1-2
曲のアウトロが終わり、代わりにパチパチシャンシャンという拍手とタンバリンの音が部屋を満たす。
「イエーイ! センキュー、センキュー!」
そして、マイクを手にした大輔が、声援に応えるミュージシャンのように、決め顔でポーズを取った。大輔の決め顔がおもしろかったのか、悠子は大爆笑だ。
四人が学校近くのカラオケ店に入って、一時間くらい。悠子も大輔もすっかりテンションマックスといった感じである。
この四人でカラオケに来ると、まあ大抵こんな感じだ。
悠子と大輔が歌いまくって、丈瑠と美波はそれをタンバリン片手に聞いている。基本的には、ずっとこの流れ。
悠子と大輔は丈瑠たちに無理に歌わせようとはしないし、丈瑠と美波も無理に歌おうとはしない。歌いたい者は歌い、場の空気を楽しみたい者はそうする。
そういう自由な感じが丈瑠にはありがたく、また居心地が良い。だから、この四人で遊ぶのはいつも楽しいのだ。
「いやー、歌った歌った。やべえ、喉がカラカラ」
「私も~。一時間ノンストップだったもんね。ちょっと休憩~」
どうやら歌い疲れたらしい悠子と大輔が、片時も離さなかったマイクをテーブルに置いて、ソファに座る。二人とも、やり切った感満載のとてもいい笑顔だ。まあ、しばらく休んだら、また熱唱し始めるだろうけど。
「にしても、中間テストも終わったってことは、来週からはより一層忙しくなりそうね。気合い入れないと」
「ええと、模試でもあったっけ?」
ポテトをパクつきながら呟く悠子に、美波が尋ねる。
模試という言葉を聞いた途端、コーラを飲んでいた大輔の顔が真っ青になったが……悠子はそれを無視して「違う違う」と手にしていたポテトを振った。
「中間テストが終わったら、次は文化祭でしょうが。学校行事の一大イベント!」
「ああ、なるほど」
悠子から言われ、美波はポンッと手を打つ。
その会話を聞きながら、丈瑠も心の中でそういえば……と思い出す。
言われてみれば、もうそんな時期だ。テストのことで頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。
「二週間後の土日には本祭で、その前一週間は準備期間。来週にはクラスの出し物を決めるから、もうやることだらけよ」
「結構スケジュール厳しいね。それだと確かに忙しそう……」
「何言ってんだ! その忙しいのも、文化祭の楽しみだろうが! 俺、もう今から楽しみ過ぎて眠れなくなりそう! な、丈瑠!」
「まあ楽しみだけど、眠れなくなるのはたぶんお前くらいだよ」
タイトなスケジュールを聞いてうめく美波に力説しながら、大輔がワクワクした顔で丈瑠の首に腕を回した。
大輔はこういうお祭り騒ぎが大好きだから、文化祭にまつわる何もかもが楽しみなのだろう。
しかし……。
「あんたは文化祭の前にテストの成績を気にしなさい。追試になったら、あんただけ文化祭どころじゃないんだから」
「……はい。すんません」
悠子からたしなめられて、一気にしょんぼりしてしまう大輔であった。ソファに正座して項垂れる姿は、ちょっと憐れだ。大輔が文化祭を心から楽しめるよう、追試にならないことを祈るばかりである。
「そっか、文化祭か……。うちのクラスは、どんな出し物になるのかな」
「そう! そこが重要!」
美波が何の気なしに放った言葉に、悠子が勢いよく食いついた。
いきなりビシッと指差されたものだから、美波が目を丸くしている。
「この学校で私たちが参加できる文化祭は、今回だけ。なら、やっぱり思い出に残るような最高の文化祭にしたいもんね。そのためにも、出し物には一切妥協できないわ!」
一方、悠子は腕を組みながら力強く語り始める。
今年度末にベータテストが終われば、自分たちは飛鳥市立南高校の生徒ではいられなくなる。いや、この機会を逃したら、そもそも次がないかもしれないのだ。だから、最初で最後の文化祭を心から楽しみたい。
悠子の表情からは、そんな決意が感じ取れた。
