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1-1

 話し声一つなく静まり返った教室の中、カリカリとシャーペンが紙の上を滑る音だけが何重にも響く。


「あと五分」


 静寂を破ったのは、教卓の横で椅子に座っていた教師の声だ。

 同時に、書き物をする音がさらに密度を増す。二学期中間テストも、これが最後の科目。多くのクラスメイトたちが、文字通り最後のスパートをかけ始めたのだろう。

 ただ、生まれた音はそれだけではない。


「ぬおぉおおおおおおおおっ! あと五分んんんんんんんんっ!」


「木島、静かにしろ。0点にするぞ」


 苦悶の叫びをあげた大輔が、教師から注意を受けた。

 途端に叫び声を止めた大輔だが、チラリと視線を向けてみると、無言のまま頭を抱えて悶え苦しんでいた。なんか、トイレを我慢しているみたいにも見える。

 どうやら大輔は、相当苦労しているらしい。大輔は数学が大の苦手とのことだから、今は正に生き地獄というところだろうか。……まあ、どの教科でも大体同じリアクションを取っていたけれど。

 ちなみに、こちらもチラッと目を向けてみたら、悠子がクスクスと笑っていた。大輔の反応を楽しんでいるようだ。

 大輔とは対照的に、こちらは余裕が感じられる雰囲気だ。悠子は一学期の中間期末どちらも断トツの学年トップだったし、今回のテストも問題なく乗り越えられたということだろう。


 ――キンコーンカンコーン!


 丈瑠がそんなことを考えていると、テスト終了を告げるチャイムが鳴り響いた。


「はい、そこまで! 全員、筆記用具を置け。後ろから答案用紙を回せ」


 チャイムと同時に空気が弛緩する中、先生の声が飛ぶ。

 同時に、大輔が「終わった……」と呟いた。見れば、大輔が真っ白に燃え尽きている。終わったのはテストではなく、大輔の成績の方っぽい。南無阿弥陀仏。


「――よし、数は問題ないな。じゃあ、数学のテストはここまで」


 答案用紙を回収した教師が、枚数の確認を終えて教室から出ていく。

 すると、先ほどまでの静寂が嘘のように、クラス内にどっと声があふれた。


「ようやく終わったな。マジしんどい……」


「今回の数学、ちょっと難し過ぎね? 見直す時間、ほとんどなかったわ」


「俺、今回はちょっと自信あるわ」


「お? じゃあ、テストの点数で勝負でもするか? 負けた方はジュースおごりな」


「あー、早く部活やりたい! 思いっきり体動かしてストレス発散したい!」


「ねえ、最後の問題だけどさ、あれの解き方って――」


「あ~、今は答え合わせとかやめて~。考えたくない~」


 クラスメイトたちの会話に耳を傾けてみれば、悲喜こもごもといった感じだ。テスト結果を心配する声もあれば、テストからの解放を喜ぶ声もたくさん。ただまあ、全員テストが終わって浮かれ気分ということには変わりないように思える。

 ちなみに丈瑠は、テストが終わったことに一安心といったところだ。点数の方は、手応え的に平均点は上回っているだろう。


「お疲れ、美波。どうだった? 転校後最初のテストの出来は」


 丈瑠が筆記用具を片付けていると、悠子の声が聞こえてきた。


「うん、結構いい感じ。悠子ちゃんが勉強会で色々教えてくれたおかげかな。本当にありがとう」


「私は大したことしてないよ。美波、最初から十分にできてたし」


 声をかけてくれた悠子に、美波も朗らかに笑いながら応じている。

 美波も転校当初は気後れしている様子だったが、今では悠子と名前で呼び合える間柄となっている。丈瑠もそうだったが、悠子の類稀な対人スキルは相手の心理的な壁をあっさりと乗り越えてしまうのである。


「で、それに引き換え……」


 悠子の声の向きが変わる。

 丈瑠もつられて同じ方向を見てみれば、真っ白な灰になっていた大輔が、ガバッと立ち上がって悠子に縋りついた。


「悠子~、マジでやべえよ~。俺、今度こそ絶対追試だって~」


「あー、はいはい。まったくしょうがないな。まあ、追試になったら私がきっちり対策してあげるから」


「わ、私も悠子ちゃんほど役に立てないけど、何でも手伝うよ。それに、今回のテストって難しかったから、まだ追試になるかもわからないんじゃないかな」


「悠子~、鹿野~、ありがと~。お前ら、ホントにいいやつらだな~」


「あーもう泣くな! 鬱陶しい」


 よよよ、と泣きながら二人に感謝する大輔。対する悠子は、鬱陶しいとため息つきつつも、そんな大輔の頭を撫でている。

 ちなみにこの二人、付き合っている。SKYでのベータテスト開始直後、大輔が悠子に一目惚れしたのだ。で、それから一か月に渡って、猛アタックを仕掛けて交際にこぎつけた。

 悠子も最初は自分の()()もあって断っていたらしいが、最終的には大輔の一途な思いに負けたらしい。

 そして今では、自他ともに認めるバカップルだ。大輔はもちろんだが、悠子も大輔のことを大事思っているのが、傍から見ていてもよくわかる。

 二人が付き合い出して、約五か月。こういう夫婦漫才のような光景もずいぶん見慣れた。

 丈瑠がそんなことを思っていると、悠子が「とはいえ……」と言葉を漏らした。


「せっかくのテスト明けで、午前授業! 今日くらいはテストのことなんて忘れちゃおう! 大輔、確か今日は野球部の練習ないって言ってたよね」


「ああ、顧問が研修で出張とかで、今日は部活休みだけど」


「よし! じゃあ、テスト終わりの打ち上げに行こう!」


 そう言って、悠子が勢いよくこぶしを振り上げる。


「打ち上げか! よっしゃあ、行くか!」


 そして、悠子の隣で大輔も同じくこぶしを振り上げた。

 驚くほどの切り替えの早さ。先ほどまでさめざめと泣いていたのが嘘のようである。まあ、この引きずらない良い意味での能天気さも、大輔の長所であり魅力の一つだ。

 すると、大輔がパッとこちらを向いた。


「おい、丈瑠。テストの打ち上げ、お前も来るだろう?」


「ん。用事もないし、参加するよ」


 白い歯をキランとさせつつサムズアップしている大輔に、丈瑠も了承の返答をする。丈瑠も少し羽目を外したい気分だったから、断る理由はない。


「んじゃ、全員参加ってことで。場所は――いつものカラオケでいい?」


「異議なし!」


 悠子が段取りをつけて、大輔が真っ先に賛同し、丈瑠と美波も「俺も」「私も」と頷く。四人で何かを決める時の、いつもの流れである。

 予定が決まったら、即行動。

 さっさと帰り支度を整え、丈瑠たちはクラスメイトたちの流れに乗って教室を後にした。


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