配信者と不思議なボタン
ある昼下がり。
カフェでコーヒーを飲んでいる男の隣に少女一人がやってきた。
「ごきげんよう」
笑顔で挨拶してくるので男もまた返事をした。
「ごきげんよう」
「隣、良いですか?」
「ええ、どうぞ」
少女は隣に座り込むとスマホを取り出すと何事か喋り始めた。
のんびりと過ごしていた男にとってそれが少し煩わしい。
電話でもしているのだろうかと思ってちらりと見ると、彼女はどうやら配信をしているらしい。
そこにきて男は気づいた。
彼女は大手とは言えずともそれなりに有名な配信者だったのだ。
「あなた、もしかして……」
そう尋ねると彼女は下を出して笑って答えた。
「バレちゃいました?」
別に彼女のファンでもなかったが、偶然にも男は前日に流れて来た広告で彼女の動画を一本だけ見ていた。
その動画について語ると「え!? 見てくれたんですか!? 嬉しい!」なんて、あざとくもかわいらしい反応をする。
男は彼女と他愛のない雑談をして、段々と中身が消えそうになった頃、彼女が「そうだ!」と言って奇妙なボタンを取り出した。
何の機械のものかも分からない。
「これは?」
男が尋ねると彼女が答えた。
「これは馬鹿を殺すためのボタンです」
「馬鹿を殺すためのボタン?」
「ええ。これを押した人は馬鹿ならば死んでしまいます」
あまりにも唐突な話だ。
男は呆れ笑いを一つして言う。
「今度のネタにでも使うのかい?」
「そう! そうなんですよ!」
おそらくは街中を行く人に声をかけて何人が押して、何人が押さないかを調べる企画だろう。
そう察した男は「うまくいくといいね」とだけ言って立ち上がる。
「あっ、待ってください!」
少女はそう言って男を呼び止めるとボタンを差し出して言った。
「せっかくですから、押してみません?」
他愛のない遊びだ。
男はそう分かっていた。
彼女は、自分でさえも知っている配信者。
もしかしたらこれからもっと有名になるかも知れないし、反対に勢いを失い消えてしまうかもしれない。
あるいは現状維持をだらだらと続けるかも知れない。
「いいよ。ファンってほどじゃないけれど、乗ってあげるよ、その企画」
そう言ってボタンを押した瞬間。
男は息を失いその場に倒れ込んだ。
その遺体を踏んづけながら少女は侮蔑の声で呟いた。
「本当に押すとか馬鹿な人間」
そのまま少女は一つ伸びをしながらため息をつく。
「今の人間って本当にわかんない」
言うが早く、彼女は背中から黒い翼を生えた。
「恋人や友人さえも時には疑うのに、少し有名だっていうだけで無条件に信じちゃうんだから」
彼女は……つまり、悪魔は人間達の考えが不思議で仕方なかったが、騙しやすいに越したことはないと考え、そのまま次の獲物を探してその場を飛び去った。
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