そして、そんな悠子に真っ先に同調する男が一人。
「そんなの当然だ! 人生最高の文化祭にしてやろうぜ!」
先ほどまでの反省ムードはどこへやら。大輔がこぶしを振り上げて高らかに宣言する。
「人生最高か……。まあ、そこに異論はないけどな。――で、何か具体的に出し物を考えているか?」
「具体的にって、そりゃあ丈瑠よ~、色々あんだろ~? ええと例えば喫茶店、お化け屋敷……なんか違うな。普通っていうか。…………。……悠子、具体的にどんな出し物?」
丈瑠が疑問を投げかけると自信満々の表情で応じる大輔だったが、結局何も思いつかなかったらしい。期待を込めた無邪気な笑顔で悠子に丸投げする。
「私の案は一応考えているものもあるけど、今は秘密。来週の出し物決めの時までのお楽しみってことで」
すると、悠子はいたずらっぽい笑顔で唇に人差し指を当てながら答えをはぐらかした。
こういう仕草も悠子がやると嫌みがないから、彼女はつくづくすごいと思う。大輔なんて、「くっ! 可愛過ぎるぜ……!」なんて感動に打ち震えている。恥じらいもなく素直にこんな言動ができる辺り、大輔も大輔ですごい。
「まあ、大輔はこれといった案がないとして……美波はどう? 何かやってみたい出し物ってある?」
「うーん、私もすぐには思いつかないかな」
話を振られた美波が、眉をハの字にして苦笑する。
「あ、でも、人前に出るの苦手だから、接客系の出し物で接客担当になったら緊張するかも……」
「あんまり接客って気負う必要もないんじゃね? 文化祭の出し物なんだからさ。それよりも鹿野って普通にかわいいから、適当にニコニコしてるだけでも野郎どもは大喜びだと思うぞ」
自信なさげな美波に向かって、大輔が何の気なしに言う。
悠子一筋の大輔だから、他意はないことは明らかだろう。
だが、それでも美波の体温が顔だけ一気に上昇したのが、一目でわかった。いきなり「かわいい」などと言われて焦ったのだろう。
ただ、美波の体温上昇などものの数にも入らないほどの熱源が隣にも発生し……。
「……ほほう、彼女の前で他の子口説くとか、いい度胸してるじゃん」
威圧感たっぷりの笑顔を浮かべた悠子が、こぶしをバキバキ鳴らしながら大輔を見つめる。
対して、笑顔を向けられた大輔は、「ひぃいいいいっ!」と真っ青になって丈瑠の後ろに隠れた。
もっとも、大輔のいかつい体がその程度で隠れるはずもない。丈瑠の両脇から、ガクガク震える肩がはみ出している。
なお、丈瑠は痴話喧嘩なら自分を巻き込まないでやってくれという気持ちだ。自分に向けられたものじゃないとわかっていても、悠子から放たれる怒気がチリチリと肌を焦がすようで、心臓に悪い。
「お、落ち着け、悠子。今のはその……別に口説いていたわけではなく、客観的事実を述べただけで! 何というか……そう! 鹿野を応援する的な!」
丈瑠の願いも届かないまま、彼の後ろに隠れた大輔が必死に弁明する。他意がなかったなら、こそこそ隠れないで堂々と前に出てほしい。
「ほうほう、なるほど。で、言い残すことはそれだけ?」
「マジですんませんでした!」
悠子の迫力に恐れをなし、大輔は電光石火の早業で土下座をした。最初からそうすればいいのに。
すると、床に頭を擦り付ける大輔を見下ろした悠子はこぶしを振り上げる。
もしや、土下座でもなお許さず、鉄拳制裁を加えるのか。
ハラハラしている美波の横で、丈瑠がゴクリと喉を鳴らしながら成り行きを見守っていると――
「うん、許した。てか、最初からわかってたよ~」
悠子は笑いながらこぶしをほどいて、大輔の坊主頭をペチペチ叩いた。
どうやら怒っていたのは完全に演技だったらしい。丈瑠もまんまと騙された。悠子は大輔の性格をよく理解しているから、美波を口説こうとしたわけではないと、きちんとわかっていたようだ。
悠子の後ろでハラハラ見守っていた美波も、一安心といった様子だ。美波も自分の所為で二人の仲に亀裂を入れてしまったとあれば、心苦しいどころの話ではないだろうし。
