ろうかという意見が出ていたが、それだと他のクラスと被りそうと女子が言い始め、巡り巡って、それならおそろいのエプロンはどうかという話になった。
で、費用を抑えるため、エプロン自体は無地の安いもので揃えることになったのだが、そうなると今度はオリジナリティがない。そして、またも巡り巡った末に出てきたのが、それならエプロンにオリジナルの刺繍でも入れたら、という意見だった。
幸いなことに、学校の家庭科室にあるミシンで刺繍が入れられることもわかった。
そして、誰がそれをやるか、という段階になって白羽の矢が立ったのが、美波だったというわけだ。もちろん、悠子の推薦である。
材料の買い出しを割り振る際も、美波は衣装担当ということで、エプロンと刺繍に必要な糸などを担当することになった。
ただ、さすがに四十人分を一人で持ち運ぶのはきびしい。そこで悠子・大輔・丈瑠もセットでエプロンの買い出し担当となり、全員でショッピングモールに繰り出してきたのだ。
「とりあえず、まずはエプロン取りに行きましょうか。で、どこかのロッカーに入れておきましょう」
そう言って、悠子が意気揚々と先陣を切ってモール内を歩き始める。
ちなみに、エプロンの方は美波がシステムコンソールからお店へ発注済みだ。SKYにはネットショッピングのような感じで必要なものを発注し、受け取れるシステムがあるのだ。
テスターは毎月一定額のSKY内通貨も支給されるため、通常はそれで買い物をすることになるのだが、学校で使用するものは余程特殊なものでない限り、無償で用立ててもらえる。こういうところは、現実世界での感覚と似ている。ちなみに、高校生はSKY内でバイトをしてお金を稼ぐことも可能だ。
ちなみに、発注した品物の受け取り先はSKY内の自宅も選択できるのだが……今回はいつものメンツで出かけることも兼ねているので、あえてモール内の店での受け取りとしてあった。
「すみません、注文していたエプロン四十着を取りに来ました」
受け取り先に指定したモール内の百円ショップで、悠子が店員に話しかける。
すると、店員がにこやかに「少々お待ちください」と言って、カウンターの下から四十着のエプロンを取り出した。
カウンターのスペース的に、これだけの数のエプロンが入りそうには見えないのだが……。まあ、突き詰めればこのエプロンもただのデータなので、深く突っ込むべきではないだろう。
会計はないため、美波が「ありがとうございます」と言って、四つに分けられた袋を手に取ろうとする。
と、そこでハッと気が付いた丈瑠は、その袋を横からかっさらった。
「あ……」
「持つよ。俺、今日は荷物持ちくらいしか役に立てそうにないし」
ポカンとした顔の美波に見つめられ、丈瑠は手に持ったエプロンを軽く掲げた。
良かれと思ったのだが、いきなり荷物をかっさらっていくのは、さすがにまずかったかもしれない。というか、美波からしたら、わけがわからなかっただろう。やってしまったと反省する。
「ありがとう」
ただ、丈瑠の意図を理解した美波は、微笑みながらお礼を言ってくれた。何ということのないやり取りのはずだが、うれしさと少しの恥ずかしさで丈瑠は頬が熱くなった。
百円ショップを出ると、近くにあったコインロッカーにエプロンを放り込み、次は手芸店へ向かう。
手芸店で購入するのは、刺繍糸だ。
色とりどりの糸が並ぶ光景は、目に鮮やかだ。こういうところは、現実でもVR世界でも変わらない。
それらを何の気なしに見ていると、隣で糸を選んでいた美波が声をかけてきた。
「ねえ、速水君は何色の糸で刺繍したらいいと思う?」
「え?」
まさか意見を求められるとは思っておらず、丈瑠は少し驚いた様子で振り返る。
そうしたら、美波の方も少し慌てた様子で手を振りながら言葉を継いだ。
「あ、いや……。せっかくだから、男の子の意見も聞いてみたいかなと……」
「……もしかして、俺がさっき『荷物持ちくらいしか~』とか言ったから、気にさせちゃった?」
思い当たる節をダイレクトに聞いてみると、美波が「うっ!」と呻いた。
「ええと、その……はい……」
そして、体を縮こませながら、おずおずと頷く。まるで叱られている時の子どものような素振りだ。
というか、どうやら美波は本当に丈瑠の発言を気にしてくれていたらしい。
加えてこの様子。気を使っていたのがバレたことで、こちらを怒らせたと思っているっぽい。
