いただきます
とある家の部屋。灯りはテーブルの上にある一本の蝋燭のみ。そわそわしながらドアと蝋燭を交互に見つめる男の子の息が蝋燭に触れ、火と部屋の影が大きく揺らいだ。男の子は慌てて顔を引っ込め、その動きで彼が座る椅子がギィと鳴った。
その時、母親がお皿を手に持って、部屋に入ってきた。自分を見上げる男の子の輝く目に母親は微笑み、言った。
「まだだからね」
「わかってるよっ」
男の子はそう口を尖らせたが、食べ物が載ったお皿を目の前に置かれると涎が出そうになり、思わず体を少し引いた。
母親は席に着くと、両手をテーブルの上に置いた。片方の手は男の子のほうへ。男の子もまた手を伸ばし、ふたりは手を繋いだ。
「ねえねえ、おかあさん。おじーちゃんの話を聞かせて」
「ん、いいわよ。でもそうねぇ、もう知ってることは全部話しちゃったからなぁ」
「同じ話でもいいよ! ねえ、話して、話してよー」
「そう? えーっとね、とにかくお金持ちだったんですって」
「じゃあ、ご飯を毎日いっぱい食べられたんだよね! どんなのものを食べていたのかなぁ?」
「ふふふっ、うーん、お肉とか、野菜とか、魚にあとお果物とかかしらね」
「わぁ、すごいなぁ……」
と、独り言のように呟き、男の子は母親からお皿へ視線を移し、ゴクリと唾を飲み込んだ。
「でも昔はね、今と違ってそれは普通のことだったんだよ」
「ふーん、じゃあ、すごくなかったんだぁ」
「ううん、そんなことないよ。おじいちゃんは特に美味しいものを食べていたと思うわ」
「わぁ、えへへ、いいなぁ。おじいちゃんって、すごくいい人だったんだね」
「え、どうしてそう思うの?」
「だって、おじいちゃんのおかげで僕らも今、美味しいものを食べられるんだもん! すごくやさしいねぇ」
「うふふふ、そうね。私たちのために、残してくれて優しいね」
「おじいちゃんは美味しいものを食べるのが好きだったんだね。他には何が好きだったのかなぁ」
「うーん、どうだろうねぇ……あ、長生きすることとかかな?」
「それもいいね! 僕、お母さんに長生きしてほしいなぁ」
「ふふふ、お母さんも、あなたに長生きしてほしいな」
「えへへ」
「うふふっ、でも、今日はどうしてそんなにお話を聞きたがるの?」
「えー、だって感謝は大事だってお母さん、言ってたじゃない」
「うふふ、そうね。でも本当は黙ってお祈りするのがつまらないんでしょ?」
「えへへ、ねえもう食べていーい? いーでしょー?」
「そうね、いただきましょう。でも最後に感謝を忘れずにね」
「はーい! おじーちゃん、ありがとう!」
「こーら。ちゃんと言いなさい」
「えー、でも覚えられないんだもん」
「簡単よ。ひいひいひいひいおじいちゃん……?」
「あははは! お母さんも忘れちゃったね!」
「もう、ふふふっ。ほら、一緒に言うの。ひいひいひいひいおじいちゃん」
「はーい、僕たちのために、美味しいお肉をありがとう!」
遥か昔、発達した科学によって不老不死や若返りが実現した輝かしい未来を夢見て、コールドスリープ装置で眠りについたその冷凍肉は、食糧難の現代、その子孫に優先的に配分されることになっている。