もっとも、悠子も彼女として多少嫉妬というか、大輔が他の女子を褒めているところを見ておもしろくないという思いはあったかもしれないが……。
――なんて丈瑠が考えていた、その時だ。
「あ……」
か細い声とともに、突然美波がこめかみ辺りを押さえて顔をしかめた。
「鹿野」
丈瑠は反射的に悠子たちの脇を抜けて、美波のもとに駆け寄る。
その動きと声で、悠子たちも気付いたのだろう。夫婦漫才をやめて、丈瑠の後に続く。
「美波、どうかしたの?」
「え……?」
悠子が背中に手を添えながら声をかけると、美波がぼんやりと顔を上げる。
心ここにあらずというか、なんかちょっと様子が変だ。
「あ、もしかして部屋の温度、寒かった。もう少し温度上げる?」
「あ、ううん。大丈夫。なんか急に頭痛がしただけだから。もう治まったから、大丈夫」
心配そうに気遣う悠子に向かって首を振りながら、美波は「気にしないで」と笑う。
ただ、だいぶ血色は戻ってきたが、その顔はまだ少し青い。
「なら、いいけど。無理しちゃダメだからね」
「うん、ありがとう。速水君たちも、心配かけてごめんね」
美波はまだ心配そうな悠子に対してお礼を言いつつ、丈瑠と大輔にも元気であることを示してくる。
そして、話題を変えるように「それよりも!」と普段以上に明るい声を出した。
「文化祭の話。もしも接客系をやることになったら、私、ちゃんとできるかな?」
「ああ、うん。大丈夫だよ。どうしても無理なら裏方に回ることもできるし、やるとなったら私もばっちりフォローするから!」
「あはは、至れり尽くせりだね」
「当然! だって、美波にも最高の文化祭だったって思ってほしいし」
そう言って、悠子が大仰に胸を張った。
場の空気を明るい方向へ戻そうとする美波に合わせたのか、その仕草はやや芝居がかっている。
けれど、それだけに悠子の思いやりがはっきり伝わったのか、美波の笑みが柔らかくなった。
「わかった。悠子ちゃんが一緒にいてくれるなら、私も頑張ってみる」
「その意気だよ。まあ、出し物が接客系になるかは、まだわからないけどね」
美波が奮起して言うと、悠子はうれしそうに笑った。まるで自分のことのような喜びようだ。こういうところが、悠子の人気の秘訣なのだろう。
「というかさ、逆に美波はどんな役割ならやってみたいと思う?」
「うーん、衣装づくりとか……かな。現実世界の学校に通ってる時は、手芸部に入ってたから。演劇部の衣装を作ったこともあるし」
「へえ、鹿野って裁縫得意なのか。すげえな。俺、針に糸を通すことさえできないのに」
悠子の問いかけに美波が答えると、それを聞いていた大輔が尊敬の眼差しを向けた。
針に糸を通すことができないとは大輔らしいが、それで家庭科の裁縫をどう切り抜けてきたのだろうか。
「なあ、丈瑠もそう思わないか?」
「確かに。俺も裁縫なんてボタンを付けるくらいしかできないし」
「うん、それすごいよ! 文化祭でできることの幅がめっちゃ広がるし!」
大輔に話を振られた丈瑠が頷き、それ以上の勢いで悠子が目を輝かせる。
美波としては、まさかここまで称賛されるとは思っていなかったのだろう。目を白黒させている。
「あの……衣装って言っても既製品にアレンジを加えたくらいで……。一から全部作ったわけじゃないから、そんなにすごいことは……」
「アレンジができるだけでも十分な戦力だって! 誰でもできることじゃないんだから」
「あう……」
美波が慌てて軌道修正を図るが、悠子にはあまり効果はなかったようだ。悠子の瞳は、相変わらず期待で輝いている。
その期待の眼差しを前に、美波は困り眉の笑みを浮かべていた。
丈瑠には、何となく今の美波の気持ちがわかる。きっと美波にとって、その眼差しは少し重いのだろう。もし期待に応えられなかったらどうしようと、逆に心配になってしまうから。
自分にできることなんて、たかが知れている。いや、大したことなんて、できやしない。
そう自覚している人間にとって、他人からの期待は重荷だ。
