Report-1
「…えーでは、今回のNo7暴走、およびNo6の脱走についての現時点でつかんでいる情報の報告をいたします。」
無機質な白の空間に一人の男の声が響く。
ここは聖アルカナ研究所の中枢にある会議室だ。
現在、この場所では巨大な長机を囲み緊急会議が行われていた。議題は先日、同時多発的に起こった天使の暴走と脱走事件である。
「まずはNo7、崩壊の天使の被検体による暴走についてです。天歴1092年、空の月14日正午ごろ崩壊の天使による暴走が確認されました。暴走原因は精神の不安定さと新規カードの取得が相まったことによる暴走と思われます。暴走後、研究棟を3棟破壊。その際混乱に乗じてNo6が逃亡したとみられています。No3の調和の天使、No1の聖火の天使二名によって拘束及び沈静化を図りました。現在は新規カードに封印を施し破壊活動は停止致しました。一方、精神面のほうはいまだ不安定で調和の天使の能力による安定化を図っています。」
白衣の男の報告に一人が鼻を鳴らす。
「フンッ。やはり、No7は使いにくうてしゃぁないわ。No7は破壊力こそ凄まじいが暴走するなら意味ないやろ。被害を補填する身にもなってみい。儂はNo7、廃棄してもいいと思うけどなぁ。」
白と金の混ざったスーツに、白髪交じりの短髪。両手に金の指輪を10個はめているこの男はエリック・ロストワルド。研究所の財源を担う豪商であり国の重役でもある。
「いやぁエリック殿の気持ちは分かりますがねぇ。No7は調整中でしてね?兵器運用出来たらそれこそ元が取れますよ。実際No1~No6は戦場で成果もあげています。彼らが帝国との戦争でもたらした利益は計り知れない。」
エリックを諫めるこの男はワーグナー。研究所の所長にて狂人だ。ボサボサでみすぼらしい紫の髪に似合わぬ、野望をもった燃えるような眼をしている。まるで骨のように細い腕だが確かにそこには力が宿っている。
「…まぁほかの天使が国益になっていることは否定しんわい。特にNo1は使いやすいな。だがそれはそれとして、だ。今回脱走したNo6は調整がほぼ完了して実戦経験もある。このような被検体が脱走するとは如何なる了見かね?ワーグナー。責任問題…とまではいうまいが聖王に隠し通すことはできんぞ。」
「原因については未だ不明です。ただ、彼は癒しの天使だ。いずれかのタイミングで洗脳を解除する効果を持つカードを手に入れていたのかもしれません。そうみるのが大方正しいでしょう。No6が所持していたカードについて現在調査中になります。しかし、現在カードの詳細な効果を調べることができる「鑑定」のカードを所有している人間はこの国にはいません。」
つづけてワーグナーは言葉を紡ぐ。
「原因究明も大事ですがまずはNo6を連れ戻すことでしょう。No6が脱走した方角から星の森に向かったことが予想されます。星の森を抜ければ大河アナクスが。河をわたればユード王国になります。このまま隣国へ行かれると手を出しづらくなります。そこでエリック殿、騎士団と暗部を使う許可をいただきたい。アナクスを渡る橋で検問を張ります。」
「儂は軍部の人間ではない。儂が動かせる騎士団と暗部なんてたかがしれとるぞ。それこそ他の被検体をぶつければいいやないか。…そうまでして聖王に隠し通したいか。」
「ご存じの通り天使を動かすには形式上、聖王の勅命がいります。聖王は異常なまでに天使…いやアルカナム教に執着しておられます。今回の件をお知りになったらどう動くか…不明瞭なものでね。早急に対処しておきたいのですよ。」
ワーグナーの言葉にエリックはしばらく考え込み。やがてため息を吐いた。
「…はぁ。仕方ないわい、ユードに渡るには大河アナクスを通るほかない。検問を張れ。そこで暗部の奴にとらえさせる。ちょうどアナクスの近くに儂が口利きできる騎士の隊が一つある。そいつらに検問を張らせよう。暗部は…そうだな。クロニエを使う。彼奴は聖王への忠義はまるでない。良い駒となろう。」
「…了解いたしました。ご協力感謝いたします。」
白衣の男はうなずくと足早に会議室を出ていった。
やがて、銀でできた重い扉の閉まる音とともに白い無機質な空間に静寂が訪れた。
側近数名だけに囲まれたエリックはため息を漏らす。
「はぁ…聖王はなしてこんな不安定な計画に執着されるのか。ワーグナーも対外や。天使たちに何があるというんや。」