描かれたもの
桃華宮に届いた推し(にそっくりな人)の肖像画は、皆をうっとりさせるほど美しかった。
心配だった派手な袈裟も、紫の法衣とよく馴染んでいて私は内心ホッとする。
それにしても肖像画というものは、写真にはない味があって良い。
しかも絵の中の紫雲さんは、おかしなことを言い出したり壁ドンしたりしないところがさらに良い。
さっそく自室に飾ると、屋敷の女官たちが集まってきた。
「ちょっと気だるげな目がいいわ」
「いつも纏っていらっしゃる沈香が、漂ってくるようですわね」
色めきたつ皆を見て、あの時紫雲さんに薔薇を咥えさせなくて良かったと心の底から思い、あのバタバタを思い出して笑いがこみ上げた。
この傾国美人が、実はあんなヘンテコなセンスをしていると誰が思うだろうか。
そういえば、ハルちゃんも────……共演者のSNSで流れてきた私服のハルちゃんの、腰からチェーンが垂れていた時の衝撃たるや!
この人は演じること以外、心底興味がないのだと妙に納得しながら大笑いして、後からよけい愛しくなった。
そういうほころびも、また人の魅力だとは思う。
「───娘娘、どうされましたか?」
肖像画を見ながら思い巡らせていると、鈴玉ちゃんが私の顔をのぞきこんで言った。
「え?」
「あまり……喜んでいらっしゃらないように見えて」
胸がどきりとした。
「そう……かな」
満足する一方で、確かにこの肖像画は、私が“期待していたもの”とは違った。
そこにいるのはどこからどう見ても、ハルちゃんではなく“紫雲さん”だからだ。
「いや、圧倒されてたの。やっぱり宋先生ってすごい絵師なんだなと思って」
そう答えて私はもう一度、肖像画に視線を戻す。
ほんのり赤らんだ目元は、手に持つ海棠の花に合わせたのだろうか。
物憂げで眠いような眼差しが、呑んだ時の彼そのものだった。
私のなかで最も色濃く印象づいている彼の顔を、先生は巧みに描いてみせたのだ。
だけど心がざわめいているのは、そのせいではない。
私は紫雲さんのことを、美しくて面白くて、実はちょっと怖いと思っている。
それは悪い意味ではなくて、言い換えればミステリアスとか、現代風に言えば「沼りそう」みたいな感じだ。
ただこの人の怖さは、その沼がどんな色や深さをしているのか見えないところだろうか。
それに、いつも微笑みを絶やさない目が、時々何も映していないように見える。
そんな時のぞっとする空虚さを、この絵はありありと描き出していた。
私は大人だから、「怖い」と「好き」は共存する。
だけど絵の中の瞳と見つめ合っていると、そんな恐怖心をかき立てられて、思わず目をそらしたくなってしまう。
『時には目に見えぬ、心の内を暴き出す必要があります』
そう語っていた先生に、心を見透かされていたのは、私だったのかもしれない。
ふと、棚に置いた陛下の陶器人形と目が合った。
こちらも本物と似ているけれど、相変わらずの困り顔で和んだ。
しかし何か物足りない。
「鈴玉ちゃん、筆を持ってきてくれる?」
私は手にした小筆で、人形の左目の下に小さな黒点を描いた。
「陛下のお顔、ホクロがあるのですね」
鈴玉ちゃんがつぶやくと、私の中にちょっとした優越感が生まれた。
このことはきっと東京の民だって知らないだろう。
ここに世界一本物に近いフィギュアが完成した。
その丸い頬を人差し指でつついて、秘密の名前を呼んでみる。
「……くろまる、」
餅のような感触を思い出していると、しぜんと心が穏やかになった。
【第三章 完】
お読みいただきありがとうございました。
唐突に三章が終わってしまいすみません。
もともと次話以降も三章に含めるつもりだったのですが、長くなるので分けることにしました。
ざっくり説明すると、一章が二章の序章だったように、三章は四章の序章という形になります。
四章は(今度こそ)幽霊が出てきたり謎解きがあったり、紫雲に女の影があったり(!)盛りだくさんの予定です。
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今後もよろしくお願いいたします。