悠子は基本的に感情の機微に聡いやつだが、他人をリスペクトするあまり、たまにこの負荷を無自覚にかけてしまうきらいがある。
ここは、少しインターバルを挟ませるべきだろう。
そう判断し、丈瑠は自分のグラスを手に取った。
「ドリンクのお代わりに行ってくるわ。リクエストがあれば、一緒に持ってくるぞ」
「お、サンキュー。俺、コーラ」
「ありがとう。じゃあ、私はオレンジジュースで」
「了解。――と、すまん、鹿野。一人でだとやっぱりきついから、手伝ってくれる?」
「あ、うん。任せて」
丈瑠が申し訳なさそうに頼むと、美波は少しホッとした様子で頷きながら立ち上がった。
とりあえず、インターバルを入れることには成功したっぽい。
自分の機転を心の中で褒めつつ、丈瑠は美波に「ありがとう」と言って、一緒に部屋を出た。
* * *
ドリンクバーでオレンジジュースを注いでいると、美波が隣でそっとため息をついた。
「疲れた?」
「え? ううん、そんなことないよ」
丈瑠が声をかけると、美波は慌てて首を横に振った。
美波の反応に、丈瑠も聞き方を間違えたかと反省する。これではまるで、『悠子たちの相手は疲れる』と言わせようとしているみたいだ。
丈瑠がそんなことを考えていると、不意に美波が「なんか、すごいよね」と切り出してきた。
「悠子ちゃんと木島君は、本当にすごい。どんなことでも楽しいものにできちゃうし、全力で楽しめちゃう」
「そうだな」
美波の言葉に、丈瑠も実感を込めて頷く。
「あいつらは、自分が背負ったハンデをものともしない強さがある。普通ならくじけてもおかしくないのに、”自分”をしっかり持って、何をやりたいか選んでいる。本当に尊敬するよ」
丈瑠がそう返すと、今度は美波が言葉もなく頷き返してきた。
そう。悠子と大輔、それに丈瑠も、現実世界で大き過ぎるハンデを背負っている。
いや、大きさの大小はあるが、SKYのベータテスターは全員がハンデを背負った者たちだ。
SKYのベータテストに参加しているテスターには、一つの共通点がある。それは、参加している全員が病気を患って長期入院しているということ。
SKYとは、病気などで学校に通えない子供の就学支援や、終末期医療に入った子どもに学校生活の提供することを目的として開発されたフルダイブVRなのだ。故にそのテスターも、入院患者が選ばれている。
その中でも、悠子・大輔・丈瑠の三人は、抱えている事情が別格だ。大輔と丈瑠は小児がん、悠子は先天性の心疾患を患っており、それぞれが余命宣告を受けている。
高校卒業まで生きられないと、そう言われた三人なのだ。
ただ、その事実に対して、悠子と大輔は前にこう言っていた。
『私は、ベッドの中で死を待つなんてまっぴらごめんだったから、ここに来たの。たとえ病気に勝てないとしても、最期まで私らしくいたい。私の人生は最高だったって高笑いしてやりたい。ここでなら、それができると思ったんだ』
『俺も似たようなもんだ。死ぬまで野球をやりたい。どんな形でもいいから、最期までグラウンドに立っていたい。だから、ここに来ることを選んだ。まあ、今は野球よりも悠子の方が大事だけどな!』
『はいはい、ありがとう。――まあ要するにね、私は病気なんかのために人生を諦めたくないってことよ。病気に対する最後の抵抗って言ってもいい。屈服して、絶望しながら死んでいくと思うなよってね。その結果、SKYの有用性が実証されれば他の子たちの役にも立つし、いいこと尽くめでしょ』
そう言って笑っている悠子と大輔が、丈瑠には眩しく見えた。そんな風に笑って言い切れる彼女らを、心から尊敬した。
「私からしたら、速水君だって悠子ちゃんたちと同じくらい強いと思うよ。速水君も、自分の意思でテスターになるって道を選んだんだから」
ジュースが入ったグラスを手に持ちながら、美波が丈瑠に微笑みかけてくる。
ただ、美波の言葉を受けた丈瑠は表情を少し曇らせながら、力なく笑った。
