第7話 癒しの天使
「見えてきた、ロクくん。私の村だよ。」
メノウが指で示すは開けた丘。星の森に囲われている大きな丘の上に木の柵や見張り等、石の神殿などが見受けられる。
人の住処だ。
村の中央で火を焚いてるのか煙が立ち昇っていた。
やがてメノウが門の近くによると、見張り台の上にいた男が俺たちに気づいた。男が慣れた手つきで鐘を鳴らすと、目の前の門の閂が外れる音がした。ギッシリとした重い音と共に土ぼこりを巻き上げながら門が開かれる。
どたばたと音を立てながら大男が走ってくる。
「メ、メノウか、今までどこに…みんな探してたんだぞ!!」
「サ、サントス叔父様、少し森に入ってただけですよ!」
慌てるようにメノウが答える。
「少し森にってお前、一週間も…それに星の巨熊だってまだそこらへんにうろついているかもしれないんだ……ぞ?」
男の言葉は尻すぼみになる。彼の眼にあるものが映ったからだ。それは俺の背中にくくりつけてある大きい荷物。持ちにくかったので灰蜘蛛の糸でくくりつけることにしたのだ。
それは切り落とされた星の巨熊の頭部と畳まれた毛皮だ。
「君は…それにその荷物、その見た目…。いや、とにかく村に案内しよう。」
大男は俺を見るなりそさくさと引き返していった。
メノウにせかされるように村へ入っていく。この村は一般的な村より大きいのだろう。木製の防壁が奥まで続いているがその全貌が見えなかった。
メノウの足取りについていくまま村の中央、巨大な火がたいてある広場へ入ると先ほどの大男と一人の老人がいた。老人は俺を見るやいなやこっちへ向かってくる。また続々と広場に村人が集まってくる気配を感じた。
やがて、先ほどの老人が俺の前に立ち尽くす。数秒俺を見た後、背後の荷物に目をやり彼は膝をつき、腕を組んだ。祈りのポーズだ。
「あぁ救世主よ。」
「…!?」
村の老人たちが次々に俺に跪き、拳を握り祈りをささげる。
あまりにも奇妙な光景に俺はメノウのほうへ視線をやり助けを求める。
メノウはしまったという顔でこちらに耳打ちをした。
「きっと村の人はロクくんの見た目に驚いてるんだよ。」
「見た目…あぁ、いやそうか」
「ロクくん、聖書に出てくるある天使にそっくりなんだから。村の祭壇に宗教画があるの。羽こそないけれどふんわりとした銀髪に深紅の瞳。女の子にそっくりなお顔。どれをとっても癒しの天使だよ。しゃべったらとっても普通の男の子って感じだけどね。」
「それは…期待させて悪かったな。」
「村を困らせる星の巨熊を突如現れた天使に似た少年が討伐した。信仰されるにはぴったしかな。」
「メノウは跪かないだな。」
「わたしはロクくんが単に強い男の子だってしってるから。」
なるほど。この村ではアルカナム教が進行されていて、それに伝わる天使におれがそっくりということか。まぁ実際、癒しの天使をモデルにして俺が作られたというのは正しい。
「俺は、神話に出てくるような大層なもんじゃない。悲しきモルモットに過ぎない。」
そこから先はトントン拍子だった。
話によればメノウは村を勝手に抜け出して一人で熊を討伐しに行ったようで、村の皆に心配をかけるなと怒られていた。そしてメノウをたすけ、ひいては星の巨熊を討伐した俺はひどく歓迎されることとなった。
村の大多数は俺が天使そのものなのだと勘違いしているようで、俺がなぜ一人でこの森へいたのかなど踏み込んだ事情は聞いてこなかった。
危惧していた騎士団派遣については申請をしたが返答はまだないそうだ。もう脅威はさったので申請を取り下げる…と言っていた。
血に濡れた服を洗い、宿を借り少し休憩していたところ、時刻はもう夕方に差し変わっていた。今日は宴会が開かれるそうだ。宴会…いちども体験したことのない事象だったので少しワクワクする。一応、No9、「禁咲の天使」は祭りをつかさどる天使なのでその被検体が祭りを開いていたのは見たことがある。もっとも彼女の「祭り」は酒池肉林のほうだが。
宴は一言でいえば楽しかった。陳腐な感想だが実際そうなのだから仕方ない。村の若者の裸踊りは面白かったし、しっかりと味付けの効いた家畜の肉というのは極上の味わいだった。かくいう俺は初めて飲む「酒」というやつに苦戦していた。飲むと気分が高揚する、酔いが回ると性格が変わる…というこの酒だが俺にとっては何杯のんでも苦い水だった。どうやら…酒に含まれる酔いの元が毒扱いをされているらしい。俺の苦痛耐性ですべて解除されていた。次第に周りの奴のテンションについていけなくなり、少し離れた位置で村を見守ることにした。
村の宴会がまだ続いている中、人込みを抜け出していくメノウをみつけた。俺はふと、様子が気になり追いかけてみる。
村のほとりの暗がり…喧騒とした広場とは対照的に鬱蒼とした雰囲気が漂っている。
メノウは立ち止まり、手に持っていた宴で出た料理を一つの石の前にささげた。
「それが君の幼馴染か」
メノウはこっちを振り向き、驚いたような顔をしたが祈りをやめなかった。
「来てたんだね。」
「ちょっと気になってな。」
無言の空間が広がる。村の喧騒が嘘のようだ。月はほのかに光、輝く虫たちが柵の外を照らしていた。
「…彼はロイって言いました。村のみんなが見つけたのは彼の体の一部だけ。」
「そうか、それは…気の毒にな。」
気の利いた言葉など俺には言えない。俺はそれを知らないから。
「ロクくんはしばらく村にいるの?」
「わるいが俺は明日にはここを出ていく。ユード王国に用があるからな。世話になった。」
「え、そうなんだ。ユードへ…か…ロクくん、ならその見た目はやめたほうがいいかなぁ。」
「見た目?」
「ユード王国と聖アルカナ王国は互いに信ずる宗教を邪教とみなしてるでしょ?ユードに癒しの天使が降臨したらボコボコにされるのは目に見えてるよ。」
「それは…そうかもな。変装をする必要がある…と。」
沈黙が流れる。木々の間に風が通り、頬を撫でていく。
やがて、メノウがゆったりと振り絞るように口を開く。
「ねぇロクくん。私も連れてってよ。」
月を雲が覆った。
「…悪いが、命の保証はできないし観光に行くわけじゃない。君を連れていくことは難しい。」
「だれがユードまで案内できるの?それに私は死んでも大丈夫だよ。もう本懐は果したから。」
そう言って儚く笑う少女に一抹の悲しさを感じた。
あぁ、この子も俺と同じ空っぽなんだ、と。幼馴染の仇討ちを果たした今、生きる意味を見失っているのだと。
「癒しの天使」この言葉が嫌いだった。俺を研究所に縛り付ける憎むべき言葉だ。ただ…、俺は癒しの天使という言葉からは逃げられない。ならばせめて…彼女の心を癒すのも…俺の仕事なのだ。そう思うことにしよう。
「わかったよ…メノウ。よろしく頼む。」
構想ではここまで3話。無理がありますね