第4話 メノウ
その日、狩人の少女メノウは森へ入っていた。
森の名前は「星の森」、目的は幼馴染の敵討ち。
村の戦士見習いで私の幼馴染だったロイ・サントスは先日死亡して見つかった。
最近、森の魔物が活発化しているということで戦士見習い3人と大人の戦士3人による森の巡回に行ったきりだった。
死体は腕と顔の一部だけだった。大人たちも見習いたちも全員死亡が確認された。遺体の損傷具合からヌシクラスの星の巨熊による被害だと村で結論付けられたそうだ。森の深奥にしか生息していない星の巨熊のヌシクラス。国による騎士団派遣が推奨されるレベルの事案である。
いてもたってもいられなかった。自分がそいつと出会ったところで惨殺されるだけだというのに。素直に騎士団が派遣されるまで待っていればいいのに。
憎かった。
寂しかった。
悲しかった。
すぐに巨大熊に一瞥をくれてロイのもとへ行きたい。
随分破滅的な思考…我ながらそう思う。
私は骨のナイフと大蔓の弓に毒矢、私の17年の人生で手に入れた二枚のカードをもって暗い暗い森の中へ入っていた。
森に入ってもう三日が立つ。暗い木々が増えたり、出会う魔物が強くなったりとすこしづつ深奥に近づいているのが分かる。2度、灰蜘蛛と戦闘になり毒矢を3本消費してしまった。
「少し休もうかしら。ロイたちの巡回ルートをたどれば出会えると思ったんだけど…そう上手くは行かないわね。」
メノウは朽木に腰を下ろし水瓶から水を飲む。そして森で見つけた星の実を取り出す。
ちくちくした大きなとげがその実を覆い、遠目から見るとまるで星のように見えることから星の実の名前の付いた果物だ。骨のナイフでとげごと皮をはぐと白い実が見えてくる。
芯を抜き、かぶりつく。味こそ淡白だが栄養豊富だ。
「次の休憩用に取っておかないと…」
朽木の上で5分ほど休んでいると森のさらに奥から轟音が鳴り響いた。
木々が揺れ、地面が揺れ、空が揺れる。
「なっ何ッ!?」
やがてその轟音は、1時間にわたり何度も炸裂することとなった。
轟音を聞いてから数時間が立つ。日の入が刻一刻と迫っている中、私はあたりの空気が一変するのを感じた。
暗く、物悲しく、それでいて威圧的。直感的に星の巨熊に違いない。
メノウはパッシブカードの一つである暗視を発動させる。木々や差し込む夕陽がより明るくなり、暗闇が視界から消えた。
「どこにいる‥よくもロイを!村の皆を!!」
メノウが気配の方向に足を運び、藪から様子を伺うと‥絶句するような光景が目に入った。
血だらけの少女‥いや少年と片目が潰れている星の巨熊がもつれ合っていた。そして先ほど感じた、得難い威圧感は彼が発しているのだと。
メノウは視線を周りに映しまた絶句する。明らかに人間のものである小腸が転がっていたからだ。
「何‥え、内ぞ‥う?どうして、」
いや、どうして内臓が落ちているのかは考えればすぐわかる。熊の攻撃により腹が裂けたのだろう‥。じゃあ、だとしたら何であの子は平然と立ってる‥?
メノウは熊が発する力による恐怖と、少年が発する理解できない不気味な恐怖に苛まれ吐きそうになっていた。
彼女は本能的にこの空間から逃げなければと感じる。しかし、脚は動かない。異様な雰囲気が脚に泥のようにまとわりつき重さを与える。
少年が地を蹴り、音を置き去りにして掌底を熊に打ち込む。
衝撃で周りの木々が揺れるが星の巨熊に致命的なダメージは与えていない様子だ。逆に熊の眼にもとまらぬ反撃が、少年の肩に穴をあける。
少年が不利だ。いずれ負ける。メノウはそう思うと同時に、底知れない何かを感じていた。
反撃を受けて血を流す少年は、熊と距離をとり5秒ほど、手をあてるとまた飛び出していった。
無茶だ…。メノウはそう感じた。だって血を流しすぎているし、肩の傷も深……いはず。そう、深いはずなのだ。
だが、メノウが実際に見た少年の肩口はきれいさっぱりの雪のように白い肌だった。
肉体の再生!?それもこんなに高速で…
その時、メノウは思い出す。少年の見た目が村にある小さな祭壇に描かれていた天使の見た目と酷似することに。白銀をも思わせる煌びやかな髪の毛に、赤い瞳。非常に女性的な顔立ち。そして恐るべき肉体の再生速度に纏うオーラの特異性。翼こそないが非常に似ている。
以上の点からメノウの中で一つの結論が導き出される。
彼は癒しの天使?
その割には、破滅的というか暴力的な戦い方をする。その上、癒しの天使が持ち合わせているはずの非常にやさしい瞳ではなく、相手を威圧するような無の瞳だ。
メノウはしばらく困惑していたが、その戦闘の行く末を見届けることにした。
やがて日が完全に落ち空にのぼる星明りが目立つようになってきた頃、雌雄は決された。
星の巨熊はその両目があったくぼみから血を吹き出し仰向けに倒れる。少年がくぼみに手を突っ込み、肉をかき回す嫌な音がしばらくした後静寂に包まれた。
少年が勝利したのだ。
メノウは驚きと納得感の両方を感じ少し気がゆるんだ。その時だった。少年の持つ膨大な量の殺意が藪、つまり自分が隠れているところに向けられているのを感じ取った。
やばい…!そう思うのも束の間、少年と目が合った。暗く、虚で悲しい目をしている。そこに壁画のような温かい感情は一切ない。
ただ、確かにその目には殺意は宿っている。
あ‥殺される。
体が後ずさるよりも先に、下腹部が熱くなるのを感じた。恐怖からくる失禁がメノウの皮のズボンを濡らしていく。
「あ…、あ、…待って、私見てただけで…」
声にならない音が口から発射される。少年は私のほうに一瞥すると、一歩踏み出し…
そのまま眠るように地に伏せた。