「それは買い被りだよ。俺は、あいつらみたいに前向きな理由でここに来たんじゃないから……」
「あ、ええと……」
「さて、戻るか。あいつらを待たせるのも悪いし」
何と言うべきか逡巡している様子の美波に向かって、丈瑠はグラスを両手に持ったまま呼びかける。
その脳裏に浮かぶのは、病院のベッドで一人俯いている自分の姿だ。その幻影を振り払うように、丈瑠は歩き出す。
その後ろを、美波が慌てた足取りでついてきた。
「ごめんなさい。何か悪いこと言っちゃった?」
そして、申し訳なさそうな声でそんなことを聞いてきた。
余計なことを考えてしまった所為か、ちょっと言い方や態度がきつくなり過ぎてしまったかもしれない。反省だ。
「いや、そんなことはない。あいつらすご過ぎるからさ、同じところに並べられて気後れしたっていうか……まあ、そんだけだから」
だから美波を安心させるように、おどけた様子を見せながら、丈瑠は取り繕うように言う。
すると、美波もホッとした様子で「その気持ち、ちょっとわかるかも」と答えた。
「悠子ちゃんたちは、いつもキラキラ輝いているって感じだよね。まるで物語の主人公みたい。……その分、自分みたいな人間が一緒にいていいのかなって、少し不安になる……」
俯きがちにそう言う美波を、丈瑠は目を丸くして見つめる。
まさか美波も自分とまったく同じようなことを考えていたとは……。何となく親近感を覚えてしまう。……こんなこと口にしたら、気色悪いと思われてしまいそうだが。
と同時に、美波の言葉を聞いて丈瑠の頭に浮かんだのは、彼女が転校してきた日の悠子の言葉だ。
『嫌なことを全部忘れた状態で楽しく過ごしたいと思って、記憶をブロックしたのかもね』
これは、自分たちの状況に照らし合わせて出した、悠子の推測だ。
余命宣告を受けた自分たちと同じクラスに転校してきたのだから、美波も同じ立場なのかもしれないと。理屈としては、十分通りそうな推論だ。
故に美波も悠子の推理を支持して、その上で『自分は迫り来る死に屈服してしまった』と考えたのかもしれない。屈服し、記憶を捨てることで逃げ出したと――。
それに美波は記憶喪失の問題に加えて、丈瑠たちにはない大きな問題を抱えている。美波は丈瑠たちと違い、SKYからログアウトができないのだ。
これも彼女は、『無意識にこの世界に引きこもった』と見做しているのかもしれない。
実際は現実側にログアウトできない事情を持っているからなのだが、それを知る由もない彼女が記憶の件と合わせて悪い方に考えてしまうことは、十分にあり得る。
自分らしく生きるためにこの世界に来た悠子たちと、逃げ場所としてこの世界を選んだ自分。
美波の先ほどのセリフには、そういった後ろめたさにも似た心情が込められていたのではないか。
考え過ぎかもしれないが、そんな風に思えてしまう。――なんて考え事にふけっていたら、いつの間にか部屋に着いてしまった。
「悪い、待たせたな」
「全然! サンキューな、丈瑠」
「美波もありがとう」
「ううん。はい、オレンジジュース」
美波たちからグラスを受け取った悠子と大輔は、ジュースを半分くらい一気に喉へ流し込む。
そして、二人そろってグラスをテーブルに置き、マイクを手に取った。
「それじゃあ、二回戦開始しますか! 美波、たまにはデュエットでもしない」
「いや、私、人前で歌うのは……。ごめんね」
「そっか~。じゃあ、仕方ない。一人で歌うか」
「悠子、悠子! デュエットなら俺がやる!」
「え~、大輔声が大きいから、合わせるの大変なんだけど」
「そんな寂しいこと言うなよ~。やろ~よ~」
「はいはい、仕方ないな。んじゃ、曲はいつものやつね~」
「おうともよ!」
悠子がタッチパネルを操作すると、曲のイントロが流れ始めた。
楽しげにデュエットする悠子と大輔の姿を、美波は眩しそうに見つめている。
気を配る以外に、自分が美波に対してできることはないのだろうか。
美波を横目で見つめながら、思わずそんなことを考えてしまう丈瑠だった。