じじつは小説より②
紫雲さんの情報網は、後宮の全てを網羅するといっても過言ではない。
多くの女官や宦官、噂話に目のない妃嬪たちへの調査の結果、やはり最近武官の緑狛さんが頻繁に後宮へ出入りしていること、特に生薬庫近くで橙さんと共に目撃されていることがわかった。
集まった情報で特に気になったのは以下だ。
・2人はいつもコソコソと話をしていたり、橙さんが緑狛さんへ何かを渡している時もある。
・緑狛さんと共に生薬庫へ向かう橙さんはとても嬉しそうで、まるで恋する乙女のようだった。
・いっぽう緑狛さんの方はかなり周囲を警戒してる。知り合いの宦官が声をかけても歯切れが悪かった。
・2人の服や髪が乱れている時があった。
これらの結果、彼らは"黒に近いグレー"だと私たちは判断した。
先日はノリノリで話していたものの、実際は半信半疑だったという紫雲さんは神妙な面持ちで呟いた。
「意外ですね。2人とも昔から仕事人間といいますか、色恋話は聞いたことがないので」
「緑狛さんは女性にモテそうですけどね」
彼はガタイが良い割に物腰は柔らかい。部下思いだし、下っ端宮女や宦官への対応も丁寧だ。顔も凛々しいイケメンだし。
そんな彼に橙さんも夢中になってしまったのだろうか。
「橙医師もあの見た目で医術の腕も優れていますから、男女ともに可愛がられていますよ」
可愛らしい容姿の橙さんは、女装で妃のふりをしたり頭に髪飾りをつけることを特に嫌がる様子もない。いわゆるジェンダーレス男子というやつだろう。
身長差は30㎝近くありそうだが、2人はお似合いと言えなくもない。
「今の後宮でも、男性同士の恋愛って多いんですか?」
去勢時代ならともかく今の宦官たちには男性機能もあるし、結婚だってできるのに。
「市井よりは多いでしょうね。後宮の女性たちは妃から下働きまで全て陛下のものですから、仕えている間は手が出せません」
「じゃあ紫雲さんも男性から口説かれたり…」
「……知りたいですか?」
「………」
満面の笑みで返され私は黙る。
ものすごく知りたい……が、知ったが最後タダじゃすまない気がする。
また何かで彼の顔を隠してしまおうかと考えていた時、見習い坊主の小雨くんが仏殿に飛び込んできて叫んだ。
「御二人とも……生薬庫へお越しください!」
実は紫雲さんの指示で彼には例の生薬庫近くを見張らせており、緑狛さんが現れたらすぐに知らせてもらうことになっていた。
「行きましょうトウコさん」
私たちは小雨くんの後を追って医局へ向かった。
「橙医師が先に入って、その後緑狛さんが。やはり周りを警戒しておられましたね」
「ありがとう。お前は仏殿に帰りなさい」
紫雲さんが言うと、小雨くんは小さく拱手したのち去っていった。
私たちは足音を立てないよう慎重な足取りで生薬庫へ近づく。閉まった扉に耳を近づけると、中から男性の声がした。
『~~くださいよ』
『~~だ!』
『もう!~~~』
内容はよく聞き取れない。
「何か……言い争ってる感じですね」
私が言うと紫雲さんも扉に顔を寄せる。
「痴話喧嘩でしょうか?」
「どうします?さすがに入るわけには」
ためらう私に対し、紫雲さんは顔の前に人差し指を掲げ真剣な眼差しで言った。
「彼らの恋路をとやかく言うつもりはありません。ただどんな理由であれ、後宮で不貞行為に及んだり宝具を外すことは重罪。せめてそれだけは確かめなければ。彼らのためにも」
もし不貞行為が他の人、例えば青藍さんなんかに見つかったら彼らは即解雇、城を追放されかねない。
ここで私たちが現状を確認し、最悪の場合は彼らを食い止める必要があるということだ。
「中に入りましょう」
私たちはうなずき合い、建付けの悪い扉を慎重に押した。
薬草の匂いと土埃の充満する倉庫の奥には、腕を組んで仁王立ちする緑狛さんがいた。
彼の脛あたりまである衣の裾からは、床に両膝をついた宦官……おそらく橙さんの下半身が出ている。
つまり橙さんは緑狛さんの服の中、股の間に顔を埋めているようなのだ。しかし前からではなく後ろから。
緑狛さんの顔は何とも言えない、何かを堪えるような表情で、眉間に皺を寄せていた。
「………」
私と紫雲さんは状況が掴めずただ固まった。
緑狛さんの足元には足首まで下ろされたズボンが。その横にはふんどしのような白くて長い布が無造作に置かれている。
「────お、おい!」
緑狛さんがこちらに気づき、驚きの声を上げながら橙さんの肩を叩く。
『え、何ですか?』
橙さんのくぐもった声が響く。
「早く出ろ!」
慌てて橙さんの体を自分から引き剥がそうとする緑狛さん。
『ちょっと、まだ中に…』
「いたたた!」
声を上げた緑狛さんは足の力が抜けたように膝を曲げる。
『急に動かないでくだ───わわっ!』
そのはずみで橙さんがバランスを崩し、緑狛さんの衣を掴んだままふらつく。
ぐらぐらと体を揺らした挙げ句、とうとう2人は揃って床に倒れ込んでしまった。
棚から薬草がバラバラとこぼれ落ち、2人の周囲には白っぽい土煙が舞う。
土煙がおさまると、ようやく2人の全貌が見えてきた────
床に突っ伏した緑狛さんの官衣は大きくめくれあがっている。そこから彼の下半身が、衣の中にいた宦官と共に現れた。
緑狛さんの太ももに顔を埋め倒れる宦官。彼の髪は女官のように二つのお団子で結われており、花の髪飾りや赤いリボンが付いている。橙さんで間違いない。
「おや、これは刺激が」
眼前に晒された緑狛さんのお尻にエクボのような窪みを見つけた時、背後から伸びた大きな手によって私の両目は覆われ視界はシャットダウンした。
『あれ、紫雲殿に……トウコ殿?どうされました?』
『どうされたはこっちの台詞ですよ!』
『おい!痛えから早く抜けよ!』
『わぁすごい!直腸の内壁ってこんな風に動くんだ!』
『2人とも、ここは後宮ですよ!緑狛は早く服を着なさい!』
『んなこと言ったって、コイツのが入ったままなんだよ!イテテ』
「……??」
"事実はBL小説より奇なり"
そんなことを思いながら私はただ、暗闇の中言い争う男たちの声を聞いていた。
紫雲殿は「しうんどの」と読みます。「しうんでん」ではありません(ローカルネタ)