第6話 灰蜘蛛
灰色の1m前後の蜘蛛が3匹道を塞ぐ。奴らの名前は灰蜘蛛、煌々とした黄色の目玉に灰を被ったような体毛。その足は短剣のように鋭く、牙には痺れる毒がある。
家には住み着いてほしくない蜘蛛ランキングで堂々の一位をとれそうなこの魔物が3匹、臨戦態勢になっていた。
「俺が2匹ひきつける。残りを頼む。」
「はい!」
メノウはコクッとうなずき木に飛び移り、蔓でできた弓に矢をつがえた。
俺は体勢を低くし、脚へ力をためる。先頭の灰蜘蛛が粘り気のある糸を吐くと同時に俺は飛び込んだ。
一匹目の吐いた糸を横によけ、懐へ入る。俺は勢いそのまま複眼に拳を叩き込む。
グシャッという嫌な音とともに茶色がかった緑の液体が飛び散る。これで一匹。
すぐさま二匹目に向かって殴りかかろうとするが、これは相手が早かった。二匹目に向けて放った拳はねとねとの糸を俺に向けて放つことで相殺された。
俺はたまらず舌打ちをする。粘着性の高い糸は拳の動きを遅くしてインパクトの威力を抑えた。そのまま二匹目は俺の足にかみつく。
痺れる毒を流し込んでいるのだろう。おそらく糸と毒で動きを止めてとどめを刺すのが彼らの狩りなのだろうが俺には効かない。パッシブカードである「苦痛耐性」はもともと俺がもっていた「痛み耐性」に、研究所で取得した「耐毒」が統合してできたものである。生半可な毒は俺には通じない。
そのままもう片方の腕で、脚にかみついている灰蜘蛛の頭をつぶした。
これで二匹。
さて、残るは……
俺は3匹目の灰蜘蛛がいた場所に目をやると胴に矢が突き刺さり悶えている灰蜘蛛がいた。
やがてじたばたと足を動かし、ひっくり返って力尽きた。
「ふぅ…しかし、多いな」
俺とメノウは昨日の夜、飯を食った後一度彼女の村に寄るということで合意をした。俺はユードへ行くための食料を調達するために。彼女は星の巨熊の頭部を村へもってかえるために。なんでも、倒した証として頭部と毛皮を村へ奉納するそうだ。
そんなこともあってメノウの村へ案内してもらうこと数時間。俺たちはすでに3回ほど、10匹の灰蜘蛛を相手にしている。
「こんなに多く会うのは初めてですよ。多くても一日2体程度なのに。…星の巨熊がいなくなった今、縄張りを拡大しようとしてるのかしら。」
「縄張り?」
「えっと、この森は2体のヌシクラスの魔物の領域が重なっているんです。1体は星の巨熊、そして2体目は灰蜘蛛の女王です。」
「女王?」
「灰蜘蛛たちの長で人型の魔物。森の深奥に住んでると村の伝承で残っています。目撃した人はいないようなのであくまで噂…ですがね。」
「ふーん、それは難儀なもんだな。」
メノウと出会ってから2日目の夜が過ぎた。
夜を迎えると星の森がなぜそう呼ばれているかがわかる。
木々はになる実はもちろん、飛んでいる虫まですべて淡く発光しているのだ。任務では森とは逆方向、西の砂漠のほうにしか出向いたことがなかったため知らなかった。
それに、空を見上げると森より美しい満天の星空が迎えてくれる。
きれいだ。
しんみりとした気分になってしまったが、状況の整理をしよう。メノウにあったことで村へより、街道へでる算段が付いたが熊と戦ったことで時間を大きくロストしている。
メノウの話では王国騎士団に熊討伐の依頼が出されている可能性があるとのことだ。俺の脱走の話は国の上層部にはもう行き届いているだろう。
王国騎士と鉢合わせるのは非常にまずい。
「ロクくんこれ食べる?」
思考を巡らせているとメノウが果物を差し出してきた。2日ほど過ごして俺はメノウに「くん」呼びをされるようになった。それに口調が砕けてきている。それが本来の彼女なのだろう…一応、俺のほうが年下なので何も言うまい。メノウは17、もうすぐ18歳になるそうだ。
「それ…何?」
「これは星の実。淡白だけれど栄養は多いよ。」
いただけるものはいただいておく。それが俺の流儀だ。
その淡白な果物の味は俺にとっては初めての優しい味で世界の広さをまた知ることとなった。