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No6は普通に生きたい  作者: べるりん
プロローグ
1/8

第1話 No6

室内に鳴り響く鐘の音で目を覚ます。また長い一日が始まった。周りには白い壁、俺の横たわるベットは汚れこそないが固く無機質だ。仕切りこそあれど、ベットから見える距離にトイレがありほかに家具は何もない。


まるで牢獄のように思えるここの施設は聖アルカナ研究所。天使の国とよばれるアルカナ聖王国に極秘で建てられたこの施設は主に、「カード」について研究している。


「カード」とは人間が人生の中でとある経験をすると生成されるものだ。つまるところ物質化、可視化された技術といってもよい。カードには実に強力なものもある。例えば、剣の鍛錬をくまなく積んでいると、飛ぶ斬撃などの超常的な力を持ったカードを手に入れることができる。斬撃のカードを持った状態で念じながら攻撃を放つと、斬撃が飛ぶようになるそうだ。


このように「カード」はその有無で戦争の結果を変えてしまうほどの強力な効果を持っている。ただ通常生きていてめったにカードを手に入れることはない。鍛錬を積むかあるいは死地を抜けてようやく手に入るそうだ。そのような切り札を効率的に手に入れるために作られた施設がここ「聖アルカナ研究所」だ。


とりとめのないことを考えながら、ベットに座っていると、不気味なほど白い扉がガチャリと開いた。顔を白い布で覆い、少し仄暗い白色の外套をまとった男が入ってくる。

「No6、今日の研究を始める。ついてこい。」

くぐもった低い声が部屋に響き、俺は無言で付き従う。


 研究という名の拷問が今日も始まる。

今日は何をするのだろうか。いつも通りだったら俺に炎への耐性を取得させるための火炙りの訓練だろうな。

 研究所は聖書に出てくる天使に俺を仕立て上げたいようだった。詳しく言うと国の言うことだけを聞いて、感情を持たない強力な殺戮マシーンに、だ。


いかにも極秘の研究施設が研究してそうなことだろ?

実にくだらない、巻き込まれる身にもなってみろってもんだ。


アルカナ聖王国の宗教、もといアルカナム教には9人の熾天使(セラフィム)が出てくる。その熾天使にみたてた9人の殺戮マシーンを研究所では作ろうとしていた。


熾天使兵隊の作り方はこうだ。

年端もいかない赤子を攫ってきて洗脳系のカードの力で催眠をかける。

その状態で、それぞれの神話に沿った拷問を施し疑似的に死地を体験させる。

もちろん、毎日の鍛錬もすかさず行いカードを能率的に取得させる。

取得したカードは研究所で封印を施し、許可がないと使用できないようにする。

任務と称して実際の戦地で命を賭させる。


そして最後、今まで生き残ってきた候補生の中で最後の一人になるまで殺し合いをする。蠱毒によって生み出された疑似熾天使をナンバリングする。

俺は6人目の疑似熾天使、つまりNo6だ。


赤子の頃から催眠というのがタチが悪い。非日常が日常に思えてしまうからだ。

鞭打たれることも食事を管理させることも全部当たり前のように感じてしまう。


まずは人格をつぶして、強制的に死地へ。こうして強力な言いなりになる兵士を生み出しているのだ。


俺も、ほんの一年前まで洗脳状態にかかっていた。俺がこのような仕組みがおかしいことに気づけたのは、6人目の天使として訓練を受けていたことにある。聖書に出てくる6人目の天使は「癒しの天使」。傷を癒し豊穣をもたらす天使だ。


一年ほど前に全ての状態異常を解除するカード「白銀の光」を習得した際、俺は自身の洗脳を解いた。

その時、今まで当たり前だと思っていた拷問の数々が、耐え難い恐ろしいものであることに気づいた。


 習得したカードは習得した際にその効果が頭に流し込まれる。

洗脳が解けた際、あまりの苦痛に俺は発狂しかけ暴走状態に入ったそうだ。

俺は研究所に、白銀の光は「広範囲の毒を癒す」効果であると嘘をついて報告したためアイツらは俺が正気に戻っていることを知らない。カードの細部までの効果は基本的には自分自身にしかわからないのだ。


毒物耐性をつけるため一年間絶えず、多種多様の毒を摂取させられたことも、耐久系のカードを取得するため死ぬぎりぎりまで鞭で打たれたこと、全身がただれるまで火炙りにされたことも俺は忘れてはいない。


…両親と離れ離れでこの施設へ無理やり入れられたことも、だ。





 さしあたってこの研究所を脱出し、両親と再会し、この腐った国、アルカナ聖王国にお礼参りをするのが俺の目標になる。

そして研究所の脱出。それを決行するのはあるイベントが起こるときだ。



そのイベントとは俺も陥ったことがある状態だ。

それはNo持ちの暴走。癒しの天使である俺は攻撃力はほぼ無いため、俺の暴走は大ごとにはならなかった。が、ほかの天使は違う。心が壊れている代償なのか身に余る力をもってしまったのか知らないが疑似天使たちは時折暴走状態に陥る。暴走状態に陥った天使はまさに破壊の権化。同じ天使でしか止めることができない。あくまで数年の一度の頻度だが。


