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聖人の力②

「では私と陛下が一緒に壁の外……『外城』のさらに外側に出た場合はどうなるんですか?城壁は無くなりますが」


続く問いに答えたのは青藍さんだった。


「具体的な距離は不明だが、力の及ぶ範囲は縮小する。たとえば同じ屋根の下であれば問題ないと言われている。ただ屋外ではさらに狭くなり、互いの手が届くほどの距離でなければならない」


「そ、そんなに狭いんですか……?」


一見とても不便なルールだが、ある意味合理的でもある。

たとえば聖人が異国の手に渡ったり、聖人自らが勝手に力を行使したりするのを防ぐことができるからだ。

そのルールがあるかぎり「龍神の力は国の為にのみ行使すべし」という原則が破られることはない。


しかしそれでは、王都の外で私は常に陛下のそばにくっついている必要があるということで───


「……あれ、もしかして高州の行幸に私を連れて行ったのって、そのため?」


青藍さんの顔を見上げると、眼鏡の奥の小さな黒目が泳ぐ。


「おかしいと思ったんですよ!何で私が陛下と同じ馬車に乗ったり、常にくっついてるんだろうって」


妃のふりをするためだと信じ素直に従っていたのだが、真相は違ったようだ。

そのうえ陛下のそばを離れて独り歩きでもしていたら、大変なことになっていたらしい。


「まあ、寵妃(ちょうひ)役の女性が必要だったのは本当ですから」


紫雲さんが「ねえ?」と同意をうながすと、陛下はしぶしぶといった様子で頭を縦にふる。


私はどうも納得がいかない。


「そもそも、なぜそんなに大事なことを隠していたんですか?私は当事者なのに」


憤りをこめた問いに、青藍さんはきっぱりと答えた。


「力の原則(ルール)を早々に教えてしまえば、お前がそれをかいくぐったり、外部に漏らしたりする恐れがあるからだ。龍魂の存在は、聖人そのものよりも重大な国家機密である」


聖人は、使い方によっては軍事兵器にもなりうる。

その力の源が、実はすべて国王にあったという事実は外部に漏れたら、国王の身にも危険が及ぶ。


だからこそこの秘密は、最大の注意をもって扱われてきたという。


現に、聖人そのものの存在が宮中ではよく知られている一方で、龍魂について知る人間はごくわずかだった。

今朝の驚き様からして、鈴玉ちゃんたちも全く知らなかったのだろう。

後に彼女たちには厳しいかん口令が敷かれたそうだ。


「秘密を知ることはトウコさん自身への負担になりますから。可能な限り隠そうと思いまして……」


紫雲さんに続いて青藍さんが補足する。


「歴代の聖人にも龍魂の存在は極力秘められてきたと記述がある。最後までそれを知らなかった者もいるくらいだと」


しかし言い訳をいくら並べられても、私の心中はくすぶり続けている。


「それは……さすがに無理がありません?だって、ちょっと国王と離れるだけでいきなり言葉が通じなくなるんですから、隠し通せるわけ……」


「……」


返す言葉を失った青藍さんと紫雲さんが、引きつった顔を見合わせる。

その横で居心地悪そうにうつむく陛下。

まだこの人たちは、何かを隠しているようだ。


「……何ですか?」


しびれを切らして問うと、紫雲さんが言いにくそうに口を開いた。


「……歴代の聖人たちは、龍魂の範囲外でも言葉は通じていたんですよ」


「え?」


「私もまさかあんな事になるとは思わなくて、先ほどまで色々な書物を調べてみました。でも、どこを見ても聖人が失うのは予知能力などの特殊な力のみで、言葉まで通じなくなるとは……」


青藍さんが助け舟を出すように続けた。


「つまり我々はこう考えていたわけだ。お前はたとえ陛下の側にいなくとも、バオ語や金国語などの“外国語”が解らなくなるだけで、覇葉語は普段どおり通じると。だからこそ、あえて龍魂について伝える必要もないと判断した」


「ええ。行幸と違って今日の参拝は日帰りですし、トウコさんは一時的に力を失ったことすら気づかないだろうと高をくくっていたんです」


紫雲さんが拱手し頭を下げた。


私の怒りはしぼんで、頭が冷えていく。


「……そう、だったんですね」


青藍さんが語った認識は、私の中にもあった。

この国で過ごすうちに、私はこう考えるようになっていたのだ。

覇葉語が話せるのは「初期設定」、その他の国の言語は「聖人の力」によって理解していると。


しかしその認識が正しければ、「初期設定」の覇葉語は、龍魂がなくても通じるはず。

歴代の聖人がそうであったように。



「……これまでの聖人にとって言語能力は、ただの初期設定にすぎなかった。でも私にとってはそれが唯一の能力。だから龍魂がないと全ての言語が解らなくなってしまうんでしょうか」


紫雲さんが渋い顔でうなずいた。


「そうですね。今のところは、そうとしか……」


「……そう考えるとなんか、私って何かすごい……ポンコツですよね……」


言いながら私は苦笑する。


ただでさえ雨乞いのような特殊能力がない上に、陛下のそばにいないと言葉も通じないただの外国人に成り果てる。

こんな中途半端な“聖人”、軍事兵器にもならなければ国家機密ですらない。

何より聞いたことがない。

モブに転生した主人公ですら、言葉に苦労なんかしてないのに。


「なぜ私が召喚されたんでしょうか。いったい何の意味があってここにいるんだろう……」


「……」


水を打ったように、部屋は再び静まり返る。


紫雲さんたちの様子がおかしかったのは、私が“歴史上類を見ないポンコツ聖人”だという事実に、先にたどり着いていたからだろう。


私は羞恥で身の置き場もなく下を向いた。


「……少し、良いだろうか」


長く口を閉ざしていた陛下の声が聞こえて、顔を上げる。


「トウコと話がしたい。2人は下がってくれ」


「……」


紫雲さんと青藍さんは一瞬驚きに目をみはる。

先に紫雲さんが退出すると、後から青藍さんもしぶしぶ扉へ向かった。



部屋には私と陛下だけが残った。

扉を見つめていた陛下が、こちらを振り返る。

そして、覚悟を決めたように小さく息を吐いた。


「トウコが言語能力しか持たぬのは、多分わたしのせいだ」


「え?」


「わたしが……お前を選んでしまったから────」

  

懺悔のような口ぶりで語られたのは、あの日仏殿で行われた“召喚の儀”の真相だった。


【こぼれ話】


王都のモデルである北宋の首都、開封かいほうは、実際に三重の城壁に囲われた城郭都市だったようです。

海外ではよくある形ですが、ファンタジーぽくて面白いので取り入れました。

ただ本作は外から敵が攻めてくるようなストーリーはないので、その設定をあまり活かせなくて残念です。

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