任務:王妃の宝物を見つけよ①
「四夫人の件、紫雲から聞きました。貴女がとても尽力してくれたと」
「いえ。とんでもないことでございます」
王妃と顔を合わせるのはこれで二回目。
私は召喚されたばかりの頃、一度この鳳凰宮を訪れている。
とはいえ前回はあいさつ程度だったので、こうしてじっくり話すのは初めてだ。
「後宮の問題は、本来私が動くべきことなのだけれど……」
そう言って王妃は、私の隣に座る紫雲さんを見る。
紫雲さんが視線だけで軽くうなずくと、王妃の唇からため息がこぼれた。
「ごめんなさいね。あの子…陛下とは少し、色々あって。なかなか諭すことができないの」
その「色々」の意味を知ったばかりの私は、ただ「いえ」と繰り返すしかなかった。
陛下を「あの子」と呼ぶ蔡王妃は、陛下より二つ年上の二十歳。
私より若いのに品と艶のある女性だ。
「最近は毎朝仏殿へ足を運んでおられるようですが、やはり海陽殿下の弔いを?」
私がたずねると、王妃はうつむく。
太后亡き今、王妃は名実ともに後宮のトップにあり、女性たちを厳しく管理する立場にある。
しかし、正直なところ今の彼女からそのような厳粛さは見られない。
装いはシンプルなものを好むようで、いつも同じような白の羽織りをまとっている。
頭に王妃の象徴である鳳凰の髪飾りをつけていなければ、誰も彼女が王妃とはわからないだろう。
ちなみに白は、この国では喪服の色でもある。
「弔いというよりは、償いかしらね。夫を亡くした私は尼になるはずだった。でもそうすれば、我が子と別れなければならない。そのために────」
頼りなげな物言いではあるが、言葉の節々には凛とした、覚悟のようなものが滲んでいる。
彼女の強さは一児の母であるゆえだろうか。
そんな王妃の姿を私は今一度目でとらえる。
蔡王妃、この人が亡き海陽殿下の妻であり、今は憂炎陛下の正妻。
そして陛下の幼なじみで、“初恋の人”────
そのことを聞いたのは、この鳳凰宮へ来る道中だった。
* * *
「今回の依頼、じつは私の個人的なお願いなんですよ」
「紫雲さんの……?」
これまでの“依頼”は、多かれ少なかれ事前に青藍さんが口を挟んでくるのが通例だった。
しかし今回に関しては何も言われないまま、こうして王妃との対面に向かっている。
それを不思議に思いたずねると、紫雲さんはそう答えた。
「ええ。まあただのお節介といいますか。お二人のためにと。青藍にも許可は得ていますけどね」
紫雲さんによると、王妃というのは実のところ国王のビジネスパートナー的な存在で、必ずしも愛されている必要はないのだという。
かつての劉太后のように寵愛を一身に受ける王妃よりも、地位や人柄によって選ばれる女性が多く、国王と一度も共寝しない王妃もざらだったそうだ。
「蔡氏は家柄も申し分ありませんが、未亡人ゆえ王妃にすることに反対派も多かったんです。それを劉太后が押しきった形で後宮へ迎えられました」
私は『未亡人』という言葉が、『本来夫と共に死ぬべきなのに未だ死なない女』という意味から生まれたのを思い出した。
死んだ夫に殉じて死ぬ妻もいる世界だ。死別した女の再婚は特に不徳とされる。
前夫の喪があけないうちに後宮入りした王妃は、肩身の狭い思いをしているそうだ。
「王妃様が表に出たがらないのって、そういう理由だったんですね」
紫雲さんはうなずいた。
「そこに陛下との不仲説まで出れば、あの方の立場は危うくなる一方。それを払拭するには、陛下との間に実子をもうけるのが一番だと思いまして。男の子であればなお、王妃様の地位は盤石でしょう」
王妃の立場を守るためにも、陛下との不仲を払拭したいのだという。
「それに……」
言いかけて、紫雲さんの声がワントーン下がる。
「それに王妃様は、陛下の初恋の人みたいですから」
「………」
その一言に、今回の依頼にいたった真意がこめられている気がした。
「そう、なんですか」
「ええ。陛下の口から聞いたので確かですよ?酒の勢いで吐かせました」
唇に人差し指を添えて笑う紫雲さん。
以前もそんなことを聞いたような……。
「またそういう、普通の男子みたいなことするんですね」
陛下はどうやら酒が入ると何でも喋ってしまうらしい。
しかし陛下の「年上好き」とはこういうことか。と私は妙に納得してしまった。
「経緯はともあれ、初恋の人と結婚できるなんて……すごいですね。国王なのに」
「ええ。とても稀有なことだと思います」
まぎれもなく本心だったのだが、何だか上滑りな言い方になってしまった。お互いに。
それにしても、想い人が兄と結婚しその後自分のものになるというのは、何だか戯曲のような話で現実味がない。
当人たちは一体どんな気分なのだろう。
何にせよ陛下にとって王妃は、私の想像以上にデリケートな存在のようだ。