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聖人の力①

東櫻宮へ戻っていった道子さんと入れ替わるようにして、青藍さんが部屋にやって来た。

彼は陛下と共に寺へ行っていたようだ。

今日のお忍び参拝は、清明節に表立って墓参りできなかった陛下の実母、コウ氏の供養のためだったという。


「────『全く通じなかった』だと!?」


「ええ」


「一体どういうことだ……」


後から戻ってきた紫雲さんが何やらもめているが、私には理由が分からない。当事者にもかかわらず。


しだいに暗くなっていく窓の外を眺めていると、部屋に陛下が入ってきた。


「遅くなってすまない」


急いで来たのか、その髪はすこし跳ねている。


青藍さんは女官らに退出をうながし、話が漏れ聞こえることを防いだ。


静まり返った部屋で、最初に口を開いたのは紫雲さんだった。


「結論から言いますと、聖人は国王から物理的に離れると力を失ってしまうのです。今日トウコさんの言葉が通じなくなったのは、そのせいだと思われます」


「は」


それは拍子抜けするほど単純で、それゆえに信じがたい答えだった。


「え、何で?聖人……なのに?」


困惑する私を前に、3人は眉一つ動かさない。

紫雲さんは持参した分厚い書物を開いた。


「我が国の“聖人”とは、国王の力を与えられる器にすぎないからです」


その話は遥か昔にさかのぼる。いわゆる建国神話だった。


────覇葉国は遥か昔、龍神によって創られた国だと言われている。

国名は何度も変わっているが、はじめは(そう)という名だった。


龍神は自ら蒼国を治めようと人へ姿を変え、初代国王となった。

雨を降らせる力や千年先をも見通せる目など、人知を超えた力をいくつも持っていた龍神。

しかしその力をすべて発揮するには、人の身はあまりにも小さすぎた。

よって国王は龍神の力を他の者にも分け与えることした。


普通の人間では、龍神の力の器となりえない。

魂に特別な光を持つという、その“聖なる人”を選ぶために行われるのが、召喚の儀だった。

国王は自ら召喚した聖人へ力を与え、共に支え合いながら国を治めた。


「本題とはずれますが、かつての聖人は国王と同等の力をもった統治者だったわけです」


全知全能であった龍神だが、人の身となった以上はそれ相応の寿命がある。

そのうち国王は自分の死期を悟り、太子(次期国王)へこう言った。


『そなたは龍神の子であるが、いっぽうで人の子でもある。故にそなたは、朕のように力は使えぬであろう。龍の血は受け継がれるほどに薄くなり、しだいに力を失っていく』


国王は太子に二つのものを託した。

一つは龍魂(りゅうこん)だった。龍魂とは、龍の力の源である。


『そなたの中にある龍魂は常に力を放出し、聖人へ龍の力を授けることができる。龍魂は血と違い、時が経とうと消えることはない。この国の主へ永久に受け継がれる』


もう一つは赤い(ぎょく)だった。


『この玉は、朕の身体を流れる龍の血で出来ている。この玉を持つ者は、龍魂の力を借り、聖人召喚の儀を執り行うことができる。そなたが信頼する者に渡すといい』


次期国王ができるのは、ただ龍魂というエネルギーを聖人に与えることだけ。

人知を超えた力を行使できるのは、聖人だけになってしまうらしい。


『そなたには力がない。ゆえにその全てをかけて聖人を守り、共に国を導いてゆけ』


そう言い残した初代国王は、その翌日崩御した。


そして新たに、人と龍の血をもつ国王が即位する。

新国王は父から授けられた龍血の玉を繋いで数珠を作り、それを与えた臣下とともに召喚の儀を行った────。


『───よって聖人は、国王のもつ龍魂の加護が及ぶ範囲内でのみ力を発現する』


書物はこう締めくくられていた。


「……じゃあ私は、陛下が放っている龍魂?のパワーが届く場所にいないと、力を失くしてしまうということですか?」


私がたずねると、陛下が静かにうなずいた。


陛下を代弁するように青藍さんが口を開く。


「ああ。龍魂は目に見えぬが、自然と陛下の体内から放出されているらしい」


「はあ……」


思わず陛下の姿を下から上へ眺める。特に何かを発している様子も、ましてや後光が差していることもない。


建国神話というのはどの国にもあるが、その全てが事実だとは言い難い。

ゆえに龍魂というスピリチュアルな存在を全て信じるべきかは分からない。

ただ、歴代の聖人たちは国王の側を離れると、途端にその力を失ってきた。

変わらないその事実だけが、龍魂の存在を裏付けているのだそう。


今日それを身をもって体験した私も、信じざるを得ない。


「……それにしても、聖人がかつては国王と一緒に国を治めていたとは思いませんでした。それがなぜ今は後宮だけで?」


確かな理由は明らかになっていないものの、と青藍さんが見解を述べた。


「聖人を外敵から隠し守るためには、後宮が最も適していたからだろう」


続いて陛下が口を開く。


「……国王自身が、龍神の力に頼らぬようになったからではないだろうか。自らの力をもって国を治めようとした。だから聖人の役割も時代とともに変わっていったのだろう」


聖人の役割の変化を象徴するのが、『仏殿』の存在だ。

本来、龍神という神によって築かれた宮廷に仏殿があるのはおかしい。

実はいま仏殿がある場所には、もともと龍神を祭る大廟(日本でいう神社)があったそうだ。

しかしある時、聖人(龍神の力)との決別を決めた国王によって、廟は国王の住まいの清龍殿へ移され、代わりに仏殿が建立された。


『龍神はあくまでも国王の先祖でしかなく、信仰の対象ではない』


不可思議な力とまつりごととを決別させるべく、仏教への信仰を推奨したのだという。


「大廟があった名残で、今でも召喚の儀は仏殿でしか行えないんです」


「……仏の力で召喚されたわけじゃなかったんですね」


おおかた納得した私は、話を本筋に戻す。


「その……龍魂?の加護が及ぶ範囲って、どのくらいなんですか?」


「同じ城壁の内部であればどこでも大丈夫です。トウコさんは、ここが三重の壁に囲われていることはご存知ですよね?」


「はい」


この王都は、全体が城壁で囲われている城郭都市で、宮廷を外敵から守るための三重の城壁がある。

“あの巨人の世界”を知っていればイメージしやすいだろうか。

壁に囲われたエリアは外側から「外城」・「内城」・「宮城」と呼ばれている。

私たちがいるのはいちばん内側の「宮城」

その外側にある「内城」と「外城」は、城という名こそつくけれど、人々が暮らす城下町だ。


「陛下もトウコさんも、ふだん『宮城』から出ることはありません。けれど今日、陛下だけが『外城』へ出てしまった。だからトウコさんに龍魂が及ばなくなってしまったんです」


「じゃあ、逆に陛下がこの『宮城』に残って、私が外へ出かけてしまったら?」


「おそらく、今日と同じことになるでしょうね」


想像して私はぞっとする。


どうやら城壁には、龍魂を内側に留める不思議な力があるらしい。


「なぜ城壁にそんな力があるのかは、全く分かっていないんですよ。もともとは外敵からの防壁で、龍魂のために築かれたものでは無いようですし」


……壁の中に何か入っているのでは?と私は心の中で呟いた。

【こぼれ話】


前回年齢の話題が出ましたが、トウコ以外のキャラの年齢は全員数え年です。

そして覇葉国では誕生日ではなく正月に一斉に年をとります。

トウコもはじめはそれを知りませんでした。


なので今は皆プロフィールの年齢から一つ年をとっているのですが、実年齢でいうとプロフィールと同じくらいです。

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