丈瑠としては、あんなの荷物持ちをするための方便だったのだが……。こうなってしまうと、むしろ丈瑠の方が申し訳なさでいっぱいになってくる。
「ええと、なんか気を使わせてごめん。それと、サンキューな」
とりあえず、委縮させてしまったことへの謝罪と気遣ってくれたことへの感謝を伝えてみる。
すると、美波はきょとんとした様子で目を丸めた。
「怒って……ないの?」
「別に怒るようなことされてないし。むしろ、俺が変なこと言っちゃった所為で、気を使わせちゃったことが申し訳ないっていうか……」
「いえ、私は全然……。私の方こそ、中途半端にフォローしようとしちゃって、ごめんなさい」
互いに相手を慮るばかり、へこへこと頭を下げながら謝り合戦に突入してしまう。
と、その時だ。
「あのー、ごめんね、二人とも」
「俺らがいること忘れて二人だけの世界に入るとは、いい度胸してんな」
いきなり横合いから声をかけられ、美波が「ヒッ!」と短い悲鳴を上げる。丈瑠も悲鳴こそ上げなかったが、驚き過ぎて心臓が止まるかと思った。
見れば、悠子と大輔がニヤニヤしながら、棚の陰から顔を覗かせていた。二人とも、素晴らしいおもちゃを見つけたと言わんばかりの、とっても悪い顔だ。
「何? あんたたち、いつの間にそんな仲良くなってたの?」
「いや、そんなんじゃあ……」
「丈瑠よ、俺は悲しいぞ。俺とお前の仲で、相談の一つもしてくれないなんて。恋バナしようぜ~」
「バカが。勝手に言ってろ」
完全にからかいモードに入った悠子&大輔が、丈瑠たちを冷かしてくる。
それに対して丈瑠は取り合う気はないと突っぱね、美波の方は顔を赤くして目をぐるぐる回す。
そんな二人の対照的な反応がおもしろかったのだろう。悠子たちのからかい攻勢は、その後しばらく続くのだった。
* * *
買い物が終われば、後はもう完全に休日のお出かけだ。
モール内のゲームセンターでひとしきり遊び倒し、フードコートで遅めの昼食を取ることになった。
「文化祭が終わったら、学校の行事って目立ったものが何もないのよね。強いて言えば……期末テストと学年末テストくらい?」
「悠子、俺の心をえぐって楽しいか……?」
悠子が文化祭後の話を始めると、テストという言葉を聞いた大輔が瀕死の重傷を負ったような顔になった。
「はいはい、ごめんなさいね。というか、次は平均点を取れるくらい頑張りなさいよ」
「……前向きに善処いたします」
「ダメな政治家か、あんたは」
目を泳がせながら言う大輔に、悠子がやれやれとため息をつく。
漫才のような二人のやり取りに、隣で美波がクスリと笑う。
「まあ学校行事はなくても、この世界的には色々催しがあるから、ここからはそっちが楽しみって感じよね」
「例えば?」
「差し当たっては今月末のハロウィン!」
美波が首を傾げると、悠子が聞いてくれるのを待ってましたと言わんばかりに、ビシッと人差し指を突きつけてきた。
「ハロウィンの時は駅前で参加型の仮装パレードがあるんだって。しかも、この日限定のお化けアバターも出てくるらしいわ」
「ほう。なんかおもしろそうだな。俺も参加してぇ」
「ハロウィンが終わったら、次はクリスマスね。これも、イルミネーションとか結構派手に盛り上げてくれるみたい。プロジェクションマッピングもあるって話よ」
悠子がポンポン次から次へとSKYで催されるイベントを挙げていく。
こういった情報は、システムコンソールのインフォメーションから見ることができるそうだ。そういうところもマメにチェックしている辺り、悠子はさすがだと思う。インフォメーションなんて、丈瑠は一度も確認したことがない。
「この世界ってまだベータテスト段階なのに、造り込みがすごいね。季節ごとのイベントまで全部準備されているなんて」
「だからこそ、全力で楽しんであげないと作ってくれた人に申し訳ないでしょ。そのためのベータテストなんだから。感謝の気持ちを持って、遊び尽くさないと」
「おう! 悠子の言う通りだ! 全力で遊ばなきゃもったいねぇ!」
感心する美波に悠子が力説し、大輔もそれに同調する。
悠子らしい考え方に、美波も笑いながら「そうだね」と頷く。
何でも楽しむことができ、周囲に感謝までできる。余命宣告されるほどの病を抱えた者の中で、いや、健康に生きる者まで含めても、悠子と同じことができる人間が一体どれだけいるだろうか。
少なくとも自分にはそんなことできない。だからこそ、悠子はすごいと思う。無論、それについていける大輔も。