俺はその中でも特に強力な七番目の天使、崩壊の天使の暴走を待っていた。


俺が職員の呼びかけに応じ、長い白い廊下を歩いていると分厚いガラスと鉄の壁で囲まれた檻が目に入る。

その中には朱色の気品のある髪をした女が鎖に繋がれていた。


鎖で手を拘束され、虚な目をしている彼女はNo7。崩壊の天使として育てられてきた実験体だ。

研究所にいる9人の熾天使の中でNo7だけ異質だ。実験以外のすべての時間拘束され、兵役のような任務にあたることもない。ほかの天使とは話したことはあるが彼女とは話したことはない。人となりもわからない。


 ただ、彼女の様子を見れば、精神状態がそれほど芳しくないのは分かる。あとは機会さえあれば…だ。


彼女のいる檻を通り過ぎ、数分歩くとだだっ広い白い部屋が現れた。


「入れ。」


一言、男が告げる。

中央には拘束具と数々の魔法陣。魔法陣をちらっと見る限り、炎系統の魔法陣であることはたしかだ。男は中央の拘束具に座るよう俺をせかす。


自動再生(リジェネーター)の使用は禁止。許可が出るまで再生のカードの使用も禁じる。いいな。」


「…はい」


俺が椅子に座ると、拘束具の鎖は手足を拘束し椅子に縛り付けた。

今日の実験が始まる。


部屋が暗転し、魔法陣に魔力が通い始める。複雑な機構の魔法陣は徐々に深紅に明滅しだした。やがて完全に点灯すると、陣の中央に魔力が集まる。

轟音が鳴り響く、同時に魔法陣から巨大な炎が放たれた。

標的はもちろん俺だ。


「………」


強烈な熱気に包まれ意識が飛びかける。苦痛耐性を取得しているとは言え、次第に肌がヒリついていくのを感じる。


俺の肌は熱した鉄のように赤くなり体に熱がこもる。


10分ほどたっただろうかそのヒリつきが痛みになってきた頃、嫌なにおいが香ってきた。

肉の焦げるにおいだ。もちろん、焼けてるのは俺の肉だが。


体が黒焦げになって意識がもうろうとしていると、途端に冷気に包まれた。

魔法陣への魔力の供給が止まったのだ。


「再生を許可する。戻せ。」


男の声がかろうじて耳に届き、男からカードを渡される。俺が人生で最初に取得したカード、再生のカードだ。


俺は縋るようにカードを受け取り、頭で念じる。


「癒せ。」


黒く焦げ落ち、はがれた皮膚が白い色に変わっていくのを感じる。肉が戻り、聴力が戻りぼやけていた視界が明るくなる。

肉体の再生だ。


「ではまた実験を開始するぞ。」


男は俺からカードを奪い、封印を施し部屋の奥へ消えていった。


実験はこれの繰り返しだ。俺に炎系の耐性を取得させるつもりなのだろう。その方法が焼いて再生して、の繰り返しなのだから原始的と言わざるを得ない。

だが日に日に炎へ耐えられる時間は長くなっているし、カード化が近いのも事実だ。


いずれにせよ、こんな場所は早く抜け出したいと思うのは普通の道理だろう。


結局3時間ほど、同じ実験は繰り返された。



実験が終わり、部屋に戻る際中、もう一度No7の檻の前を通った。


相変わらず、鎖につながれ虚ろな目をしていたが一つだけ違う点があった。

それは目を合わせてくる。という点だ。

彼女はこちらをじっと見つめ…やがてニタリと笑った。


身の毛がよだつのを感じる。と同時に彼女の拘束具が塵になって消えた。

彼女はその背中から真っ赤な羽を出し、胸に一枚の札を作る。


カードの習得だ。効果は彼女しか知らない上に、研究所ではまだ封印されていない。


 あぁ、今日は運がいい。



 ついにその日が巡ってきたらしい。施設に入ってからは16年。正気を取り戻してからは1年もかかった。



瞬間、胸の中にある淡い光が赤い閃光となって炸裂した。


とてつもない轟音とともに爆風が吹き荒れ、目の前の白い壁が崩れ去る。

崩壊の天使の暴走が始まった。

非常事態と言わんばかりに鐘がなり、煙が上がる。


 「緊急警報です!!!No7が暴走状態に入りました!!!繰り返します!No7が暴走状態に…」


俺は目の前を歩いていた職員を手刀で気絶させると全速力で壁の向こうへ駆け出していた。




研究所からの脱走である。

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