丈瑠は、少しだけ視線を動かして、隣を見る。悠子と大輔がいると楽しみなことが次から次へと出てくるので、美波もイベント盛りだくさんであることに心躍らせているように見えた。うれしそうな美波を見ていると、丈瑠も自然とうれしくなってしまう。
記憶がなくて不安もある中、美波がこれだけ笑っていられるのも、この二人がいるからだ。もしもここに丈瑠しかいなかったら、美波のこんなにも明るい笑顔は見られなかったと思う。自分にできるのは……どこまでいっても見守ることだけだから。
丈瑠がそんなことを考えていた、その時だ。
「――っ……」
不意に美波が、顔をしかめてこめかみ辺りを押さえた。そして、何かに耐えるように、空いている手で体を掻き抱いている。
「鹿野?」
「美波、どうしたの? 大丈夫?」
丈瑠と同じく異変に気が付いたのだろう。悠子が席を立って美波の隣にやってくる。大輔も心配そうな顔で、その後に続いた。
「ごめん、私たちが調子に乗って連れ回しちゃったから……」
「ううん、みんなの所為じゃない。私が自分の体力も考えないで、はしゃいじゃっただけだから」
申し訳なさそうな顔の悠子に、美波はそうじゃないと首を振る。
そして、「もう大丈夫」と丈瑠たち三人に微笑みを向けた。
「心配かけて、本当にごめんなさい。一瞬頭が痛くなっただけで、もう何ともないから」
「だったらいいけど……。これからは、疲れたらちゃんと『疲れた』って言うこと。私たちに遠慮しちゃダメだからね」
「うん、わかった」
いまだ心配そうな顔で注意する悠子に、美波も控えめに笑いながら頷く。
その様子を、丈瑠は思うところがある顔で見つめるのだった。
* * *
その後もしばらくフードコートで雑談をしていたら、窓の外が夕焼けで赤く染まり始めた。
「――そろそろ帰ろっか。暗くなっちゃう」
「そうだな。そんじゃ、ロッカーに放り込んだエプロン、取りに行くか」
悠子と大輔が席を立ち、美波もそれに続く。
その後を追って、丈瑠も美波の隣に並ぶ。
すると、丈瑠に気が付いた美波が、何やらあたふたとし出した。
「悪い、驚かせた?」
「ううん、そうじゃなくて。手芸店でのことがあったから、ちょっと意識しちゃったというか……」
丈瑠が詫びると、美波は首を振りながら弁明を始めた。
手芸店でのことというのは、悠子と大輔にからかわれた件のことだろう。改めて言われると、丈瑠も少し恥ずかしさが込み上げてくる。
とはいえ、今はその恥ずかしさを横に置いておこう。
丈瑠は表情を引き締め、「あのさ」と美波に話しかけた。
「さっきの頭痛だけどさ、もしかして記憶のことと関係してる?」
ここは変に回り持った言い方をしても仕方ない。丈瑠は、ド直球で端的に尋ねる。
瞬間、美波の顔から一気に血の気が引き、バッと驚いた顔でこちら見つめてきた。
これは、もはや答えを聞くまでもなく確定だろう。丈瑠は「やっぱりか」と息をつく。
「……どうしてわかったの?」
「ただ頭痛がしたにしては、様子が少し変だったからさ。それに、なんか鹿野が『はしゃいじゃった』っていうのも違和感あったし」
「そっか……」
まさかこんなにあっさりバレるとは思わなかった。そう言いたげな顔で、美波が俯く。
案外抜けたところもあるんだなと、場違いとわかっていながらも思わず笑ってしまう。
「あの……このことは悠子ちゃんたちには……」
「言わないよ――と言いたいところだけど、たぶん悠子はも気が付いていると思う。あいつは、俺よりもそういうところ鋭いから。大輔はわからん」
前を歩く二人を見ながら、丈瑠は言う。
悠子が何も言わなかったのは、美波から話してくるのを待つつもりだからだろう。丈瑠も悠子に倣ってそうするべきだとは思うのだが……どうにも美波のこととなると、冷静な判断ができない。迷惑かもしれないと思いつつも、居ても立ってもいられずに訊いてしまった。
「記憶、戻ったの?」
「ううん、頭痛がした時に、断片的に見えただけ。だから、みんなにも説明しづらくて……。思わず『もう大丈夫』って言っちゃった」
「そうか。まあ、鹿野のペースで進めていけばいいよ。それに思い出したとしても、話したくないなら無理に話さなくてもいいし」
「うん。ありがとう」
丈瑠がフォローを入れると、美波はうれしそうに笑ってくれた。
今、丈瑠にできるのはここまでだろう。ひとまず美波が記憶の面でも大事ないことに、丈瑠は心の中でそっと胸をなでおろした。